優しい風

(5)





 目が覚めると真っ白な天井が目に入った。
 腕に違和感を感じ視線を向けると、点滴パックがぶら
 下がっているのが見える。
 点滴の管を辿って行くとその先は雫の腕に繋がって
 いた。
 室内の様子、消毒液の匂い。
 そこが病院だと気付く。

 何故自分がこの場所にいるのか、咄嗟に判断が出
 来なかったが、意識が無くなる前の事を思い出す。



 宗之の口から出た言葉。
 面と向かって言われた訳ではないが、立ち聞きした
 話は本当の事だろう。

 牧場再建の為に自分は差し出されるに違いない。
 それは確信だった。
 父から掛かって来た電話もきっとその事。
 そうでなければあの父が自分に連絡して来る筈がな
 い。
 そうでなければ、あんなに優しい声や、身体を気遣う
 言葉をかけてくる筈がない。

 少しでも雫の機嫌をとって、自分達に有利な方向へ、
 そして雫を使って宗之に取り入ろうとしているのだろ
 う。
 実際のところ、宗之が融資をする訳ではないが、口
 添えがあれば何処からでも金を都合して貰う事が出
 来るに違いないと踏んでいる筈。
 なんと言っても稲村議員の息子なのだから。

 その為に雫は欠かせない存在。
 
 まさか家族に売られる日が来るとは・・・・
 
 そして、自分の身が金で買われる日が来るとは・・・・

 でも家族の役に立つのなら、それで少しでも喜んで
 貰えるなら、自分は宗之の所へ行くべきなのだろう。

 でも、自分の幸せは何処にあるのだろう。
 幸せとはなんだろう。
 自嘲気味な笑みを浮かべる。

楽しかった事、嬉しかった事はあっただろうか・・・・・

 病室の天井を見詰め今までを振り返る。

 ほんの少し前、父から電話がかかって来て、身体を
 気遣って貰った事が生きて来た中で一番嬉しかっ
 た。
 雫の存在を無視していた父が、初めて認めてくれた
 のだ。

 それが嘘だったとは。
 喜んだ分だけ雫の心は凍ってしまっていた。

 誰も信じられなくなっていた。

 声を押し殺し泣いた。
 両手で顔を覆い、声が漏れないように・・・



 泣き疲れいつの間にか眠り込んでしまっていたらし
 い。
 辺りが薄暗くなっている。
 視線を感じ目を向けると、ベットの横で宗之が椅子
 に座り雫を見ていた。

「気付きましたか」

 優しい顔、気遣う声。
 だがそれは全部嘘。
 前々から知っていたが一緒にいる時はそんな気配
 言動がなかった為まだ安心していた。
 しかし知ってしまった。
 間近で聞いた宗之の本心を。

 顔が歪んで見える。
 発する言葉が猫なで声に聞える。
 ねっとりとした厭らしい声。

 顔も見たくない。
 声も聞きたくない。

 全身に鳥肌が立ち、吐き気まで催してくる。

 真っ青な顔でいる雫を見て、体調が戻っていないの
 だと勘違いする宗之。
 
 どんどん蒼白になって行く雫に慌ててナースコール
 を押した。

 結局その日、雫の体調は回復せず、そのまま入院
 となった。
 


 翌日体調の回復した雫は退院した。
 退院時会計で精算をしようとすると、前日宗之が入
 院保証金を預けており、雫の支払いは必要なかっ
 た。
 入院費より保証金の方が多かった為、差額を受け
 取りアパートへ戻る。
 
 入院費はさして高くはなかったが雫にとっては痛い
 出費。
 実際には宗之が預けたお金で事足りていたが全額
 返す予定。

 宗之からは一円も借りたくなかったし、貰いたくもな
 かった。
 
 本当ならこのまま顔を合わせるのも嫌だったが、お
 金を返さなくてはならない。

 それに倒れた事で迷惑をかけたのだから、お礼も言
 わなくてはならない。
 
 この日はまだ平日。
 昨日倒れたからといって、講義を休む訳にはいかな
 い。
 幸いこの日の講義は朝一からではなかった。
 少しゆっくりしてから家を出ようと思っていた時、ドア
 がノックされた。

まさか・・・・・

 その思いは当たった。
 宗之の声。
 
 大きく息をして呼吸を整え、ドアを開けた。

 開かれたドアの向こうには、やはり心配そうな顔で
 立つ宗之がいた。

「どうして勝手に帰ったんですか。 朝行ったら『もう退
院した』って言われて。 無理しないで下さい。 本当
にもう大丈夫なんですか」

 今まで通り接しようと思っても駄目だった。
 宗之の顔を見る事が出来ない。
 このままドアを閉め、耳を塞ぎ宗之の存在を消した
 かった。
 俯いた雫に向けられる強い視線。
 それだけで身体が震えてくる。
 口も強張ってしまって声を出す事が出来ない。
 身体の全神経を使い頷く事には成功した。

「そうですか・・・・ でもまだ顔色が優れないみたいで
すね、今日は休んだ方がいい」

 顔を覗き込んで来る宗之に、雫の身体が後ずさる。
 意識してやった訳ではない。
 身体が全身で宗之を拒否している。

「雫さん?」

 訝しげに問いかける宗之。
 何でもないと頭を振る。

「・・・・・休めないから・・・。 本当に身体は大丈夫・・・
ありがとう・・・・・・・・・」

 弱々しい口調ではあったがお礼を言い、大学へ行く
 事を伝えた。
 今までの雫とは明らかに違う態度。

 戸惑いながらも隣りにいる事を許していた。
 話しをする時も、目を見ながらという訳にはいかな
 かったが顔を上げていた。
 
 それが今は全身が拒否している。
 俯いたまま宗之の事を、見ようともしない。

 こんな態度を取られたのは初めて。
 屈辱に手が震えている。

 しかし、どんな態度をとろうが雫は自分の物。
 無垢な身体がこの手でどう乱れて行くのか。

後少しだ・・・・・

 最高の人形に仕立て上げよう。
 淫らで従順な人形に。

 雫の事を愛している訳ではない。
 
 これだけの美貌なら男でも構わない。
 傍に置くならこの美貌でないと自分には釣り合わな
 いと思っている。
 
 理想その物。
  
 女なら即座に犯し子供を孕ませ、籍を入れてしまえ
 ばいいが、雫は男。
 その内出て来るであろう結婚の話も、そこそこ見栄
 えが良く宗之に逆らう事のない、大人しい女にして
 おけばいい。
 手元には最高の物があるのだから。

 それに雫がどう思おうが構わない。
 今は拒否していても、ゆくゆくは感謝するだろう。
 稲村宗之に気に入られた事を。
 そして自分から身体を投げ出してくるのだ・・・・

 宗之は楽しくて仕方ない。
 
 俯いている雫を欲望を込めた獣の目で見詰めてい
 た。
 




 
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