優しさに包まれて

(3)






 食事も終わり、皆でサンルームに移動。

 やはりその場所も、いつものくつろぎの空間とは全く違う装
 いになっていた。

 沢山の花々が飾られていたのは同じだったが、食堂は様
 々な色のバラがメインとなり豪華な演出。
 だがこの部屋は、可愛らしいガーベラがメインとなってい
 た。
 優しく可愛らしい空間に、雫の顔が綻んでいた。
 それを見て、和磨の瞳も柔らかなものへとなる。
 格段に雫の顔に笑みが戻ってきているという事を皆が実感
 していた。
 雫の微笑みが増えれば、和磨から殺伐とした気配が押さえ
 られる。
 そしてこの神崎家に詰めている者達も同じ。
 和磨の気配によって組員達の気配が変わるのだ。
 今は落ち着いている為に、組員達の気配も穏やかなもの
 へとなっている。 

 部屋の中央を見ると、テーブルの上に大きなケーキが。
 初めて見る大きさに雫は驚いた。

 2段重ねで一つの台はの高さは10pはあるだろう。
 下の台の長さは60p、幅は50pはあるだろう長方形。
 上の台はそれとより小さな、それでも下の台の半分はある
 大きさ。
 周りを苺が、そしてその中を様々なフルーツが彩っていた。
 中央には『おめでとう』の文字が書かれたフレートが。
 その前には二つのマジパンで作られた可愛い人形が置か
 れていた。

 食事の前に皆からお祝いの言葉を貰い、何だか信じられ
 なかったが、こうして目の前に『おめでとう』の文字がある
 と、生きていて良かった、この人達に出会えて良かったと
 自然と感謝の言葉が浮かんだ。

 そして素直に「ありがとう」の言葉を告げた。
 そして皆がまた「おめでとう」と雫を祝った。

 本当ならここで蝋燭に火を付け、それを雫が消すのだが
 そのケーキには蝋燭が立っていなかった。

 だが誕生会をした事にない雫は、その事に気付かなかっ
 た。

「さ、そこに座って」

 美咲が指さしたのはケーキの台の横に置かれた真っ白の
 アンティーク調のラブ・ソファー。
 背もたれの木枠の端には真っ赤なガーベラが飾られてい
 た。
 白と赤の強調されたそれに座るのは何だか気恥ずかしか
 った。
 
「早く、早く」

 美咲に急かされ、和磨が雫を抱いたまま腰を下ろす。
 一体何が始まるのだろう。

「澤部」

 美咲が澤部の名を呼ぶ。
 「は〜い」と間延びした返事がし、見るとその手には綺麗
 に包装された大きな箱が。

「はい、雫ちゃん」

 少しだけ持たされた箱は見た目同様重かった。
 直ぐ澤部が雫の手からそれを取り上げ、隣りのテーブル
 に置く。

「あの、これは・・・・・?」

 その箱が一体何なのか分かっていない雫は、当然その
 疑問を口にした。

「やぁね、雫ちゃん。 プレゼントよプ・レ・ゼ・ン・ト」

「プレゼント?」

「そう、兄さんの大切な雫ちゃんへの誕生プレゼント。 澤部
開けて、壊れないないよう慎重によ」

 雫にウインクし、澤部に指示をする美咲。
 「は〜い」と言いながら、大きな手からは想像できない繊細
 な動きで包装を解いていった。
 開けると二つの箱が出てきた。

 蓋を開けると繊細な作りの綺麗な色、模様のヴェネツィア
 ン・グラス。
 一つは花瓶で、もう一つの箱にはティーカップが10客入
 っていた。
 カップの方は金とルビーレッドのガラスが基調となり、花の
 絵が付いている。
 
 見るからに高価な物に戸惑う雫。
 和磨を見るが、特に顔色は変わっていなかった。

「・・・ねえ、何でヴェネツィアン・グラスな訳? しかも二つ」

 響子が眉を寄せながら言う。
 それに対し、美咲が胸を反らせながら「私が今凝ってるか
 ら」と一言。

「・・・・・雫ちゃんの誕生日でしょ」

「いいの、綺麗なんだから。 でね、この花瓶なんだけど、翳
す方向によって色が変わるのよ。 今は紫なんだけど、こうし
て・・・・ほら、青になるのよ〜」

 響子を適当にあしらい、自慢そうに花瓶を日に翳す。
 美咲の言葉通り、紫から青へと変わる不思議なさまに見と
 れた。

「綺麗・・・」

「そうでしょ」

 喜び愛でる姿を見て満足げな美咲だった。

「ありがとうございます。 大切に飾らせて頂きます」

 戻ったらリビングボードへ飾ろうと思い口にした。
 
「駄目よちゃんと使わないと。 花瓶は花を生けてこそ生きる
んだから。 それにカップは雫ちゃんお茶が好きだからこれ
で飲んで貰おうと思って買って来たのよ。 カップは、幾ら割
ってもいいように10客買ったから、好きなだけ割っていいわ
よ」

