優しさに包まれて

(2)






 和磨に抱かれながら移動して行く。

 雨が降っても濡れないようにと、雫達の家と本家は立派
 な屋根と壁で作られた廊下で繋がっている。
 
 その廊下を使い、誰もが自由に行き来出来るようにはな
 ってはいるのだが、実際に使うのは和磨達以外は漆原
 と澤部くらい。
 
 美咲・勇磨・磨梨花の三人も離れに来たがってはいるの
 だが和磨の視線を恐れ来る事はなかった。

 和磨の両親は、自分達の新婚当初を思い出し、雫の体
 が不自由ではあるがやはり二人の邪魔をする事はなか
 った。

 本家のリビングに入るといつもと様子が違っていた。

 部屋の中が華やいでいる。
 至る所に飾られた豪華な花。
 テーブルの上には様々な料理が並んでいる。
 ちょっとしたパーティー会場になっていた。

 そして平日であるにも拘わらず高校生である双子の兄
 弟がいた。
 イタリアにいる筈の美咲までもが。
 和磨の両親も揃っている。
 忙しい二人が平日の、それも昼間に家にいる事自体が
 ないのだ。

 驚いたのはそれだけでなかった。
 そこには、和磨の叔父であり、磨梨子の兄である剣財閥
 総帥賢護の姿も。
 その隣には妻響子の姿と二人の息子の姿もあった。
 
 その他には澤部、漆原、雫のリハビリ担当の深山もい
 た。
 
な・・・・・なに・・・・・・・・?

 あまりの豪華な顔ぶれに驚き、雫を抱く和磨の胸元に身
 を寄せ服をギュッと掴んだ。

「これは?」

 この状況を訝しむ声。
 和磨も知らなかったらしい。

 その疑問を代表して磨梨子が答えた。

「今日は雫さんのお誕生日でしょ。 皆を呼んでパーティー
をしようと思ったの」

「えっ・・・・・」

 この言葉に驚いた雫。
 
僕の誕生日?

