優しい風

(3)





「今度の週末、ドライブにでも行きませんか」

 宗之と知り合ってから一ヶ月目に言われた言葉。
 今現在まであの恐ろしい宗之の姿は見ていない。
 雫と一緒にいる時は、いつも爽やかな笑顔で、優しく接し
 てくる。
 あの夜見たのは幻だったのではないだろうかと思ってし
 まうほど。
 だが瞳の奥に時々恐ろしいものを感じる。
 そしてその姿を知っている。
 
 あの時の夜、宗之と一緒にいた男達といる時。




 初めて宗之に紹介された時、息が止まるかと思った。
 
 宗之と同じ様に爽やか笑顔の青年達。
 同じ様に別人なのかと思ったが、それが間違っている事
 に直ぐ気付いた。
 雫が少し席を外した時の事。

 宗之達と食事をしていた時、マナーモードにしていた雫
 の携帯が震えた。
 見ると実家から。
 余程の事が無い限り、実家からは連絡はない。
 月に一度だけ、母から短い電話がかかってくる。

 この月も、5日程前に母から連絡があったばかり。
 それなのにまた連絡が。

 宗之達に断りを入れ、携帯を持って外に出た。

「・・・・・もしもし」

『雫か』

「お父さん・・・・・」

 雫が大学に入ってからの初めての父からの電話。
 驚きと戸惑いが雫を襲う。
 兄達もそうだったが、父も雫の事を疎んでいた。
 雫から話かけないかぎり、父は口もきいてくれなかっ
 た。
 大学に入る前からも、父から雫宛に電話など来たことも
 なかったのに・・・・・・・・

「あの・・・・何かあったんですか・・・・・」

『いや、何もない。 ・・・・・元気でやってるか?』

「!」

 初めて聞く言葉。
 父が自分の事を気に掛け、気遣ってくれるとは・・・・
 聞き違いなのだろうか。
 それとも、これは本当に父なのだろうか。

『雫?』

 無言でいると心配そうな声で聞いてくる。

「お久しぶりです。 僕は元気でやっていますから。 お父
さんこそお元気でしたか」

『皆元気でやってる。 ところで、こっちに帰って来る予定は
ないのか? なかなか忙しいのは分かるが偶には帰って
来い。 最後に帰って来たのは確か大晦日じゃないか。 
それだって居たのは元旦だけだし。 今度の週末なんかは
どうだ?』

 父からの突然の電話にも驚いているのに。
 それが、雫を気遣う言葉だけでなく会いたいと。
 大学に入ってから実家に帰ったのは片手で数えられるく
 らい。
 


 入学して初めての夏休み。
 力仕事も出来ない役立たずと言われても、さすがに人が
 一人いなくなるのは不便だろうと思い気が進まないなが
 らも帰った。

 「・・・・・ただいま」と言って家に入る。
 丁度昼を食べていた家族達。
 兄達はあからさまに嫌な顔をした。
 父に至っては無視。
 唯一母が「お帰り」と言ってくれたが、困った顔をしてい
 た。

帰って来なければ良かった・・・・・

 半年も顔を合わせなければ少しは態度も違うかも。
 もしかしたら「お帰り」くらいは言って貰えるかも。
 そんな期待を少しだけしていた。
 それだけに、落胆が大きかった。