「えっ!」

 割ってもいいと言われても、はいそうですかとはとても言え
 ない。
 使うにしても、どうやって手入れをしたらいいのかが分から
 ない。
 聞こうとしたところに「美咲姉さんじゃあるまいしそうそう割
 らないよな」と隣りにいた磨梨花へ囁く勇磨の声が。
 それはしっかりと美咲に聞こえていた。

 次の瞬間「・・・・・うっ!」という鈍い勇磨の呻き声が聞こえ
 た。 

 美咲が後ろ向きのまま勇磨の腹に素早く蹴りを入れてい
 た。
 蹲る勇磨を無視し「割り終わったらまた新しい物買ってくる
 から気にしないで」と微笑む姿が怖かった。

「そんな事出来ません。 こんなに高価な物・・・・」

「大丈夫、安いから。 一客300ちょっとだから」

300!

 カップに伸ばした手が触れる寸前で止まる。
 ヨーロッパの通貨は現在ユーロ。
 その日により変動はあるが、今朝見た新聞では確か1ユ
 ーロ約140円だった筈。
 単純計算しても一客が4万2千。
 4万2千が10客で42万。
 その他にも花瓶が一つ。
 多分10万近くはするだろう。

 初めての誕生日プレゼントが50万以上という恐ろしい事
 実に、雫の顔から血の気が引いて行く。

 それを知ってか雫の具合が悪くなる前に「次は俺ね!」と
 無駄に大きな声で手を挙げ、澤部が雫の手に赤いリボンで
 飾られた1m以上はあるはあるだろう、大きなパステルピ
 ンクの袋を手渡した。
 大きさの割には軽いが、抱えきれず下へ置いてもらい結
 んでいたリボンを取る。

「凄い・・・」

 感嘆した雫の声。
 先程まで血の気がなかった頬が、興奮のあまりピンクに
 染まっている。
 澤部が袋から取り出す。

「はい、どうぞ」

 渡された物を両手で抱きしめる。
 それは大きな馬のヌイグルミだった。

 大好きな馬がヌイグルミで雫の前にある。
 厩舎に行けば和磨の愛馬カイザーやファレスがいるが、い
 つでも簡単に会える訳ではない。
 彼らには晴れた日、和磨がいて雫の体調がいい時にしか
 合う事が出来ない。
 最後にあったのも、1週間前。

 リハビリが思うようにいかない時、彼らに会うと元気が湧い
 てくるから、本当は毎日でも会いたかったのだが、以前体
 調が悪いのを隠し、会いに行き部屋に戻った途端寝込んで
 しまった。
 和磨達に心配をかけてしまった為、それ以降は和磨のいう
 通り大人しくしている。

 ヌイグルミとカイザー達を比べる事は出来ないが、合えな
 い時にこのヌイグルミを抱きしめれば何だか元気が湧いて
 きそうな気がした。

「ありがとうございます」

 ヌイグルミを抱えたまま、澤部の心遣いに深い笑みを浮か
 べた。
 そして顔を埋め喜びに浸った。

 雫の周りには皆から贈り物で溢れかえっていた。
 一人一人が雫の為だけに選んだ贈り物。

 澤部から貰ったヌイグルミは大きくて抱えづらいだろうか
 らと、和磨が早々に澤部に渡してしまった。
 澤部は苦笑しながら受け取り、隣りのテーブルにヌイグル
 ミを置いた。
 周りを見ても、それぞれに笑みが浮かんでいる。
 雫には分からなかったが、雫が大事そうに抱えたヌイグル
 ミに嫉妬した事が皆には分かったから。
 しかし物にまでに対し嫉妬するという、和磨の知らなかった
 新たな一面に驚きを隠せなかった。

 征爾からは馬具一式。

 磨梨子からは、色白の雫によく似合う藤色と若草色の着
 物と、そしてこれから来る夏に向けての浴衣。

 勇磨からは今一番気に入っていると、心に染みるからと
 言って二胡のCDと二胡が。
 見た事もない楽器に戸惑っていると『初めての二胡』と書
 かれたDVDを手渡された。
 
