優しさに包まれて

(4)






 漆原に案内をされ、皆が屋敷沿いに歩き奥へ進む。
 このまま歩いて行くと、雫達の住む離れまで行ってしまう。
 だが漆原の足は止まらない。

 そして離れが見える所まで来ると、手前に真新しい建物と
 木の塀が。
 かなり大きい。
 
 こんなに大きな物がいつの間に建ったのだろう。
 大きな音もしていただろうに、雫は全く気づかなかった。
 
 それはそうだろう。
 組員達が雫に気づかれないよう、極力音を押さえながら作
 業したのだから。
 それに、離れ自体の防音が完璧だったという事もあるだろ
 うが。

 その建物に連なって大きな軒が塀の半分まで掛けられてい
 た。
 掛けられていない半分からは白い湯気が立ち上がってい
 る。
 それに何だか硫黄の臭いが。

 何だろうと思っていると、漆原がその建物の戸を開け、和磨
 達に中に入るよう促した。

 中に入った瞬間、外では少ししか臭わなかった硫黄の臭い
 がキツクなった。

「えっ?」

 建物と思った物は露天風呂だった。
 大人5人は余裕で入れるだろう檜で出来た浴槽。
 中には白濁の湯が張られている。
 硫黄の臭いはこの湯からのものだった。

 周りを木の塀が囲み、中には坪庭が作られゆったりとした空
 間になっている。
 外から見た半分の屋根は、雨が降っても濡れないようにと
 露天風呂の上半分にかけられていた。
 
 またその露天風呂の他に隣の建物にガラスの向こうには内
 湯もあり、洗い場までもが。

「凄い・・・・・」

 見回しながら感嘆の声を上げる。
 美咲や響子達もこれには感心していた。

「これは組員達からのプレゼントです」

 初めての誕生パーティーだけでも驚きなのに。
 征爾や賢護達から過大とも言えるプレゼント。
 それだけでなく、この屋敷に出入りする清風会の面々から
 までプレゼントがあるなんて。

 何の取り柄もない、この家では足手まといの存在。
 彼らからは本当に色々な物を貰っているが、自分はそれに
 対して何も返せていないのに。

「本当なら何処か温泉地で療養されるのがいいのでしょうが
そこに行くまで体力がもたないでしょうから温泉をプレゼント
する事にしたそうです。 外からでは分かりにくいでしょうが、
本家と離れを繋ぐ廊下になります。 露天だけにしようかとい
う案もあったようですが、寒い日だとお体に障るでしょうから
と、先に体を温めて貰えるよう急遽内湯も作ったそうです。 
作るに当たっては本家奥になりますので、会長と和磨さんか
らも許可を頂きました。 これならいつでも温泉療養できます
ね。 今月は草津の湯だそうです」

 本来なら立ち入る事の出来ない本家奥。
 それを雫の為にと立ち入る事を許してくれた征爾。
 言葉はないが、誰よりも甘やかされていると思う。
 なんとお礼を言ったらいいのだろう。

「この露天風呂は渡り廊下から入る事も出来ますが、離れの
リビングからも直接はいる事が出来ます。 入ると自動で入り
口、裏の入り口に使用中のランプがつきます。 そのランプが
ついている間は誰も入れないようになっていますから、安心し
て入浴されて下さい。 万が一の時の事も考え異常を感知し
た場合警備室に緊急ランプが点灯するしくみになっていま
す」

 そして本家から出る事が出来ない雫の為にと、温泉をプレ
 ゼントしてくれた清風会の組員に、どうこの感謝の気持ちを
 伝えたらいいのだろう。
 安心して入れるように設備も整えられている。
 全て雫の為にと考えられている。

 和磨の腕の中で雫の体が震える。
 和磨にはその震えの理由が分かった。
 
「体力が、体が元に戻る事が一番の礼だ。 何も考えず今は
ゆっくり焦らず体を治せ」

「はい・・・・・」

 瞳に盛り上がった涙が、瞬きをした事で溢れる。
 そうして溢れ出した涙は暫くの間止まる事はなかった。

「さあ、そろそろ中に入りましょう」

 本当なら、涙が収まるまで待ちたいところだが、体の事を考
 えるといつまでも外にいる訳にはいかない。
 皆が漆原の言葉に賛同。
 
 また表に回って屋敷内に入るのは時間がかかるからと、露
 天風呂から内湯、脱衣所を通り離れと本家を結ぶ廊下に出
 る。
 いつも通る時目にした幕が今は取り払われていた。
 本家に行くたびに「何だろう?」とは思っていたが、まさかこ
 の為だったとは。
 