 父は無言で席を立ち外へ出て行った。
 兄達もそれに続く。
 雫とすれ違う時、下の兄が「お前いつまでいるつもり?」
 と聞いて来た。

 「・・・・明日には帰ります」と言うと嬉しそうな顔になった。

そんなに嫌われているだなんて・・・・・・・

 分かってはいたが、目の当たりにするととても心が痛か
 った。
 涙も滲んできたため、慌てて下を向く。

 そこにもう一人の兄の声が。

「いや、こいつには2、3日いて貰う」

「なんで!」

 下の兄が、上の兄に食って掛かる。
 雫も驚き顔を上げた。

「当然だろ、こいつのせいで母さんが楽出来ないんだ。 お
い、いいな」

「ああ、そうだよな。 さすが兄貴。 分かったな雫、母さん
休ませてやれよ」

 結局自分はいらないのだ。
 家事が出来るという事が必要なだけで。
 母を休ませる事が出来ればいいのだから。

「・・・・・はい」

「何言ってるの。 雫だって疲れているのに。 久しぶりに
帰って来てくれたのに」

 父がその場からいなくなった事で、母は初めて雫の事を
 庇った。

「何言ってんだよ。 こいつがいないから母さんは働きづめ
なんだぜ。 家にいる時は力仕事は出来なくても、家事は
出来るんだから。 それにこいつは好きで大学に行ったん
だ。 自分の好きな事をして疲れただなんて甘えてんだ
よ!」

 言って雫を睨み付けた。
 憎しみのこもった目で。



 どうしてこんな目で見られなくてはならないのか・・・・
 昔から変わらぬ態度。

 もしかしたら自分は養子なのかと思い、こっそり戸籍謄
 本を取り調べたりもした。
 だが、確かに雫は屋代亘夫・理恵子の子供。
 
 それならば、何が一体父・兄達の気に障るのか?

 思い切って一度兄に聞いてみたが、その時も今と同じよ
 うに、憎しみの目で睨まれただけで、理由は言わなかっ
 た。
 良くて殴られたか、もしかしたら殺されるのではないかと
 思ったくらい。
 兎に角殺意の込められた目。
 本当に恐ろしかった。
 もう一人に兄に聞いても、きっと同じ様な態度かもしれな
 いと思ったら恐くて聞くことが出来なかった。

 だから雫は大人しく言うことを聞くだけ。
 これ以上嫌われる事はないが、いらないと言われない為
 にも。


「・・・・・分かりました。 お母さん、僕が片づけますから休
んで下さい」

 素直に従う雫に、さも当然と言わんばかりの二人の兄。

「いいのよ、雫。 お母さん疲れてないから」

 優しく庇う母に声を荒げた。

「母さんは黙って! いいな、雫。 母さんが手伝ったら直ぐ
バレるからな。 お前一人で全部家の事をやるんだ!」

 そう言い残して、二人の兄は出て行った。

「ご免ね、雫・・・」

 言って泣き出した母。

「気にしないで・・・・。 後の事は僕がするから、休んで。
顔色良くないよ」

 母の手を引き寝室へ連れて行った。
 ベットに寝かせ優しく布団をかけ、その場を後にした。
 
 そして、言われた通り3日居た。
 その間、雫は家事の一切を行なって帰った。

 帰る時、母が『帰る度に雫は嫌な思いをするから、帰っ
 て来ない方がいい』と言ってくれた。
 雫も、今回の事で家に帰るのは止めようと決めた。

 それが年末になり、突然兄から電話があり「大晦日には
 帰って来い」と言われ、仕方なく帰った。

 やはり、母の為に呼ばれたのだ。

 家の大掃除。
 お節の用意。

 たった一日ではとても時間が足りない。
 しかしやらなくてはいけない。

 皆が年越し蕎麦を食べ寛いでいる時も、一人黙々とお節
 の用意をして。
 元旦の朝も、誰よりも早く起き食事の用意をして、部屋を
 暖め。
 皆は起きてきて食事をとり終わったあと、片付けをし漸く
 食事をしようとすると「まだいたのか」と言われた為、食
 事もせずにせず帰った。

 それが2年も続いたのだ。
 今年の正月も同じだと思う。

なぜ・・・・・・

「何かあったんですか?」

『いや。 帰ってこれんのか?』

「そういう訳では・・・・。 お正月には帰る予定です」

『正月? まだ先じゃないか。 いいから帰って来い。 久
しぶりに顔を見せに来い』

 いつにない強い口調。
 父とこんなに長く会話した事などあっただろうか。
 こんなにハッキリ言われた事があっただろうか。
 こんなにハッキリ顔が見たいと言われた事が。

 嬉しさのあまり涙が零れた。

「分かりました。 週末、帰ります」

『そうか。 必ず帰って来い。 待ってるから』

 言って切られた電話。

 本当に嬉しかった。

 雫は両手で携帯を握りしめ胸に押しつけ泣いた。





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