優しい場所

(12)





「和磨さん、車の用意が出来ました」

 満開の桜の木の下で、ひらひら舞い落ちる花びらを見つめてい
 た和磨に漆原が声をかける。

「今行く」



 穏やかに過ごしていた一月が終わり2月に入ると清風会内が
 慌ただしくなった。

 雫が刺された事で一瞬ではあるが、和磨達の間に隙が出来た。
 以前から征爾達のやり方に不満を持つ者達が、その隙をチャン
 スだと、今この時に一気に清風会トップから引きずり下ろそう、
 若しくは消してしまおうと動き始めた。
 だがその動きは征爾が各組に送り込んでいる手の者から報告
 が入っていた。

 隙は直ぐ消し去ったのだが、周りにはその隙が埋まっていない
 かのように見せかけ泳がしていた。
 
 いつ起きるか分からないが、雫が目覚めた時、害になりそうな
 物は今の内に排除してしまおうと決めた。
 杯を交わしていようが、一度でも刃向かう素振りを見せたのな
 ら、それは征爾達、清風会にとって毒でしかない。
 
 磨梨子には榎本という側近がいるから近づく事が出来ない。
 そのためまだ決まった側近もおらず比較的扱いやすいであろう
 磨梨花・勇磨達に近づき手懐け持ち上げ、兄弟内での分裂を狙
 ったり、若しくは誘拐を計画していた。
 後は和磨達を殺害するため鉄砲玉と呼ばれる実行者が選ば
 れたり。

 陥れようとすると何故皆同じ事を考えるのか。
 和磨達相手に、その計画が上手く行くと信じている所が笑えて
 しまう。
 
 様子を窺っているのもいいが、あまり長引くと余計面倒な事に
 なりそうだったので、取り敢えず一月が終わるのを待った。
 そして2月になり、征爾が動いた。

 反乱を起こそうとしていた証拠がある程度揃った。
 証拠を突き付け絶縁状を渡す。
 渡された者はこの世界からはじき出される事になる。
 どの組も相手にする事はなく事実上の解散になるだろう。
 
 納得出来る者もいるだろうが、それだけでは終わらない者もい
 る。
 それらを見極め征爾は絶縁状を渡し、各組に対しても絶縁が
 行われた事を知らせた。
 
 案の定納得が出来ないと、騒ぎ立て兵隊を集めた組も多数あっ
 たが、それらは清風会内に置かれている処罰班の手によって
 片付けられた。
 行動は起こしていないが、まだ内部には不穏分子がみられる。
 しかし今回の清風会内部の掃除がおこなわれた事で、彼等は
 形を潜めた。
 
 絶縁だけではなく、処罰班による徹底的な排除により彼等に恐
 怖を植え付ける事となった。
 当分の間、清風会内部では征爾達に刃向かう者は現れないだ
 ろう。
 また穏やかな日々が戻った。



 そして三月。
 雫は変わらず眠り続けたまま。
 和磨達は静かに雫の側にいて見守り続けた。

 仕事が忙しく、帰るのが深夜になる事もあったが、和磨は必ず
 雫の元へと戻り、深山と共に介護をする。
 献身的な姿に、和磨の雫への愛を感じた。
 
 窓の外では新しい命が芽吹き、庭を優しい緑が彩り始めた。
 今年は少し寒かったせいか、桜の咲き始めが遅かった。
 後半になろうというのに蕾は硬く、屋敷がピンク一色になるの
 はまだ先になるだろうと思っていたが、急に温かくなり一気に
 膨らみ始めた。
 
 そして四月に入り、桜が満開となった。
 まるで入学式に合わせたかのように満開となっていた。
 雫の部屋からも、屋敷内に植えられた桜が見える。
 夜にはライトアップされ昼間とは違う美しさを見せていた。

この桜をお前にも見せてやりたい

 和磨は雫の手のマッサージをしながら照らされた桜を見る。
 儚く舞い散る桜の中。
 佇む雫はどれほどまでに美しいだろう。

 視線を戻し、深山の指導のもと、雫の手の甲に和磨は手を重
 ね握ったり、伸ばしたりと指をゆっくりと動かしていた。
 いつもと変わりない動きだが、和磨は何か違和感を感じた。

「どうしました?」

 手の止まった和磨に深山が問いかける。

「いや・・・・・、いつもと何か感じが違う気が」

「?」

 二人揃って和磨が持つ雫の手を見る。
 暫く見つめるが特に変わりはないようだ。
 気のせいかと和磨がマッサージを再開しようとした時それは起
 きた。

「動いた!?」

 右手人指し指が僅かではあるが動いている。
 『まさか!?』と思い雫の顔を見るが瞼は閉じたまま。
 気のせいなのかと指に視線を戻すと、指はまだ微かに動いて
 いる。

