優しさに包まれて

(5)






 『屋代雫』ではなく『神崎雫』

それって・・・・・

 頭の中が真っ白になった。
 遠くの方で漆原の声が響いて聞こえて来る。

「養子縁組の手続きが終わりました。 今日から雫さんは『屋
代雫』ではなく『神崎雫』です。 これはその書類です」

 手に持つ書類を見る。
 『養子縁組届』と書かれていた用紙のコピー。
 そしてもう一枚は戸籍謄本
 そこには確かに『神崎雫』とっなっていた。
 征爾と磨梨子の養子となっていた。
 書類を持つ手が震える。

「う・・・・・そ・・・・・・」

 目を見開き二枚の用紙を凝視する。

 信じられなかった。
 征爾と磨梨子の息子。
 和磨と兄弟。

 以前澤部から聞いていた。
 和磨の伴侶となったからにはいずれは、神崎の姓になると。
 結婚という形が取れないかわりに、養子縁組という形がそれ
 にあたるのだという事を。

 雫自身、和磨の伴侶になると決めていたので養子縁組に異
 論はなかった。
 他人ではあるが、征爾も磨梨子も実の親より温かかったし、
 雫を和磨の伴侶で自分達の子供のように接してくれた。
 磨梨花も勇磨も雫を慕ってくれた。

 今までなかった家族の温かさを彼らが教えてくれた。
 そして今、その家族の一員に加わる事が出来た。
 
 和磨の隣りにいていいのだろうか。
 本当に自分などが、和磨の伴侶でいいのかと常に不安だっ
 た。
 だが今、この瞬間からは違う。

 和磨の側に、共にいていいのだと・・・・

 涙が溢れ出す。
 そして雫はその二枚の用紙を大切に胸に抱く。
 
 和磨はそんな雫を優しく抱き込んだ。
 そして優しい眼差しで雫を見つめ抱き込み、髪にキスを送っ
 た。
 午後の柔らかな日差しが二人に降り注ぐ。
 
 優しさの溢れる風景を静かに見守る。
 幸せになって欲しいと思っていった。

 和磨には人を信じるという気持ち、心から人を愛するという
 気持ちを知って欲しかった。
 そして雫には、家族の暖かさ、愛されるという気持ちを知って
 欲しかった。

 それをお互いが手に入れた。
 そんな二人はとても幸せそうだった。
 
 その場にいた女達は皆涙した。
 漆原の瞳にもうっすら涙が浮かんでいた。
 そんな漆原に深山がそっと近づく。
 
 恋人の気配を後ろに感じそっともたれ掛かる。
 愛しい恋人の可愛い仕種に目を細め、深山はそっと腰を抱い
 た。

「あ〜、こっちもラブラブ〜」

 目敏い澤部がすかさず囃し立てる。
 漆原の射程圏内にいるにも拘わらず。
 当然右手が隣に立つ澤部の顎を捕らえた。
 
「うごっ!」

 仰け反りその場に蹲った。
 藻掻く澤部に感動的だったその場が笑いに包まれる。

「馬鹿ね、澤部。 どうして毎回同じ事が繰り返されるのかしら」

 呆れ顔の美咲。
 周りも全くだと言わんばかりの顔だ。
 そこにトドメを刺したのが響子の「ドMね」の一言だった。

 笑いが大きくなる。
 泣いていた雫も泣きやみ、小さくではあるが声を出して笑って
 いた。

 一頻り笑った後、すっかり目元が赤く腫れぼったくなってしま
 った雫は漆原から冷たいタオルを貰い冷やした。
 お陰で腫れは直ぐに治まった。

「さあ、今度こそケーキを食べましょう」

 磨梨子に言われケーキに視線が行く。
 すると美咲が先程置かれた紅白のリボンの付いたケーキナイ
 フを雫に握らせた。
 そしてその手の上に和磨の手を乗せた。

「あの、これは・・・・・・」

 戸惑う雫に

「実はこれ、ウエディングケーキなのよ。 このマジパンのお人
形は和磨と雫さんなの」

 と磨梨子に言われ驚いた。
 その人形、よく見ると自分と和磨に似ていた。

 皆は初めから分かっていたのだ。
 もしかしたら、この養子縁組も雫の誕生日に合わせたのかも
 しれない。

「磨梨子さん・・・・・」

「お母さんよ」

 ニッコリ笑って訂正する。
 雫の瞳が見開かれる。
 今までは『磨梨子』さんと呼んでいた。
 それを訂正してきた。
 湧かなかった実感が起こる。

家族になったんだ・・・・・

「さ、雫さん」

 磨梨子に促される。
 皆の視線が雫に集まる。
 だが恥ずかしさと嬉しさで、なかなか呼ぶ事が出来ない。

「お・・・・・・」

 止まってしまう。
 磨梨子は今か今かと、ニコニコしながら雫を見ている。
 和磨の腕の中、俯きながらも意を決して呼んだ。

「・・・・・・・・・・お母さん・・・」

 小さな声だったが、静まりかえったサンルームにはよく聞
 こえた。
 ガタンと大きな音がして、視線をあげると少し離れた場所に
 座っていた磨梨子が立ち上がり、雫の元へとやって来た。
 そして和磨の膝に座る雫を抱きしめた。

