優しい場所

(30)





 雫は弱い。
 だが強さも持っている。
 己の弱さを知っているからこそ、それに向き合い乗り越えようと
 努力する。
 人の痛みを知り、共に悲しみ共に乗り越えようと努力し支えよ
 うと。
 そんな強さを持つ人間が和磨には必要だ。

いい子だな



 その日、二人は嫌な気配を感じていた。
 和磨に向けられる悪意。
 何かが起こると確信した。
 
 映像には一ノ瀬病院の庭を、雫を腕に抱く和磨の姿が映る。
 天気は良く、散歩日和の筈なのだが、和磨の周りに靄がかか
 っている。

 歩く和磨達の前に催眠療法士の助手が立ちはだかる。
 男に周りを闇が取り巻いている。
 既に狂った目。
 雫を刺した時の兄仁志と同じ瞳だ。

『逃げて!』

 映る和磨に届けと叫ぶ。
 雫の体を抱えていたら、両手が仕えない。
 自分など落としていいから。
 足手まといになりたくない。
 
【雫?】

 心に体が反応したのか、そこに映る雫の体が身動いだ。
 それに気を取られ和磨の意識が男から逸れる。
 その隙を突いて男が【死ね】と叫びながらナイフで斬りつけて
 くる。

『嫌――――――! やめて―――!』

 失いたくない。
 大切な人を奪わないで。
 雫は映像に向かって走り出す。
 守りたい。
 その思いだけで和磨に手を伸ばす。
 いつもなら映像に触れる筈だが、その時はそのまま突き抜け
 た。
 
何!
 
 体が映像の中に引きずられる。
 だが恐怖はない。
 和磨を助けたいと思う気持ちが勝る。
 引きずられるまま身を任せた。

 全身が引き込まれた途端、雫の意識は途切れた。
 
真っ暗だ・・・・

 気付いた時は何時かと同じように周りは闇の世界だった。
 だが、その時は体が消えゆく感覚があったが、今は違う。
 
和磨さんはどうなったの

 こんな所に居るわけにはいかない。
 一刻も早く和磨の無事を確認したいのに。
 闇で藻掻いていると、腕を取られた。

だ、誰!

 怯える雫に『俺だ』と狩野の声が聞こえる。
 安堵する雫。
 そして手を引き移動を始める。

『何処に行くんですか?』

『ん〜〜。 出口?』

 暢気な声で雫の質問に答える。
 先に進むに連れ、周りの闇が薄くなり、狩野の姿がハッキリと
 していく。
 移動する間に、雫が気になっていた和磨の様子を教えてくれ
 た。

『和磨は無事だったから安心して。 それよりも・・・・』

 雫の体がちょっと大変で、みんなそっちの方を心配して大変だ
 と教えてくれた。
 闇が晴れ、光が世界を覆う。

『なあ・・・・・』

 狩野が立ち止まる。

『なんですか?』

『約束覚えてるか?』

 隣りに立つ狩野を見上げる。
 和磨を幸せにするという約束。
 勿論忘れる筈がない。
 口にしようとした時雫は悟った。
 別れが来たという事に。

 狩野は常に諦めるなと言い続けてくれた。
 弱い心を励まし、時には叱責され、前を向き周りを見ろと。
 狩野がいたから、この世界から出ようという気になった。
 そして健二の心を和磨に伝えたいと。

 まだ自分は弱い。
 でも進もうと決めたのだ。

『・・・また、会えますか?』

 雫も狩野が見つめる方向に目を向ける。

この先に出口がある・・・・

『ん〜、会うって事は、またここに戻って来る事になるから俺とし
ては残念だが望まないな』

『・・・・そうですか』

 仕方ない事。
 でも雫は知った。
 狩野が常に、和磨を見守っているという事に。
 和磨の側にいれば、狩野を忘れる事はない。
 会う事は出来ないが、常に側にいてくれている。

大丈夫!

『和磨が待ってる』

 聞こえてくる。
 和磨の声が。
 
さあ行こう

 和磨の元へ。
 光が輝きを増す。
 和磨の暖かな熱が伝わってくる。
 
帰ろう、みんなの元へ

 眩しくて目が開かない。
 雫の腕を掴んでいた、狩野の手が離れていく。
 最後にもう一度、眩しさを堪え狩野の姿を探す。
 優しい笑顔。
 頑張れと応援してくれている。
 
忘れない
あなたと、共に過ごした時を決して・・・・

 今出来る一番の笑顔を狩野に向ける。

ありがとう・・・・

 光が爆発した。



「雫?」

 すぐ側で聞こえる愛しい者の声。
 
「雫さん・・・・」

「雫ちゃん!」

 居場所を作ってくれた優しい人達。
 
帰って来た・・・・

 気配だけでなく、その姿を感じたい。
 重い瞼を必死で持ち上げる。
 震えるだけで、なかなか開かないもどかしい思い。
 開けと持てる力を瞼に込める。

 ゆっくりと瞼が持ち上がり始める。
 人工的な光が目に入ってくる。
 ついに戻って来た。
 
和磨さん、何処・・・・

 愛する人の姿を、無事な姿が一番に見たい。
 和磨の気配を探す。

「雫っ・・・・!」

和磨さん

 和磨の名前を呼ぼうとしたが、微かな音しか漏れてこない。
 声のした方向へ意識を向ける。
 僅かに傾く頭。
 瞳の端に姿が映る。
 顔を、姿を見たい。

動け、動け!

 体に信号を送る。
 必死な気配を感じたのか、「雫?」「雫さん?」と呼びかける声。
 衣擦れの音がすると、願った和磨の姿が瞳に入ってきた。

愛しい人

 漸く会えた。
 
逃げてごめんなさい
弱くてごめんなさい

 本当に会いたかった。
 その気持ちを伝えたい。
 名前を呼びたい。

 体が自由に動かない事は既に分かっている。
 でもどうしても名前を呼びたい。

届け!

 声は出ないが、微かに唇を動かし名前を呼ぶ。

かずま

 和磨の目が大きく見開かれる。
 
「雫!」

 名を呼び、和磨の顔が僅かに歪む。
 泣き出しそうな顔。

 どれ程心配をかけた事か。
 死ななくてよかった。
 和磨の元へ、また戻ってくる事が出来て本当に良かった。
 雫の目から涙が零れる。
 その涙を和磨がそっと拭う。
 優しく温かな手。
 その手が雫を癒してくれる。
 胸が熱くなる。

 今度こそ、直接伝えたい。
 言葉に出して。

 “あなたを愛しています”と・・・・・





 
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