優しい場所

(24)





 目覚めた雫は和磨から一人の男を紹介された。
 男の名前は深山仁。

 介護士と理学療法士などの資格を持ち、これから雫をサポート
 する男だと告げられた。
 会うのは初めてだが、目覚めを拒んでいた時己の中に現れたス
 クリーンに映し出された中に彼がいた。
 だからか、初めてにも拘わらず雫はすんなりその人物を受け入
 れる事が出来た。

リハビリか・・・

 起きた時に声が出ない事に驚いた。
 腕も満足に動かない事にも。
 だが一ノ瀬に説明を受け実際には一年以上の月日が経ってい
 る事を知り、衝撃を受けたが仕方ないのだと事実を受け入れ
 た。

まさかそんなに経っていたなんて・・・・

 仁志に腹を刺されてから一年以上。

兄さん・・・・

 思い出すと体が震える。
 昨日の事のようでもあり、また遠い昔の事に感じた。
 目を閉じるとあの日の出来事が蘇ってくる。



どうして・・・・

 意識が急速に闇の中へ落ちていく。

寒い・・・・
このまま死ぬのかな・・・・

 幸せになりたいと願う事がそんなに罪なのだろうか。
 家族に愛され、輪の中に入りたいと思う事はそんなにいけない
 ことなのか。
 どんなに努力しても願いは叶わなかった。
 
努力が足りなかったの?
もっと頑張れば、みんな愛してくれたの?

 考えても答えは分からなかった。
 でも獣医となり一緒にいれば、役に立つ事が出来れば少しは
 見る目も変わるのではないかと考えていた。

後少しだけ頑張れば・・・・

 そう思い、明るい未来を夢見ていたのに、それは叶う事はなか
 った。
 弱った心はその場から逃げ出し、新たな世界を探し始めた。
 家族と、この先一生会えなくなったとしても今はただ逃げたか
 った。
 そして途中で和磨と出会った。

 優しく、温かい家族がいながらも、孤独な瞳を持った和磨。
 雫自身寂しさの中にいたのでその孤独が分かり、癒したいと思
 った。
 それが見ず知らずの自分に救いの手を差し伸べてくれた、和磨
 に対する恩返しになればと思い。

 実際は癒すより、雫が癒されていった。
 疲れ切った心と体を優しく包み込んでくれた。
 温かく包み込む力強い腕。
 和磨の存在があったから、毎日が楽しく、今まで何を食べても
 美味しいと思う事のなかった食事が美味しいと思えるようにな
 った。

 癒してくれたのは和磨だけではない。
 和磨の側近である漆原や澤部。
 神崎家の人々。
 他にも、神崎屋敷に詰めていた清風会の組員達も雫に優しか
 った。

 和磨と出会う事が出来て、雫は変わった。
 だが、変わったのは雫だけでない。
 よく見ると和磨も瞳が、表情が軟らかくなっていった。

 本当は都合の良い夢を見ているでのはないかと疑ったくらい、
 神崎家に来てから雫は幸せだった。
 今までの寂しさが嘘のように、周りには常に人がいて心が癒さ
 れていった。
 出会って間もないのに、彼らは人の優しさを教えてくれた。
 そして和磨に至っては、人を愛し愛される事を教えてくれた。

 このまま二人、変わることが出来れば。
 この穏やかで幸せな日々が続けばいいと、続くのだと思いこん
 でいた。

そんな事、あるはずないのに・・・・



 崩壊はある日突然起こった。

 会いに行かない限り二度と会う事はないと思っていた家族との
 思いがけない場所での再会。
 一番会いたくなかった宗之までがその場に現れた。

「探しましたよ。 随分・・・・」

 数ヶ月ぶりに見た彼等は皆窶れていた。
 心配になったが自分が逃げてしまった事で、皆が変わり果てて
 しまったのだと気付き、何も言えずにいた。

 久しぶりに会った家族は雫に今までの事を謝罪し、帰って来い
 と言う。
 この再会を少しでもいい、家族の一人でもいいから喜んで心か
 らそう言ってくれたのなら気持ちは揺らいだだろう。
 だが彼等の表情からは一切それらが感じられなかった。
 上辺だけの言葉が紡がれていく。

・・・・変わってない
 
 自分達の事ばかりで都合のいいように話を持っていく。
 心が冷えて行く雫を誰も気付いていない。

 その中で仁志だけが違っていた。
 雫の事を一番憎んでいた筈の仁志が雫を案ずる言葉をかけ優
 しく語りかけて来た。
 異様な雰囲気にその場から動けずにいた。
 優しい言葉とは裏腹に、見つめてくる瞳は憎悪に染まってい
 た。
 怯え動けずにいた雫を抱きしめた。

 間近で見る瞳の異様さに藻掻き、腕から逃れようとしたのだが
 仁志の抱きしめる腕がより強まる。

「でも、見つかってよかったよ。 見つかって・・・・・」

 そう言った後、仁志が耳元で囁いた。
 『死ね』と。

なに?

 口に出す前に腹部に熱と共に衝撃が。
 そして少し遅れて激痛が。
 見ると黒く温かい物が流れていた。
 体から一気に力がぬけ、立っている事が出来なくなり床に倒れ
 込む。

 何が起こったのか理解出来なかった。
 宗之に殴られ、もみ合うその手にナイフがあった事で全てを察
 した。

 仁志は逃げた雫を探してまで、この世から消したかったのだと
 いう事を。
 目の前から消えただけでは憎しみは消えなかったらしい。
 逆に、逃げた事によってより憎しみを募らせていったようだ。
 
そこまで憎まれていたなんて・・・・

 こんなに憎まれてまで生きている意味があるのだろうか。

もう、疲れたな・・・・

 周りから音が消えて行く。
 目も霞んできた。
 死ぬ前に、最後に一目和磨に会いたいと思った。
 その祈りが通じたのか、和磨に会う事が出来た。

和磨さん・・・・

 一目会いたいと願い叶ったが、和磨の顔を見たら切なくて胸が
 締め付けられる思いになった。

こんな顔をさせたくなかったのに

 和磨の顔が悲しみに歪んでいた。
 今にも泣き出しそうな顔に、「泣かないで」と声を掛けやりたかっ
 た。
 和磨と共に生きると誓った雫だが、生きる事に疲れてしまった。

「愛している、雫! 必ずこの腕に戻って来い!」

 叫びキスをしてくれた和磨。

 初めて雫を愛してくれた人。
 そして雫自身、初めて愛した人でもあった。
 
 『愛している』と言ってくれた和磨に、雫も『愛しています』と答え
 たかった。
 心の中では『好き』と言っていても、今まで一度も声に出して言
 う事がなかった。
 出来る事なら今和磨に伝えたかったのだが、唇が上手く動かな
 い。
 それが心残りだった。

「雫死ぬな!」

ごめんなさい
側にいると言ったのに、嘘をついてごめんなさい・・・・

 出来る事なら幸せになりたかった。
 この世でたった一人の人でもいいから愛し、愛されたいと願っ
 ていた。
 短い間だったが、その願いは叶えられた。

あなたに会えて幸せでした
好きでした
愛していました

 意識が遠のいていく。

どうか幸せになってください

  和磨の声が聞こえなくなっていく。

あなたの幸せを願っています

 意識がより深い闇へと落ちていく。

さ、よ、な・・・ら・・・・・

 雫の中から全てが消えた。





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