 驚いたがその包容は温かかった。
 和磨とは違う華奢な腕。
 柔らかく優しい匂いがした。

 母に抱きしめられた記憶はおぼろげではあったが、こんなに
 温かかっただろうか。
 包み込むような優しさに『母の愛』を感じた。

 いつの間にか雫の手からケーキナイフが取り去られていた。

 自然と磨梨子を抱き返し「お母さん・・・・」と零れた。
 磨梨子の口からも今までとは違い「雫」と呼ばれた。
 
家族が出来たんだ・・・・

 初めて感じる家族を体で感じたが、あっという間に離された。
 華奢な腕ではなく、馴れた逞しい腕の中にいた。
 和磨がやんわりと磨梨子の腕の中から雫を取り戻したのだ。
 
「雫に抱きつかないで貰いたい」

 実母にも拘わらず、和磨は磨梨子に不機嫌を露わにした声
 で告げた。

「あら和磨、心が狭いのね。 家族なんだからいいじゃない」

 「ねえ?」と夫である征爾の元へ行き同意を求める。
 征爾は苦笑するだけだ。

 そして今度こそケーキにナイフを入れる。
 結婚式で行われるケーキ入刀と同じ事が、神崎本家で執り
 行われた。
 
 二人でナイフを持ちケーキにナイフを入れる。
 そして互いが微笑み愛ながら見つめ合う。
 それをすかさず澤部がデジカメで取る。

 後は初江が取り分け、食べ合う。

「ほら雫ちゃん、和磨さんにアーンて食べさせてあげなくちゃ」

「そ、そんな事できません・・・・」

「ダメダメ、新婚さんなんだから」

 新婚と言われ顔を真っ赤にする。
 すると和磨に「雫」と呼ばれる。

 見上げると和磨が意地悪く笑っている。

「ほら和磨さんだって待ってるし」

 急かされ二人を交互に見つめる。
 そして手に持つ皿からケーキを切り分け不安げに和磨の口
 元へ。
 なんの躊躇いもなく、和磨はそれを口にした。

「美味しいですか?」

「ああ」

「もっと食べますか?」

「ああ」

 良かったとばかりにニッコリと笑い、新たにケーキを切り分け
 和磨に食べさせる。
 嬉しかった。
 
 もっと食べて貰おうとケーキにフォークを入れる。
 すると横から和磨の手が伸び、それを取る。

「あ・・・・」

 声を出すと開いた口にケーキが。
 反射的にパクリ。
 全く同じものなのに、先程より美味しく感じられる。

「美味しいです」

 素直な言葉が零れる。
 そしてまた和磨が切り分け雫の口へ。
 何の違和感も感じずパクリ。

 クスクス笑い見つめ合う。
 すると突然ガチャンという大きな音が。
 見ると響子と美咲と勇磨の手からフォークが床へと落ちて
 いた。

「煩いわよ」

 平然とした顔の磨梨子。
 だがこの三人は違っていた。

「バカップルを見た気がするのは気のせいかしら・・・・・」

 ボソリと響子。

「目が、脳が拒否してるわ・・・・」

 蒼白な美咲。

「和磨兄さんが・・・・・信じられない・・・・」

 勇磨が冷酷な兄の見たことのない甘い一面を見てショック
 を受けていた。

 三人の反応に自分達のしていた余りにも恥ずかしい行動を
 認識した。

 雫は真っ赤になり今にも倒れそうになっていた。
 急ぎ漆原が冷たい飲み物とタオルを用意する。
 
 三人は和磨に睨まれ、すごすごと後ろへ下がって行く。

 それを見た磨梨子が笑い、澤部が指を指して笑う。
 冷たいタオルと飲み物のお陰で落ち着いた雫も、三人の姿
 を見て笑う。

 政財界のトップにいるとは思えない普通の風景。
 彼らとなら普通でいられる。

 家族を優しさを愛を素直に感じられる。
 本当に出会えて良かった。
 周りを見回す。
 そして和磨を見上げる。

和磨さんと出会えてよかった・・・・・

 雫の視線に気付いた和磨。
 優しい眼差しで見つめて来る。

「どうした」

 何処までも優しい和磨。
 常に自分を大切にし、幸せにしてくれる。

「ありがとうございます」

 全ての思いを込め伝えた。
 その思いが伝わったのか和磨の目が眇められる。
 そして抱く手に力が込められた。

 雫も和磨の胸に寄りかかる。

 『本当にありがとう。 出会わせてくれてありがとうと』

 心の中で呟いた。





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