これを見て練習しろって事なのかな・・・・・

 DVDをじっと見ていると、横から響子に「それは勇磨の趣
 味でしょ。 人に押しつけないの」と、お叱りの声が入った。
 勇磨は押しつけてないと言ったが、誰が見ても響子の言う
 通りだろうと思った。
 
 磨梨花は梅雨の時季は冷えるからと手編みの膝掛け。
 色・模様の違う物を5枚。
 女性らしい心遣いが嬉しかった。

 漆原は雫がお茶が好きだからという事で、日本茶・紅茶・
 烏龍茶と様々な茶葉を贈った。

 剣達からも時計、恋愛物、コメディなどのDVDのが段ボー
 ル二箱分、ミステリー、歴史物、SF、恋愛、ファンタジー、
 園芸、料理など様々な本が段ボールで10箱。
 高価な物もあったが、どれも雫の負担にならないように
 と考えられていた。
 しかしその中で唯一響子だけは違っていた。
 
 「はい」と言って手渡された物は小さかった。
 何だろうと手のひらを開けると鍵だった。

「鍵?」

「そう、車の鍵よ」

車!?

 手の平に載せられた鍵を凝視し、そして慌てて和磨をふり
 返った。
 だが和磨は何も言わず、ただ眉を顰めた。

「やだっ、響子さん何で車? うわ、ベンツ・・・」

 美咲が雫の手を覗き込み、手の平にある鍵のエンブレム
 を見てボソリ。

「・・・・・ベンツね」

 また手の平の鍵を凝視する。

ベンツ!?
どうしよう・・・・・

 はっきりいって困った。
 気持ちは嬉しいのだが、雫は免許を持っていない。
 出かける時には和磨所有の車で。
 澤部か漆原、ごく希ではあるが和磨が運転をしてくれる。
 それに、今はこの屋敷から出る事もないから、車自体必
 要ではない。

どうしたらいいの・・・・・

 鍵を見詰めていると、体がフワリと浮き上がった。
 落とさないよう、慌てて鍵を強く握りしめる。

「和磨さん?」

 見上げると一言、「しっかり捕まっていろ」と。
 そしてそのまま部屋から出て行く。
 
 和磨に抱かれているから落とされる事など絶対あり得な
 いのだが、言葉に従い和磨の首に腕を回し、しっかりと
 しがみつく。

 一瞬和磨の足が止まるが、また直ぐに歩き出す。
 そしてその後ろに征爾達が続く。

 表に近づくにつれ人の気配が。
 そして表に詰めている者達が現れる。

 和磨達の姿を見、その場に止まり頭を下げ通り過ぎるの
 を待つ。
 表の広間に着くと騒がしかった部屋が一瞬にして静まり
 かえる。
 動き回っていた者達がやはり同じよう立ち止まり、座って
 いた者達は立ち上がり頭を下げる。

 その場にいた者達全てに緊張が走る。

 神崎の家族が揃っている。
 そしてそこには剣財閥総帥一家も。
 
 裏と表それぞれのトップがいるのだ。

 広間を通り抜け表玄関へ行くとやはり組員達が両脇に立
 ち頭を下げていた。
 
 何度見ても馴れない風景に雫の体に自然と力が入る。
 彼らは皆いい人なのだ。
 見た目は確かに怖い人もいるが、皆雫を気遣ってくれる。


 なかなか外に出られないからと、花を贈る者もいれば、雫
 が馬が好きだからと、TVの競馬中継をDVDに撮りプレゼ
 ントしてくれる者もいた。

 確かに馬だが、競馬自体には興味はなかった。
 だが気持ちが嬉しかった。

 そのDVDをくれた者に直接礼を言うと、次の週には同じ
 ようにDVDを撮り贈る者が増え、中には競馬場へ行き
 競走馬のグッズを買い贈る者まで出てきた。

 嬉しい反面同じ物が増え困っていると、翌週からはそれが
 ピタリと治まった。

 不思議に思っていると、漆原がこっそり教えてくれた。
 「雫さんが皆に優しく声をかけるから和磨さんが嫉妬して
 機嫌が悪くなったんです。 なので組員から雫さんへのプ
 レゼントは禁止になったんですよ」と。

和磨さんが嫉妬・・・・・

 和磨の嫉妬の姿など思い浮かばないが、それが本当なら
 嬉しい。
 雫が心から慕う和磨に愛されているのだと思う事が出来
 るから。
 その言葉を聞いた夜、本当なのかと隣りに座る和磨をこっ
 そり盗み見た。
 
