優しい場所

(9)





 和磨は呼び止められたにも拘わらず、足を止めるなくマンション
 へ。
 だが直ぐに腕を捕まれ漸く足を止めた。

「どうして会ってくれないの! 携帯にも出てくれないし、どういう
事!」

「由良か・・・・」

 美しい容姿が怒りの為醜く歪んでいた。
 己の腕を強く握りしめる由良を見下ろす。
 そこにはなんの感情を見受けられない。
 和磨の心を動かす事が出来るのは雫だけ。

 見慣れた顔。
 華やかで一目見たら忘れられない美しい容姿の持ち主だが、
 和磨には近づいて来る者は誰もが同じにしか見えない。

 どんなに美しくとも、心の中には大なり小なりの闇がある。
 そしてその中には人を妬み、憎む闇がある。
 表には出て来なくとも、和磨にはその闇分かり、そういった者に
 心が動く事はない。

 由良は、確かに美しいかもしれない。
 本人も自分の容姿が周りからどう見られているか熟知してい
 る。
 出会った当初は、優しく大人しい、家庭的で尽くす男を演出して
 いたが、実際はとても我が儘でプライドの高い男だ。
 自分が一番でないと気が済まない。
 懸命に隠し演技をしているが、ちょっとした仕草や瞳の輝きで内
 面の狡猾さが分かる。
 本人は上手く隠せていると思っていたようだが。
 
 本当の心の優しさ、美しさを知ってしまった今では由良の仕草、
 全てが不愉快でしかない。



 由良に出会ったのは、雫と出会う二ヶ月前。
 仕事帰りふらりと立ち寄ったバーで。

 毎晩おこなわれる銀座や六本木のクラブでの接待。
 その体格、容姿そして最高の地位と剣グループ会長の甥という
 肩書を持つ和磨。
 当然両隣はその店のNo.1、2のホステスが固め気を惹こうと
 していた。
 だが和磨には見慣れた光景。

 媚びる態度。
 いくつもの香水の臭いが混ざり合うこの場所は、和磨を不愉快
 にしていた。

 一人、静かに飲みたい。
 漆原達には少し離れた場所に停めた車の中で待たせ、脇道か
 ら少し入った所にある落ち着いた外観の店へと入った。

 男ばかり、そういう指向の者が集まる店。
 重厚な扉を開け、店内へと足を踏み入れる。

 入ると途端注目されたが、和磨から醸し出される気配に容易に
 近づけずにいた。
 店の中には邪魔にならない程度のボリュームでボサノバが流
 れている。
 カウンターに座り、バーボンを注文。

 バーテンは年若いが寡黙な男で、余計な事は話しかけて来ない
 のが気に入った。
 お陰でゆっくり静かに飲む事が出来た。
 それからは、一人静かに飲みたい時にはその店へと足を運ん
 だ。

 だが、穏やかに飲む時間を壊す男が現れた。
 それが目の前で和磨を見上げる由良だ。

 その日もいつもと変わりなく、一人静かにカウンターで飲んでい
 た。
 そんな和磨の隣に座る者が。
 静かな時間を壊されたと、帰ろうと立ち上がった時、隣に座っ
 た男が急に倒れて来た。

「・・・・・おい」

 思わず抱きとめる形になる。
 顔を見ると蒼白な顔。
 額には汗が。
 するとバーテンが「こちらにソファーがありますので」と。
 抱きとめている為仕方ない。
 その男を抱き上げバーテンが示したソファーへと運び横たえ
 た。
 親切はここまでだ。
 これ以上この男と拘わりたくないと、そのまま店を後にした。

 それから一週間程、仕事が忙しくバーから足が遠のいていた
 が、一段落した為久しぶりに足を向けた。
 店に入ると直ぐさま若い男が駆け寄ってきた。

 この瞬間、今日も静かに飲むことが出来ないと悟り踵を返そう
 とするが、その気配を感じ取ったのか男は慌て声をかけてき
 た。

「あの、先日は有り難うございました。 僕、設楽由良っていいま
す」

 頬を染め、はにかみながら和磨に礼を言う。
 仕事以外で興味ない者は覚えてはいないが、由良の事は覚え
 ていた。
 先日静かに寛いでいた時間を潰した男なのだから。

 和磨は何も言わず男を見下ろす。
 190cmある和磨とは頭1つ半違う小柄な由良。
 見上げる瞳は潤み熱が込められている。
 一見淑やかそうに見えるが、瞳の奥に狡賢さが見られる。

『どうやってこの男を落とそうか』

 和磨にはまる分かり。
 男に合わせ演技し、狙った男を落としていく。
 落とした男を夢中にさせ、そして満足した後、何の躊躇い罪悪
 も感じる事なく捨てているのが目に浮かぶ。
 相手が自分に靡かなければ余計燃え、それを楽しむ。
 由良にとって恋愛はゲームに違いない。

