優しい場所

(11)





 新しい年が来た。
 雫が神崎に来て初めての正月。
 その雫は今だ眠ったまま。

 正月を迎え、神崎本家では毎年変わりない光景が見られる。
 正面玄関には代わる代わる黒塗り、スモークの貼られた車が
 横付けされ、紋付き袴など正装した男女が降り屋敷の中へと
 入っていく。
 それに従い裏方が慌ただしくなる。

 元旦当日、この日が一番表屋敷が騒がしく、緊張した日となる。
 というのも清風会に連なる組の組長・幹部達が総帥である征爾
 に年始の挨拶に来るため。
 和磨は本家長男であり、次期総帥となるのだが杯を交わしてい
 ないため表に出る事は出来ない。
 この日は奥屋敷で静かに雫と過ごしていた。
 


 部屋のドアをノックする音。
 「入れ」という和磨の声を聞き、看護衣にきちんと着替えた深山
 が部屋に入って来る。
 その後には漆原の姿も。

「お早うございます、和磨さん。 雫さん、今日も良い天気ですよ」

 和磨と眠り続ける雫に声を掛け、深山の一日が始まる。
 毎日恋人である漆原と共に屋敷を訪れ、雫の介護、マッサージ
 を施す。
 愛する者と一緒にいられるせいか、深山はいつも笑顔を絶やさ
 ない。
 漆原も穏やかな顔をしている。

 患者は雫一人。
 今までより時間も体力も余るため、深山は休みはいらないと言
 っているが週1で休みを与えている。
 しかし休みの曜日はまちまち。
 和磨の予定に合わせているからだ。

 だが休みを与えてはいるものの、深山は休日も神崎の屋敷へと
 通っている。
 忙しい和磨は突然呼び出される事があるから。
 直ぐ交代出来るようにと深山から言い出され、和磨もその言葉
 を受け入れ特別部屋を与え、休みの日はそこで待機している。
 とは言っても、そこは漆原や澤部達が詰める場所。
 それが狙いである事は分かっていたが、敢えて何も言わないで
 いた。
 漆原から抗議されたがそれは無視した。

 時間のある時には和磨も深山と共に雫の介護をする。
 それは正しい介護・マッサージを習うため。
 今まで狩野の介護をしていたとはいえ、現役の、一ノ瀬病院にあ
 るリハビリテーション病棟で理学・作業療法士として働いていた
 深山との違いは大きいから。

 人から何か教えを請う事など殆どないが、雫のために深山から
 は様々な事を吸収していく。
 全てを教わらなくてもと言われるかも知れないが、妥協など出来
 ない。

 深山が突然体調を崩す事があるかもしれないから。
 そうなった時、雫の介護をさせる事など出来ない。
 深山にも少しでも体調に異変を感じた時には来るなとも言ってあ
 る。
 今は傷口もすっかり治り眠っている状態の雫だが、万が一の事
 を考えると、少しでも体調不良の者を側には近づけたくはなかっ
 た。
 それは家族でも、和磨本人であっても。
 だからこそ和磨は己の体調により気遣うようになった。

 深山の介護は多少和磨達とはやり方は違っているが、それ程戸
 惑う事はなかった。

 直接触れないよう白い手袋を嵌め、目の前で雫のマッサージを施
 す深山は、和磨や漆原の前で最初に誓った通り、真面目にかつ
 丁寧に作業を進めていく。
 漆原にとっても大切な人物であるからか、愛情込めて介護をし
 ているようだ。

 そこには邪な思いは見られない。
 雫に対しては労りの目で丁寧に接している。
 時折部屋に姿を見せる漆原には、雫とは違う心から愛する者へ
 の眼差しが向けられていた。

