優しい場所

(15)





 数日間の入院の後、屋敷へと戻った雫。
 入院している間は夜になると瞳は開かれていたのだが、戻
 った翌日から瞳は閉じられたままとなってしまった。
 
 このまま、夜の一瞬だけでも瞳が開かれるものだと思ってい
 ただけに、閉じられてしまった事に対し、皆の落胆の色は隠
 せない。
 『もう二度と開かれないのでは?』と不安にも陥った。
 だが、深山と一ノ瀬が言う「月による変化」を信じ、和磨は次
 の満月が訪れるのを辛抱強く待った。

 そして二人の言葉が正しかった事が証明された。
 満月になる2日前から雫の瞳が開きはじめたのだ。
 相変わらず一瞬の事ではあったが皆喜んだ。。
 しかし、瞳は開かれても和磨を心に映していなかった。

 今回は何日間目を覚ますのか。
 和磨は気になりながらも昼間は仕事をこなし、どんなに忙しく
 ても雫が目覚めるであろう時間には屋敷へと戻った。

「俺の声が聞こえるか、雫」

 変わらず語りかける。
 特に瞳を開けている時には、より強く思いを込め語りかけ
 た。
 だが願いは届かず、前回同様5日で終わってしまった。
 閉じられたのは残念だが、これで満月近くなると瞳が開かれ
 る事は確認出来た。
 和磨は次の満月を待つ。



 そして雫が屋敷へ来て丁度一年が過ぎようとしていた。
 一年経った今でも、出会った日のことは鮮明に覚えている。
 変わらず瞳は閉じられたままだ。

 更に月が過ぎ、2度目の12月が訪れる。
 あの忌まわしい事件から一年が経とうとしていた。
 守りきれなかった事を和磨は今でも悔いている。
 何故共に行かなかったのか、何故あの手を母とはいえ渡
 してしまったのか。
 その場にいれば守れた筈。
 だから磨梨子に対しての恨みはない。
 ただ自分の愚かさを悔やんでいた。

 今年のクリスマスこそ、目を覚ました雫と二人で静かに過ご
 したかった。
 柔らかい笑み、優しい気配を隣りで感じ、静かに雫と過ごし
 たかったのだが叶いそうにない。

 騒がしいのは好きではないが、少しでも雫の意識の刺激にな
 ればいい。
 冬休みになり屋敷へと戻って来た勇磨達の手により部屋に
 はツリー等が飾り付けられ、当日は部屋でクリスマス・パー
 ティーが行われた。
 雫に届けとばかりに、皆で賑やかに過ごす。

次の満月まで、後8日・・・・

 ベッドに眠る雫を見る。

・・・・聞こえているか
皆がお前を待っている
 
 雫のベッドの周りには昨年同様、皆から贈られたプレゼント
 が並べられていた。



 新しい年が訪れた。
 今年も毎年同様変わりなく、機動隊が屋敷を取り囲み物々
 しい警備の中、全国から系列の組長達が集まり年始挨拶が
 執り行われた。

 但し今年に限り一つだけ違うのは雪が降った事。
 地球温暖化が進んでいると言われている昨今。
 にも拘わらず今年の元旦、都内は一面真っ白な雪に覆われ
 た。
 会が終わる頃にはかなりの積雪量となっていた。

 雪が降ったとしてもここまで積もるとは思っていなかった面
 々。
 当然彼等の車は皆ノーマルタイヤ。
 チェーンも積んでいなかったので、皆屋敷で足止めをくらって
 いた。
 スタットレス、チェーンが揃いそれぞれ帰る支度が調うまでの
 間、酒や料理が広間では振る舞われていた。

 ここが本家であり、壇上には総帥である征爾達がいた時は
 騒がず、適度な会話が交わされていたが席を外すと賑やか
 なものへと変わった。
 だが、和磨達のいる奥の部屋までには、その騒がしさが届く
 事はなかった。
 