 リビングにも確かに幕が張られていた。
 それに関しても何だろうとは思っていたが、得に気にしてい
 なかった。
 今頃リビングの幕も取り払われているだろう。

 しかし、先ほど漆原の言った言葉が気になっていた。

『今月は草津の湯』

 移動する和磨を見上げその疑問を口にした。
 その答えは直ぐ前を歩く漆原が聞きやすいようにと、少し顔
 を横に向け答えてくれた。

「毎月ごとにお湯が変わるんですよ」と。

「え?」

 腕の中で固まる。

毎月・・・・・?

「本当なら毎日違うお湯にしたい所なんですが、それでは湯の
効能の意味がありませんし、かえって肌にもよくありませんか
ら一ヶ月は同じ湯で。 といっても湯自体は毎日新しいものと交
換しますので湯は綺麗ですし効能の低下もありません」

「待って下さい!」

 思わず身を乗り出す。

「雫」

 咎めるような声に、慌てて身を戻す。
 落とされる事はないとはいえ、急に動けば歩く和磨の負担
 になってしまう。

「・・・ごめんなさい」

 そんな事をしている間にサンルームへと着いた。
 和磨は雫を抱いたままソファーへと腰を下ろす。
 征爾達も元座っていた場所へと座る。
 同時に初江が紅茶を乗せたワゴンを押して入ってくる。
 行動を把握しているとしか思えないくらい、見事なタイミン
 グ。
 雫はいつも関心してしまう。

 初江が各自紅茶を配り置いた時点で、漆原が柔らかい笑み
 を浮かべ雫を諭す。

「雫さんが言いたい事は分かります。 毎日湯を取り替える
事でしょう?」

「・・・・はい。 温泉の事は言葉で表せない位嬉しく、感謝して
います。 ですが僕なんかの為に毎日湯を取り替えるだなん
てそんな手間暇かかる事をして頂かなくても・・・・」

「雫」

 先程とは違う、低い声に思わずびくりとなる。
 見上げると和磨の目が眇められ冷たい光を放っている。
 怒りを孕んだその瞳に、「あっ・・・」と言ってはいけない言葉
 を口にしてしまった事を知り咄嗟に口を押さえた。

『僕なんか』

 和磨が最も嫌う言葉。
 その言葉を言う度、「自分を貶める言葉を使うな」と怒りを孕
 んだ瞳で言われた。
 以前の雫には『僕なんか』という思いが常にあった。
 その為ついその言葉が出てしまっていた。

 だが和磨に「この神崎和磨が選んだのだから卑下する言葉
 を遣う事は許さない。 自分を卑下する言葉はこの俺も卑下
 するという事を覚えておけ」

 そう言われ雫は青くなった。
 自分の事ならいざ知らず、和磨を貶める事になろうとは。
 
「この俺が選んだのだ、自信を持て」

 力強い瞳で語りかけて来た。
 一度根付いた思いはそう簡単になくならない。
 21になるまでそう思って生きていたのだ。
 しかしそんな事は言っていられない。

 自分を選んでくれた和磨に、受け入れてくれた神崎家の人
 達に嫌な思いをさせたくない。
 そう思い必死になり漸くその言葉が出なくなった矢先、また
 出てしまった。

 和磨が怒るのも無理はない。

「ごめんなさい・・・」

 すっかり項垂れてしまった。
 折角開いてくれたバースデーパィーテー。
 先程まで楽しかった雰囲気が気まずいものになってしまっ
 た。
 
どうして僕はいつもこうなんだろう・・・・

 すっかり落ち込んでしまった。
 誰が見ても反省が見てとれるその姿。
 分かっていても咄嗟に出てしまう事など誰にでもある事。
 特に雫の場合は仕方ない。
 努力しているのが分かるだけに、可哀想になってしまう。
 しかし、和磨の言う事も分かる。
 