 和磨はそんな姿を見て昔を思い出す。
 漆原のために屋敷に乗り込んで来た深山。
 正直その時には理解出来なかったが、今なら分かる。

お前は色々な事を俺に教える・・・・



「表、凄い事になってますね。 毎年年始はこんな感じですか」

 物怖じしない深山に一緒に来ていた漆原が「失礼な口を利くな」
 と頭を叩く。
 澤部に対してもそうだが、恋人にも容赦ないようだ。

「構わない」

 漆原を制す。
 毎年変わらぬこの光景。
 深山が何を見て凄いと言ったのかが理解出来ない。

「何だか物々しいですね。 あの中を一人で通るのはちょっと勇気
がいりますよ。 友が一緒で良かった」

 「ね」と隣にいる漆原に微笑む。
 愛溢れる深山に対し、漆原は冷めた視線で見返す。

「当然だろう。 清風会に連なる組のトップが勢揃いするんだ。 警
察もピリピリする」

「でも屋敷の周りをあんな大勢の機動隊が取り囲まなくても。 余
計周りの住民の不安を煽るだけなのに」

 二人の会話に、疑問が屋敷の周りを固める警察関係者の事だと
 気付く。
 和磨にとっては毎年見慣れた光景。
 殆ど一般人として過ごして来た深山には異様に見えるのだろう。

 悪気がないから和磨が目の前にいても言いたい放題。
 だが不快には思わなかった。

「三箇日までは我慢する事だ。 それ以外は静かになる」

 その言葉に「そうですね」と頷き、深山は和磨に指導しながら雫
 にマッサージを施していく。

「少し変化はありましたか」

 マッサージを施しながら深山がいない間の変化を和磨に聞く。
 何も言わない和磨に、特に変わりがなかったのだと察したよう
 だ。

「そうですか。 根気よくいきましょう。 何かお話はされましたか」

 深山は些細な事で構わないから雫に話しかけるように言ってい
 る。
 話しかける事によって眠り続ける雫に少しでも変化を与えるよう
 にと。
 知らない者は『聞こえないのに』と思うかも知れないが、この行為
 は馬鹿に出来ない。

「カイザーとファレスの話をしていた」

「そうですか。 雫さんは馬がお好きでしたよね。 彼等の姿をビ
デオ撮影して聞かせるのもいいかもしれないですね」

 深山の言葉を聞き、その案はいいかも知れないと側にいた漆原
 に視線を向ける。
 漆原は軽く頭を下げ部屋を後にし、二頭の撮影の手配に向かっ
 た。
 少しの可能性でもやってみる価値はある。

 目を覚まし、体が元のように健康になった時、2頭を軽井沢の別
 荘に連れて行き、そこで二人で思いきり馬を走らせたいと思った。
 ファレスを操る姿は、さぞ美しいに違いない。

 マッサージが終わった後は休憩し深山が持ってきた介護等の本
 を読んで過ごす。
 その側で深山が医療雑誌を読んでいると澤部と勇磨がやって
 来た。

「お早うございます、兄さん」

「お早うございます、和磨さん。 よう、仁」

 元同級生で友人でもあるだけに深山には砕けた口調だ。
 部屋に漆原がいない事を訝しんでいる。

「友なら用事が出来て少し席を外しているよ」

「なんだ、からかってやろうと思ったのに」

 澤部が聞く前に教える。
 残念そうな顔をする澤部に深山が苦笑する。

「からかうのは構わないけど、また殴られるぞ」

「う〜ん分かってるんだが、こればっかりは止められないな。 か
らかう事が生活の一部?」

 腕組みして首を傾げる澤部に、側にいた勇磨が少しひきながら
 「ドM?」と呟く。
 
「失礼だな。 友ちゃん限定に決まってるだろう」

 憤慨する澤部に勇磨は前々から疑問に思っている事を口にし
 た。

「付き合っているとか?」

 その言葉にニヤリと笑う。

「どう思う?」

 思わせぶりな態度。
 疑問に疑問で返すと深山がそこに口を挟む。

「勇磨さん、冗談でもそんな事は言わないで下さい。 この男と恋
人なんて」

 笑顔を浮かべているが気配がガラリと変わった。
 暖房がきいているのに、部屋の中が一瞬にして極寒の地へ。
 和磨は悠然とした態度で本を読み続け、残り2名は揃って体を
 震わせた。
 澤部は自分の失敗を悟ったが後の祭り。