「雫さん、早く目を覚ましてよ。 もう眠るの飽きたでしょ? 目
を覚ましてみんなで旅行とか行こうよ。 でもって雫さんの大好
きな馬を見に行ったりとかしようよ」

 新年の挨拶へと雫の部屋にやって来た勇磨達。
 勇磨達も実際に雫の瞳が開かれているのを見た。
 喜び勇んだが何の反応も見せない雫に、気持ちが一気に萎
 れた。
 何も映さない瞳。
 まるで人形のよう。
 こんな雫は見ていたくない。
 尊敬する兄の為にも一日も早く目覚めて欲しかった。
 
「勇磨」

 磨梨花が窘める。
 思っているのは勇磨だけではない。
 和磨の気持ちを考えろと瞳が咎めていた。
 イタリアから一時的に帰国している美咲も、勇磨の軽はずみ
 な発言に軽蔑の眼差しを向けていた。

「ごめん・・・・」

 言ってチラリと和磨を見る。
 目覚めて欲しいと誰よりも和磨が思っている筈。
 誰よりも傷つき、誰よりも強く願って。
 愛する者が、こんな姿になったらとてもではないが勇磨は冷
 静でいられない。
 どこまでも強く、孤高の兄。
 そんな和磨を、勇磨は誰よりも尊敬していた。
 
「表は随分賑やかなようですね」

 奥へ戻って来た征爾に澤部が声を掛ける。
 杯を受けていないので、征爾に対してもこんな軽口を交わ
 せるのだ。

「ああ・・・・、随分積もったな」

「そうね、こんなに雪が降るのなんて珍しいわ」

 窓の外は既に日が落ち、屋敷内に設置されている外灯が
 真っ白な庭を照らしていた。
 磨梨子達は窓越しに庭にシンシンと降り積もる雪を眺める。
 
「これだけ降れば、大きな雪だるま作れそうですよね」

 無邪気なのか、馬鹿なのか、澤部が漆原に視線を向け笑う。
 向けられた漆原に至っては、冷たい視線を送る。
 その視線は思いきり蔑んでいた。

 漆原から向けられた冷たい視線。
 相手にされなかった事で少しいじけたようだが、澤部の中
 に悪戯心が沸々と湧いたらしい。
 窓を開けてそのまま庭へと飛び出した。
 当然窓を開けた事で冷気が部屋に入り込む。

 この部屋には雫もいるのに、何て事をするのだと怒りが爆
 発。
 考えなしの澤部の行動に窓に駆け寄り、閉める前に怒鳴っ
 ていた。

「ふざけるな、澤部! 何を考えていブッ・・・!」

 ボスッと鈍い音。
 漆原が無言になる。

「・・・・・・・・」

 足下には崩れた雪の固まり。
 どうやら言葉が途中で詰まったのは、その固まりが顔面に
 当たったせいらしい。
 
「ナイス・コントロール!」

 澤部が投げたらしい。
 見事顔に当たったのが嬉しかったのか得意げ。
 飛びはねはしゃいでいた。

「・・・・殺す」

 低い声で唸った漆原。
 窓を閉める事なく、そのまま庭へと飛び出した。
 

「キャ〜〜〜、友ちゃん怖〜い」

 漆原から繰り出される雪の固まりを悲鳴を上げ避けながら
 庭を走り回る澤部。
 二人とも足が濡れる事すら気にならないらしい。
 それを唖然とした顔で部屋の中から勇磨達が見ていた。

「30・・・・ですよね」

「そうですね」

「深山さんと同じ、30歳、なんですよね」

「ええ、不本意ながらあの男とは同級生です」

 近頃の子供よりも子供らしいはしゃぎっぷりに勇磨は窓を閉
 める事すら忘れ顔を引きつらせ見ていた。
 そして隣りに立つ深山を見て、勇磨は思わず腰を抜かしそう
 に。

怖っ!