 6月だという事は分かっていた。
 しかし、今日が何日なのかという事は全く気にしていなか
 ったし忘れていた。
 カレンダーを見ると16日。

 確かに雫の誕生日だった。



 今までの雫にとって誕生日などどうでもいいものであっ
 た。
 
 誕生日だからといって祝ってくれる人などいなかった。
 そして『おめでとう』と言ってくれる人も。

 小学校の時には、その月の誕生日の子供の名前が書か
 れた紙が教室の後ろの掲示板に張り出されていた。
 
 そこには『おめでとう』と書かれてはいたが、その言葉を
 掛けられた事はなかった。
 
 仲の良いクラスメイト達の間では、「おめでとう」という言
 葉が掛けられていた。
 そしてそれぞれが誕生会などをしていた。

 誕生会の翌日、教室で交わされる言葉。
 プレゼントのお礼、美味しかった食事、ケーキの話。

 友達のいなかった雫にはその言葉も、楽しい誕生会の
 思い出はなかった。

 幼稚園の頃はそれが羨ましくてしかたなかった。
 だから母親にその事を言ってみた。

 だが母からの返事はなく、困った顔をされただけ。
 母にそんな顔をさせた事に悲しみを覚え「ごめんなさい」
 と言ってその場を離れた。

 お風呂場の掃除をしようと部屋を出た所で二人の兄に
 出会った。

 年の離れた二人の兄は体格がよく、声も低かった為雫
 は怖かった。
 二人の姿を目にすると、自然と顔を俯け体が恐怖の為
 に強張った。

 そしてその時も。

「雫・・・・・お前何母さん困らせてんだよ」

「ごめんなさい・・・・」

「まあ待て仁志」

「何だよ、兄貴。 こんな奴の事庇うのか!」

 和志が仁志を押しとどめ耳元で何かを囁く。
 何を言われたのかは分からないが、仁志が笑う声。
 顔は見ていないから分からないが、嫌な笑い声だった。

 雫に柔らかく言う。

「今日お前誕生日だろ」

 何時にない柔らかい口調。
 俯いたままであったが、その声からもしかしたらという期
 待感を持った。

 だが、掛けられた言葉は祝いの言葉とは全く違うものだっ
 た。

「なんで生まれて来た?」、「生まれて来なければよかった
んだ」と二人の兄から言われた幼い心を傷つける言葉だっ
た。

 その場から動けなくなった雫。

 二人の兄は傷ついた雫に満足し、笑いながらその場から
 去って行った。

 その日から二度と誕生日のことは口にしなかった。



 遠い昔を思い出し、雫の顔から血の気が引いて行った。

なんで僕は生まれて来たんだろう・・・・・
なんで僕は生きているの?
なんで僕は・・・・あのまま死ななかったんだろう・・・・

「雫」

 耳元で聞こえる強い声に我に返る。

「あっ・・・・・」

 目の前にある和磨の顔。
 その瞳に怒りが見えた。
 瞳だけではない、和磨の全身から殺気が溢れていた。

「何を考えていた」

 普段とは違う強い口調に、先ほどとは違う意味で血の気
 が引いて行った。

 普段感情を露わにしない和磨だが、雫の事に関しては別
 だった。

 今も、雫の囚われていた思いが和磨には手に取るように
 分かったらしく、何時にないキツイ口調になっていた。

 不安になる事はなにもない。
 和磨が全てを引き受けてくれると言った。
 なのに雫は暗い思いに囚われてしまった。

 和磨の思いを信じていない訳ではない。
 ただ、常に不安・孤独の中に身を置いてきただけに、そう
 変われない。

「ごめんなさい・・・」

 そう一言言って俯いてしまった。

 周りにいる者達の方が良く理解しているだろう二人の姿。

 和磨は常に雫と共にあった。
 片時も側から離さず、時間を過ごして来た。

 何も言わない雫に和磨は語りかけ、時には髪を優しく梳
 き時には血の巡りが悪くならないよう手足をマッサージを
 し。
 近場で景色のいい所へ連れて行き、見たままの美しさを
 雫に語った。

 その姿は痛々しいものだった。

 そして雫自身は戸惑っていた。
 自分に身に起こった事が理解出来ず、そして周りの変化
 にもついて行けなかった。

 和磨が「焦る事はない。 ゆっくり前に進めばいい。 全て
 が終わった。 もうお前を悩ませるものはない。 二度と
 雫が傷付かないよう、俺が全てのものから守ろう」と言っ
 てくれた。

 色々聞きたい事知りたい事もあったが、敢えて雫はそれ
 を聞かなかった。
 和磨の心が傷付いて見えたから。
 
 これ以上、和磨に心配をかけてはいけない。
 全ての事から守ると言ってくれた和磨。
 その言葉について行こうと決めた。
 
 強くなろう、そして和磨の心を守ろうと決めたのだった。

 なのに今、雫はその言葉に反する態度を取ってしまった。

いけない!