 どちらも悪くはないのだ。
 時間はたっぷりある。
 急がずゆっくり進んでいけばいいのだ。

 その思いを皆に変わって響子が口にする。
 
「和磨の言いたい事はよく分かるは。 でもね、人にはそれぞ
れペースがあるんだから。 それにそんな言葉を言わせるの
は和磨の愛が足りない証拠なんじゃないの。 言わせたくな
かったらもっと雫ちゃんに愛を注いで自分に自信を持たせて
あげればいいのよ、私のように。 ね、賢護さん」

 和磨には挑戦的な眼差しと物言い。
 しかし隣に座る夫には艶やかに微笑む。

 自分の愛情が足りないと言われた和磨は聞こえないくらい
 の小さな舌打ちをした。

 そして雫はその気配を感じ、慌てて弁護をする。

「そんな事ないです。 和磨さんは本当に優しくて何一つ嫌が
る事なく、僕を助けてくれます。 食事も消化の良い物をと初
江さんに聞いて作ってくれますし、お風呂に入るのも、着替え
も頭を乾かすのだって全部してくれます。 体が冷えないよう
にと暖かなガウンも用意してくれました。 それに夜は魘され
ないように抱きしめて寝てくれてそれに! ・・・・・・・」

 ニヤニヤと笑う響子に我に返る。
 自分の言った言葉を思い出し顔から血の気が引く。
 余計な事をと思ったが言ってしまた言葉は元に戻らない。
 視線を動かすと周りも同様笑いを堪えていた。

「和磨さんそんな事してたんですか〜」

 響子同様、澤部にまでもにやけた顔で言われ、恥ずかしさ
 の余り顔が真っ赤になる。

「ラブラブですね」

「そうだね」

 高校生の鷹也と竜也に言われ、いたたまれなくなった雫は
 和磨の胸に顔を埋めた。

 なんて馬鹿な事を言ってしまったのだろう。
 和磨を弁護するつもりが、ただの恥掻きではないか。
 また和磨に呆れられると思った。
 穴があったら入りたいと思っていると、背中をポンポンと優し
 く叩かれた。

 優しい和磨の手に、怒りがない事を知る。
 恐る恐る顔を上げると、先程とはうって変わって柔らかな瞳
 をした和磨の顔があった。

 その顔を見て更に雫の顔が赤くなった。

「和磨と雫さんの熱々ぶりも分かった所で、ケーキを食べまし
ょう。 初江さん」

「はい」

 後ろに控えていた初江が、磨梨子に促され雫達の前へと進
 み出る。
 用意されたケーキを切り分けるのだろうと思っていると、なに
 やら違うようだ。

 目の前に置かれた2枚の紙。
 その紙の横には、大きさは違うがやはり紅白のリボンが柄
 に付いたケーキナイフが置かれた。

 このケーキナイフもプレゼントなのだろうか。
 その言葉を聞けば「そんな筈ないでしょう」と突っ込まれただ
 ろう。

 雫にしてみれば、どんな物でも自分の為に用意された物は
 全て嬉しかったのだ。
 勿論それが使い捨てのボールペンだったとしても。

 そしてこの横に置かれた用紙。

なにかな

 自分の目の前に置かれたという事はそれを見てもいいという
 事だろうか。
 
 周りを見回す。
 皆が微笑みを浮かべている。
 早く見ろと催促されているようだ。

 和磨を見ると微かに頷いた。
 見てみろという仕草。

 恐る恐る手を伸ばしその用紙を手に取る。
 
 すると今まで黙っていた和磨が口を開いた。

「手続きが終わった」

「え?」

 何の手続きが終わったのだろう。
 用紙を持ったまま和磨を見上げる。
 二人の視線か絡み合う。

 するとその場にいた全員から「おめでとう」の言葉が。
 同時に拍手が。

 雫の誕生日だから『おめでとう』という言葉は当て嵌まってい
 るし、先程から何回もその言葉を告げられた。
 だが、今回の『おめでとう』は、それとは何か違う。

「あの・・・・・」

「今日から神崎だ」

「・・・・・え・・・」

「神崎雫だ」





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