 笑顔を浮かべてはいるが、瞳が笑っていない。
 体中から殺気を滲ませ窓の外を見ていた。
 何がそんなに一体深山の逆鱗に触れたのか。
 勇磨はなるべく静かに深山から離れて行く。

 一方の深山は何も言わず静かに庭に出る。
 こちらも雪の冷たさ、足が濡れる事など気にしていないよう
 だ。
 庭では今だに澤部が悲鳴を上げながら、漆原の投げる雪の
 玉を交わしながら時折自分でも投げ返していた。
 
 30にもなり一体なにをしているのか。
 無能であればそのまま切り捨てるのだが、捨てるには優秀
 すぎた。
 そして彼等は征爾ではなく、和磨に対し己の血を流し忠誠を
 誓った。
 多少の遊びには目を瞑ろう。

「勇磨、閉めろ」

 ほんの数分開けただけで、室内の温度が大分下がってしま
 った。
 雫は大丈夫だろうかと振り返ると雫の目が開かれていた。
 日は落ち辺りは暗くなったが、瞼が開かれるのは早すぎる
 時間。
 それに様子もいつもと違う。
 虚ろな瞳で何の感情も映さず、体に至ってもピクリとも動く事
 のなかった雫。
 
 だが今は見開かれ口元が震えている。
 よく見ると唇だけでなく、体全体が小刻みに震えていた。

「雫?!」

 和磨の鋭い声に、呆れた様子で窓の外を見ていた征爾達が
 振り返り雫の元へと駆け寄る。
 雫の異変に彼等は息を呑む。

「澤部逃げるな! 今まで我慢していたが、限界だ。 二度と
俺の前に現れないように始末してやる!」

「いや〜〜〜、殺さないで〜」

「死ね!」

 外にいる3人は、室内の異変に気付かずまだ走り回ってい
 る。
 開かれた窓から漆原の怒鳴り声と、澤部のふざけた悲鳴が
 聞こえてくる。
 その途端雫の体が大きく跳ねた。

「雫!」

「雫さん?!」

「勇磨、足を押さえろ。 榎本、一ノ瀬に連絡を!」

 痙攣を起こす雫の体を和磨が押さえる。
 そして舌をかみ切ってはいけないと指を口の中へ。
 顎が弱っているせいか、噛まれても差ほど痛みはないが犬歯
 で指が切れた。

「深山!? 二人がかりなんてきたねーぞ! ちょっ待て、なん
だその大きさは!」

「煩い、卑怯で結構! お前なんぞこの世から消し去ってや
る!」

 漆原の叫び声が。
 その声が聞こえたのか、雫は体を左右に動かし押さえつけ
 る手から必死に逃れようとしている。

「雫、暴れるな! 今のお前には負担が掛かりすぎる。 大人
しくしろ」

 この声は届いているのだろうか。
 微かではあるが雫から呻き声のようなものも聞こえる。

 室内では皆が必死となっているのに、窓の外では暢気に鬼
 ごっこが行われている。
 「ドカリ」という大きな音と共に「ウギャー!」という澤部の悲
 鳴が。
 悲鳴と共に雫の体がより大きく跳ねる。

外から聞こえる声に反応しているのか?
 
「澤部!」

 普段叫ぶことのない和磨。
 緊迫したその声が聞こえたのか、漸く室内の異変に気付い
 たらしく雪まみれの3人が窓から飛び込んできた。
 
「和磨さん!?」

「雫さん!? 一体何が」

 ベッドの上で暴れる雫。
 それを押さえつける和磨達の姿に3人の中に緊張が走った。
 深山は直ぐに雫の元へと駆け寄る。
 一ノ瀬に指示を仰ごうと携帯を取り出したが、一ノ瀬は現
 在車でこちらに向かっているため、深山は甥の一ノ瀬の方に
 連絡し携帯越しに指示を仰ぎ雫の処置をしていた。





 
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