 心を奮い立たせ顔を上げる。
 和磨と視線がぶつかる。

 今までにない強い瞳に和磨の瞳が和らぐ。

「そうだ、そうやって俺だけを見ていればいい」

 遣り取りを黙って見ていた周りも、この様子に安堵した。
 強くなる二人の繋がりに満足していた。

 そして何があってもこの二人を守ろうと彼らも誓った。

「さあ二人共、食事にしましょう。 折角のお料理が冷めちゃ
うわ。 はい、みんなグラス持って」

 響子の言葉に皆がそれぞれ飲み物の入ったグラスを手に
 持つ。

「じゃあ兄さん宜しく」

 勝手に進行して行く響子に皆が苦笑しつつ、征爾が言葉
 発した。

「おめでとう、雫。 乾杯」

「「「「乾杯」」」」

 乾杯した後に、皆から雫に「おめでとう」と祝いの言葉が送
 られた。
 こんなに大勢の人から誕生日を祝って貰えるとは思って
 もいなかった。

 たった一人でもいいから言って欲しかったその言葉。
 その言葉を皆が言ってくれた。

 皆が心から雫の誕生を祝ってくれている。
 
 こんなに嬉しい事があっていいのだろうか。
 こんなに幸せでいいのだろうか。

 笑おうとしたのに上手く笑えない。
 それに目の前が滲んでしまって、皆の顔が見えない。

どうしたんだろう

 目元に手をやろうとすると和磨に押し止められた。

「赤くなるから擦るなと言っただろう」

 言葉と同時に目元に温かく柔らな物が触れた。
 気付くと目の前に和磨の顔が現れた。

 この覚えある状況。
 和磨が唇で涙を拭ったのだと知った。

 顔がカッと熱を持つ。
 鏡を見れば自分の顔が真っ赤になっている事を知るだろ
 う。
 
こんなに大勢の前で・・・・・

 雫は羞恥の為、そのまま和磨の胸に顔を埋めた。

「和磨さん大胆〜。 雫ちゃん顔真っ赤v」

 澤部が二人をはやし立てる。
 同時に体が沈んだ。

 漆原が後ろから澤部の膝裏に蹴りを入れたのだ。
 体勢を崩した澤部はそのまま床に座り込んだ。

「やだ〜澤部ったら、おねえ座り。 気持ち悪〜い」

 皆が思った事。
 なぜなら澤部は190以上の長身。
 顔は甘いマスクでかなり見栄えはいいが大男。
 その大男が横座りで両手を床に着き、しなを作る姿はハ
 ッキリ言って不気味だ。

 響子がそう言ってしまう気持ちが良く分かる。
 雫も笑みを浮かべて見ていた。

 そんな姿を作る切っ掛けを作ってしまった漆原は、澤部
 の後ろで顔を引きつらせていた。

「澤部さん、早く立った方がいいですよ」

 爽やかな笑顔を浮かべながら、剣家次男竜也が言う。

「あら、どうして〜?」

 雫の笑い顔を見て調子に乗った澤部。
 今度はおねえ言葉を使う。
 皆がクスクス笑っていると、今度は磨梨花が「後ろ」と一
 言呟いた。

「・・・・後ろ?」

 殺気を背後に感じた時には遅かった。
 澤部の頭上に激痛が走った。

「ふがっ!」

 奇妙な声を上げ、蹲る澤部。
 その後ろで漆原が深山に後ろから羽交い締めされてい
 た。

「止めるな仁。 息の根を止めてやる」

「落ち着いて、友。 落ち着いて・・・・・」

 暴れる漆原を引きずって澤部から遠ざけた。

 何とか立ち上がった澤部に目には、涙が浮かんでいた。
 そうとう痛かったらしい。

「暴力反対・・・・」

 言って直ぐさま和磨達の後ろに回り込んだ。
 盾にしたらしい。

「きぃ〜さぁ〜まぁ〜〜!」

「きゃ〜、友ちゃん怖い〜」

「今日こそ成敗してくれる〜!」

 二人の遣り取りに、そして漆原の時代がかった物言いに
 遂に絶えきれなくなり一人が吹き出した。
 それにつられて皆が一斉に笑い出した。
 神崎家のリビングが笑いに包まれた。

 この家でこんな楽しげな笑いが響いた事は今までなかっ
 た。
 
 征爾が、磨梨子が笑う。
 そして和磨の兄弟達も。
 剣達も声を上げて笑った。
 
 笑いの元となった澤部は一緒になって笑っていたが、漆
 原はバツが悪かったのか顔を引きつらせていた。
 顔に思い切り『しまった』の文字が浮かんでいた。

 そしてその笑いの中、小さな声ではあるが、優しく涼やか
 な笑い声が聞こえた。

 声を辿ると、雫だった。
 口に両手を当て、クスクスと笑っていた。

 ここに来て初めて声を出して笑う雫に、皆の笑い声が止ま
 る。

 顔色も良くなり、まだ元には戻っていないが少しふっくら
 としてきたその顔に浮かんだ笑みはとても楽しそうで生き
 生きとしていた。
 雫の性格を表す優しい微笑みは、皆にも笑みをもたらし
 た。
 
 そう、和磨にも。

「笑ったな・・・雫・・・・・」

 目を細め、雫を愛おしそうに見詰め呟いた。

「和磨さん・・・・」

 雫も和磨を見詰め笑みを深めた。

 和磨が見せた初めての優しい笑みに、皆の心が熱くなっ
 た。
 和磨にこんな優しい笑みを浮かべる日が来るとは思って
 もいなかった。
 そして雫に至っても、声を出して笑える日が来るとは思っ
 てもいなかった。
 二人の辛い一年を見てきただけに思いは余計強い。
 女性陣に至っては涙を零し二人を見詰めていた。





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