「雫?」

 期待に思わず声が震える。
 
「雫、聞こえるか。 聞こえているなら目を覚ませ」

 手を握り、顔を近づけ呼びかけるが瞼が開く気配はない。
 だが、握りしめる手に指の動きを感じる。
 髪を梳き、頬を撫で呼びかける。
 聞こえているのか、「雫」と呼ぶ度に指がピクリと動く気が。

気のせいなのか

 気のせいでもいい、和磨は雫の名前を呼ぶ。

「雫、戻って来い。 早く目を覚ませ!」

 和磨が雫に呼びかける。
 希望を抱き、何度も何度も呼びかける。
 その間に深山は一ノ瀬の携帯に連絡を入れ、僅かではあるが
 雫の指が反応したと報告を。
 自宅で就寝前にも拘わらず、一ノ瀬は直ぐ行くと言った。
 それから漆原達にも連絡を入れる。
 屋敷奥が慌ただしくなり征爾、磨梨子、漆原に澤部が集まっ
 た。

 彼等が来た時には指の動きは止まっていたが、和磨はいつに
 なく興奮し瞳には希望の光が浮かんでいた。
 その顔を見た彼等の顔にも希望が宿っていた。

 暫くして一ノ瀬が往診バックを持ってやって来た。
 皆が見守る中診察をおこなう。
 血圧を測り聴診器を当てたり今出来る限りの事を行い一ノ瀬
 は彼等に向き直る。

「正直言うと、回復しているのかどうかというのは今の段階では
分かりません」

 落胆の色が広がる。

「ですが、希望は捨てない事です。 ちょっとした切っ掛けが元と
なり意識が回復する事もありますから。 幸い雫さんの容態は安
定しているので、明日にでも病院の方で検査してみましょう。 朝
にでもご連絡します」

 一ノ瀬の言葉に皆が希望を持った。
 何にせよ今この屋敷では何も出来ない。

「分かりました。 宜しくお願いします」

 深夜にも拘わらず訪れてくれた一ノ瀬に頭を下げる。
 これから自宅に帰ると遅くなるので部屋を用意すると言ったの
 だが、書類もあるし自宅の方がゆっくり出来るからと一ノ瀬は
 帰って行った。
 何にせよ明日だ。
 明日検査をすれば最低限の事は分かる。

雫、お前の声が聞きたい



 翌朝一ノ瀬から連絡が入った。
 1時半に予約を入れたから雫を連れてきて欲しいと。

 屋敷に戻ってから初めての外出。
 安定しているとはいえ不安もある。
 一ノ瀬病院まで、この時間帯なら最低40分はかかる。
 その間様態が急変したら。
 そう考えると和磨の手が冷たくなる、

雫を失ったら・・・・・

 ERで雫の心臓が止まった時の恐怖は今でも忘れてはいない。
 周りから音が、景色が消えた。
 闇に包まれ自分が立っているのかすら分からなくなった。
 雫の名を叫び、泣く勇磨達の声に意識を呼び戻された。
 
現実なのか?

 目の前で起きている事が信じられず夢であって欲しいと願った
 が夢ではなかった。
 雫のおかげで取り戻した感情は自分の中から全て消え去り、こ
 の世の全てを消し去りたいとまで思った。

だが雫は戻って来た

 神など信じた事はないが、この時だけは神の存在を信じたくな
 った。

 一ノ瀬は問題ないと言っていたし、深山も共に来るのだからと
 気持ちを切り替え漆原に車の用意をさせる。
 少しでも乗り心地が良いように。

 これからはこういう機会が増えるかもしれない。
 専用の寝台車を造らせる事にした。

 和磨の心配を余所に車は順調に流れ、雫の容態も変わる事な
 く病院に着いた。
 一ノ瀬と看護師達に出迎えられ、雫はストレッチャーに移され
 検査室へと向かう。
 MRI、脳波等の検査が行われた。
 そして・・・・

「結果ですが、特に変化は見られませんでした」

 一ノ瀬の言葉に肩を落とす。
 もしかしたらという気持ちがあっただけに残念で仕方ない。
 だが望みは捨てていない。
 検査を終えた雫を連れ和磨は屋敷へと戻った。

 変化が見られないという一ノ瀬の言葉通り、この日の夜から雫
 の手の動きはなくなった。
 だが忘れた頃にまた雫の手が僅かに動いた。
 二回目なだけに驚く事はなく、だが慎重に雫を見ていた。
 




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