殺されるかも・・・・

 本気で思っていた。
 昔から深山の、漆原に対する執着を間近で見てきていた。
 普段滅多な事では怒らない深山だが、漆原の事となると途端変
 貌する。
 特に恋人同士になってからは、この手の冗談を本気で嫌ってい
 た。

『俺以外の誰が友の恋人だって?』

 言った者には冷笑で切り捨てていった。

 深山の作る食事が美味しいから好きだと言った事で大学をあっ
 さり中退し、怪我をしてリハビリが必要だからと理学療法士にな
 った男。 
 漆原に怪我を負わせた相手には、きちんと始末したほど。

「言われた友が余りにも不憫です。 今でこそ落ち着いています
がこの男、昔はもう男も女も手当たり次第。 年齢層も幅広かった
無節操。 穴があれば何でもOKなのか、色情狂かと思うくら酷か
ったんですよ」

「仁、そこまで言わなくても・・・・・」

「あの時、そのまま友に殺されてしまえばよかったのに」

 笑顔で言い切った深山に、澤部と勇磨は手を取り身を寄せ合い
 固まった。

あの時って何ですか・・・・・

 いつもは穏やかで優しい深山だが、初めて見る負の一面にこの
 時ばかりは勇磨は本気で恐怖を抱いた。 
 人は見かけにはよらないという事を改めて思い知らされた。 

「何をしているんです。 騒がしいですよ」

 撮影の手配を終えた漆原が戻って来た。
 手を取り合う二人の姿を見て眉を顰める。

「また何か馬鹿な事をしたんですか」

 二人揃って首を左右に振る。
 深山に顔を向けると既に気配は穏やかなものへと変わっており
 漆原を愛おしげな顔で見ていた。

「仁?」

「何でもないですよ。 友、愛してます」

 サラリと言い放った言葉に漆原の右眉が少し上がり、無言で近
 づき拳を鳩尾に。

「痛いな・・・・」

 避けもせず、少し顔を顰めたものの平気な顔をして殴られた場
 所をさする。

ここにもドMが一人いた・・・・

 この遣り取りに二人の関係に気付く。
 勇磨は顔を引きつらせながら、冗談でも二度とこの話は振らない
 よう心に誓った。

「そうだ、兄さん。 今日はアルバムを持って来たんです」

 無理矢理話を変えようと、持って来たアルバムを差し出す。
 勇磨が高校に入ってからの物だ。
 少しでも和磨に自分を知って欲しいと思い持って来たようだ。
 和磨は一瞥しただけでまた介護の本に目を落とす。
 挫けそうになっている所に磨梨花や美咲もやって来た。

「やっほー、兄さん。 ・・・・勇磨、あんた本当にブラコンね」

 勇磨の手元にあるアルバムを見て、呆れた声で言う美咲に「煩
 い」と言い返す。

 部屋の中が賑やかになる。
 今いる場所は和磨の部屋と雫の部屋の壁を取り払いひと続き
 となった部屋。
 これだけの人数がいてもまだ広々としている。
 和磨としては静かに過ごしたいのだが、多少の賑やかさは雫に
 変化を与えるかもしれないからと入室を許していた。

 この部屋に誰かが入る事など、こんなにも賑やかになる事な
 ど雫が神崎の屋敷に来る前にはあり得なかった。
 勇磨がこんなに気軽に和磨に話しかける事も。
 皆に大きな変化を与えた雫。

 大きな魅力の持ち主。
 少しだけ柔らかな光を含んだ瞳で雫を見つめた。
 
 暫くはそんな穏やかな日が続いた。





 
Back  Top  Next




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送