 漆原から聞いていた嫉妬は何処にも見られない。
 だがそれが嘘だったとしても、雫には嬉しかった。
 盗み見ていた事がばれてしまったが「なんでもありませ
 ん」と言い、和磨に寄りかかると優しいキスが降ってきた。

 それだけで雫は嬉しかった。



 表に出るとそこには一台に車が止まっていた。
 その隣りにはいつの間に外へ出たのか、漆原が立ってい
 た。

 真っ青な空の下に止まるその車は、正面には確かにベン
 ツのエンブレムが。
 ボディーは空の色に負けない位鮮やかな空色だった。
 ただ・・・・・・

「ねえ、響子さん・・・・・」

「なに?」

 響子に話しかける美咲の顔が引きつっていた。
 それは美咲だけではなかった。
 征爾も磨梨子も。
 響子の夫で、剣財閥総帥賢護はあさっての方向を向いて
 いた。
 そして、響子の二人の息子は手で顔を覆っていた。
 ただ一人、響子だけが一人喜々としていた。
 雫に至っては、ただ呆然とするだけ。

 運転は出来ないが、目の前にある車は色も形も凄く素敵
 だとは思った。
 和磨がハンドルを握り、颯爽と運転する姿は見惚れる程
 似合い格好いいだろう事は想像出来る。

でも、あのリボンは・・・・

 車に掛けられた大きな紅白のリボン。
 以前ラジオで、ある地方は嫁入り道具に車があると、紅白
 のリボンを付け持って行くのだと言っていたのを思い出し
 た。

・・・・それが・・・・これ?

 実物を見る日が来るとは思わなかった。
 頭で想像はしたが、これ程までに強烈なインパクトだと
 は。

 和磨は無言だった。
 表情も変わらない。
 
「可愛いでしょ。 プレゼントにはリボンつけないと」

 ここはやはり返事をするべきなのであろう。
 喜び、ありがとうとお礼を言わなくてはいけないとは思って
 いるのだが、紅白のリボンが強烈で「はぁ」と気の抜けた
 返事になってしまった。

「・・・・そういう問題じゃないと思うけど」

 流石に磨梨子もこれには突っ込みを入れた。
 しかし響子は聞いていない。

「車は雫ちゃんにプレゼントなんだけど、和磨あんたが運転
しなさい」

 言って和磨にも鍵を放り投げる。
 それを上手く和磨が受け取る。

「綺麗な色でしょ。 色はイリジウムシルバーなんだけど、今
日みたいに天気がいいと空色になるのよ。 ほら、この家に
ある車って、黒だの紺だの、窓にはフィルムは貼ってあるだ
の如何にも極道車じゃない? ドライブするには一台くらいは
普通に見える車がないと」

確かに側で見ると、色は空色ではなくシルバーだった。

でも普通に見える車って?

「ほら、やっぱり和磨が運転する訳でしょ。 万が一って事も
考えておかないと。 雫ちゃんも一緒なんだし。 だから全部
特注にしておいたわ」

 特注の言葉に、その場にいた勇磨、美咲には嫌な予感
 が。
 響子の言葉を漆原が引き継ぎ説明し始める。


「窓は勿論強化ガラス、ボディーは装甲車と同じ物を使ってる
ので安全。 だからと言って内装に手を抜いている訳ではなく
シートは最高級の皮を使用、車内には小さな物ではあります
が冷蔵庫もついています。 足回りも安定していますので乗り
心地も最高です」

最高と言われても・・・・・・

 チラリと響子を窺う。
 皆の目も響子に向けられていた。

 腰に手を当て胸を反らし、どうだとばかりに自慢する態度。
 仮にも剣財閥総帥夫人。
 身内ばかりな為か、普段の気品、威厳は全くなかった。

「響子・・・・・」

 流石の征爾も、妹である響子この姿には頭痛を覚えた。

「さて、次ですが」

 漆原がこめかみを押さえながら話し始めた。

「ちょっと、他にも色々あるでしょ」

 様々な機能の説明が終わっていないとばかりに漆原に詰め
 寄り睨み上げる。
 しかし身長差がある為、漆原視線を下げる事なくは更に無
 視。

「組員達からもプレゼントがあるんですよ。 こちらへどうぞ」

「ちょっと!」

 叫ぶ響子を無視し、漆原は歩き出す。
 そしてその後に和磨達も後に続く。
 一人残された響子は「覚えてなさい、漆原!」と剣財閥婦人
 にあるまじき言葉で、先行く漆原の後ろ姿を指さし怒鳴りつ
 けた。

 雫はそんな響子を見て、そのパワーが少しだけ羨ましかっ
 た。





Back  Top  Next





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送