優しい場所

(26)





 突然目の前に現れた見知らぬ男から逃げ出し、一刻も早くこの
 苦しさから雫は解放されたかった。

 『死』という出口に向かいたくて必死に探したが、どんなに探し
 回っても見つける事が出来なかった。

どうして、なんで見つからないの

 探すことに疲れた雫はその空間に蹲る。
 暫くそうしていると、気持ちが落ち着き、つい先程見た映像が頭
 の中に浮かぶ。

 皆が雫に戻って来いと叫んでいた。
 愛しい和磨の悲痛な叫びに、戻りたいと思ったのも確かな事。
 少し前までは死にたいという思いしかなかったが、今は生きた
 いと思う気持ちも芽生えていた。

僕はどうしたらいいの・・・・・

 どんなに考えても気持が一つに纏まらない。
 目を閉じ何もない空間に横たわり目を閉じる。
 
疲れたな・・・・

 一つ分かった事がある。
 どんなに望んでも死が訪れないという事。
 死ぬ事も出来ない、かといって生きる事は今の雫には考えられ
 ない。
 どんなに考えても答えは見つからない。
 今は何も考えたくない。
 全てを拒絶するように、瞼を閉じる。
 心を閉ざそうとする雫に空間が反映してか、体の周りを光が舞
 い始めた。
 光は薄い膜となり、雫を核とした殻となる。
 その殻の中で雫は眠り続けた。
 

 全てを拒絶し殻に籠もった雫の前に一人の男が現れた。
 死に旅立とうとした雫を引き留めた人物。

『やっと見つけた』

 目の前から逃げ出した雫。
 急いで追いかけたがなかなか見つけ出す事が出来なかった。
 本当ならもっと早く見つけ出す事が出来たのだろうが、男には
 時間に制限があった。
 満月の前後の日にしか、この空間に訪れる事ができなかった
 のだ。
 
 一日も早く和磨の元へ雫を送り届けたかった。
 決められた日にちの中で、男は必死に雫を探し続けた。
 苛立ちだけがつのり、月日がどんどん過ぎて行く。
 気付けば四ヶ月も過ぎていた。
 和磨たちのいる世界には春が訪れている。

 今回の捜索も今日が最後。
 やはり見つける事が出いないのかと、それでも時間ギリギリま
 で探している時、遙か前方に何かを見つけた。
 何もない空間だからこそ、ポツリと点のような物が目に付いた。

『あれか!』

 急ぎその点を目指す。
 光り輝く球体の中に、男が探し求めていた雫がいた。

『おい! 聞こえるか』

 呼びかけても反応はない。
 光の殻を叩くがやはり反応はない。
 
時間がない

 体がこの空間から排除されようとしていた。
 最後に力の限り殻を叩く。

『逃げるな!』

 殻の中で少しだけ指が動いたのを見て、男の姿はその場か
 ら消えた。


 雫を見つけた男は次からは直ぐ雫の殻の前に現れるようにな
 った。
 心を閉ざした雫に何度も呼びかけ、時には殻を叩き、時には殻
 を両手で包み込んだ。
 雫が如何に和磨にとって大切なのか、自分にとって和磨がど
 れ程大事なのかを訪れる度に語りかけた。

 殻の前にスクリーンを現し、和磨達の姿を映し出す。
 声を聞き、少しでも反応して貰えればという思いで。
 それとは別に、もう一つの画面を出現させ別な映像が映し出さ
 れる。
 今より少しだけ若い男の姿。
 他にも恐ろしく整った顔の子供の姿が映し出される。
 その年齢からは考えられないくらい、冷めた眼差し。
 男が和磨とその名を呼ぶ。
 一見分かりづらいが、よく見ると目元に面影が。
 男が共に過ごしてきた幼い頃の和磨との思いでを映し出してい
 たのだ。

 あまり子供らしくない和磨だが、今よりは感情が表に出てい
 た。
 大声を出して笑う事はなかったが、両親と共に笑い、男の悪戯
 に怒ったり拗ねたり。
 生まれたばかりの妹を大切に慈しんでいた。

『なあ、見ろよ。 いい顔してるだろ・・・・・。  昔は本当に、素直
で可愛かったんだぞ。 今はニコリともしないし図体もでかくなっ
て可愛げもなくなったがな』

 画面に映し出される懐かしい日々を、幼い和磨の姿を愛おし
 げに見て語りかける。

『本当なら、和磨はあのまま優しくて強い男として育つ筈だった。
極道の家に生まれて優しいとか何言ってるんだとか思うかも知
れないが、好きで極道の家に生まれた訳じゃない。 好きで暴力
を振るってる訳じゃない。 それだけは分かってやって欲しい」

 映像は和磨と男の姿を映し出す。
 年の離れた兄弟のように、とても仲のいい様子を時間が許す
 限り眺めていた。

 次に訪れた時、思い出の中の和磨は小学生くらいにまで育って
 いた。
 家族と共に過ごしていても、以前のような柔らかい笑みは零れ
 る事はなかった。

 成長し、外に出る機会が増えた事で、和磨は様々な危険に曝
 された。
 清風会を征爾を潰そうとする敵対関係の組、他にも征爾に代
 わって清風会の頂点に立とうと企む内部の者により、時には誘
 拐されそうになり、時には命を狙われるようになったのだ。
 
 和磨付きの護衛がそれら全てから守っていたが、それ以外に
 も自分を可愛がってくれていた組員が裏切り、誘拐に荷担した
 り、他にも刃物を突き付けられたりした事で、人という者が信じ
 られなくなっていた。
 
『どうして・・・。 どうしてお前が?』

 裏切りに和磨の声が震えていた。
 息子と同い年だからと、自分の息子のように可愛がってくれて
 いた組員に騙され連れ出されるとは。
 
『申し訳ない。 金が・・・・、金が必要だったんだ! 薬を買う金
が欲しかったんだ』

 ギャンブルで多額の借金を背負い、薬にも手を出し、三次団体
 の組長に知られバラされたくなければと唆され誘拐に荷担し
 た。
 後で知った事だが、あれだけ可愛がっていた自分の息子を虐
 待死させていた。
 金・薬で人はこうも変わってしまうものなのか。
 幼い心を深く傷つける出来事だった。

『なあ、あんたなら分かるだろ。 信じていた人間に裏切られる
悲しさを。 傷つけられる苦しさを・・・・。 同じ痛みを知るあんた
にしか和磨を救うことができない。 あんただけなんだ』

 今の和磨の姿を映し出すスクリーンに目を移す。
 季節は春になっていた。
 神崎本家が桜の花で美しく飾られている。
 満開の桜の木の下で佇む和磨がいた。

 和磨から視線を雫に移すと、雫の瞼が開かれていた。
 
『おい! 聞こえてるか!』

 殻に駆け寄り強く叩く。
 以前より薄くなったが、まだ殻が破られる事はなかった。
 虚ろな視線で一点を見つめる雫。
 雫の瞼が開かれた事で、画面に映し出される雫の体にも変化
 が起こっていた。

 精神世界での雫が目覚めれば、三次元の世界にいる雫本体
 も目覚める。
 
もう少しだ・・・・
和磨待ってろよ!





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