「あの、お礼に今日は僕にご馳走させてください」

 面倒そうな相手だが、丁度いい。
 こういう男は相手にされないと余計燃えしつこく付きまとうに違い
 ない。
 そう考え、適当に相手をすることにした。
 
 この時既に4人愛人がいたが全て女。
 男も抱き愛人としていた時もあるが、今は全て切れている。
 偶にはいいだろうと、自己紹介はせずただ名刺を渡す。
 
「神崎和磨さん・・・・。 凄い、こんなに若いのに社長なんですね
剣警備保障。 僕でも知ってます! 大手ですよね」
 
 名刺を渡された事で由良は気を良くしていた。
 そして相手が大手警備会社の社長である事を知り、目を輝かせ
 ていた。
 思った以上に上物だと、舌なめずりせんばかりに。
 
 剣警備保障は、その名のとおり剣グループと繋がりがある。
 その会社の社長なのだからセレブだと思いこむ。
 だが実際は清風会総帥の息子で、次期総帥。
 本来の姿が如何に冷酷であるかを知っていれば、こんなに簡
 単に近づいてなど来ない筈。
 人の上辺だけ見、本質を知ろうとしない愚かさ。
 だが都合はいい。
 少し酔って帰れないという男をホテルに連れて行き抱いた。

 横たわる和磨の上で髪を振り乱し、逞しい肉体を貪る。

「ああっ……はぁ……いい……最高ぉ……」

 初なふりをしながらもその体は男馴れしており、いくらか和磨を
 楽しませた。
 現在囲っている愛人には、これ程までに貪欲な者はいなかっ
 た。

「和磨さん、好き・・・・」
 
 行為が終わり寄り添い甘えてくる。
 由良にマンションを買い与え、気が向いた時に通い始めた。
 最初の一ヶ月はそれでよかったが、段々目障りになっていた。
 由良が本性を現して来たから。
 遊び馴れているから愛人にした。
 なのに由良は和磨に本気になってしまった。
 今回に関しては誤算った。

 これまでの愛人達は和磨が訪れるのを大人しく待ち、迎えた。
 束縛する事なく、和磨が訪れない時には与えられた店で仕事
 をしたりと、常に自分を磨き自立していた。

 だが由良は探偵を使い、和磨の身辺調査をし始めた。
 自分の他に愛人がいないかと。
 当然それは和磨の知るところとなり、身元を嗅ぎまわる探偵を
 目の前に連れて来させた。
 まさか対象者がやくざで、国内最大とも言われる清風会総帥の
 息子だとは知らなかったようだ。
 顔を合わせた時には青ざめ、今にも死にそうな顔をしていた。

 自分は頼まれただけ、だから助けて欲しいという。
 無能なうえに卑屈な探偵。
 どうこうする気はない。
 由良には調べたままを報告させた。
 但し、和磨の身元に関しては黙っておくようにと釘をさす。
 探偵は言われた通り、愛人に関してだけ報告していた。
 由良と出会ってからは、他の愛人宅には通っていないと報告
 するようにとも。
 特に深い意味はない。
 そう報告する事により、由良がどういった反応をするのか興味
 が湧いたから。
 そうした事で、より増長した。
 自分は和磨の中で一番であり、特別なのだと勘違いした。
 
 最大の勘違いは漆原に対して。
 あれ程の美貌の持ち主が側にいるのに、見向きもせず由良の
 元へと通う。
 由良より美しい容姿を持つ漆原を差し置いて、最高の地位と容
 姿を持つ和磨に選ばれたという優越感が見てとれた。
 由良は自分が勝者である事を漆原に見せつける。
 愚かで頭の悪い子供だと、冷たい視線で返す漆原の態度に、
 悔しいからだと勘違い。
 訂正しなかった事が由良を更に増長させた。

 その為日々束縛が酷くなり、和磨に気が向いた時だけではな
 く毎日通えと言い始める始末。
 教えてもいない仕事用の携帯にまで連絡を入れたり、メールを
 送るようになった時には止めるよう言ったが。

 仕事が忙しいと言えば、始めのうちは大人しくしも、我慢もしてい
 たようだが、和磨が別の愛人宅に通う事をかぎつけヒステリー
 を起こすようになった。
 
「なんで、どうして僕がいるのにどうして他に愛人の所に行くの!
別れてよ!」

 久しぶりに訪れた和磨の腕を揺さぶり喚く。
 何故通わなくなったのか、その理由が自分であるという事が分
 かっていないようだ。

 当然和磨にしてみれば愛人は性欲処理でしかなく、誰一人特別
 だとは思っていない。
 それに関しては由良以外の愛人達は納得しており、和磨に対し
 て愛情を求めたり押しつけて来る事はなかった。
 自分達の愛情を静かに注ぐだけ。
 だが由良は和磨にも愛情を求め始めた。
 それだけで興醒め。
 抱くこともせず、そのまま部屋を後にした。

「お前とはこれまでだ」

 と一言残し。
 
 他の愛人はそのままで、自分だけが切られた事が我慢出来な
 かったようだ。
 日に何度も携帯に連絡が入り会社にまで押しかけて来た。
 その度警備員に追い返されていたが。
 
 二度と会う事はない。
 だが今まで買い与えた物、マンションも服も貴金属も取り上げる
 事はしなかった。

 マンションの名義を由良に書き換え、書類を持って訪れた漆原
 に対し、部屋にあった物を手当たり次第投げたようだ。
 そして何を勘違いしたのか、長年側で見つめていた漆原が自分
 ではなく突然現れた若くて綺麗な由良の存在に嫉妬し、デタラメ
 な事を和磨に吹き込んだ、だから和磨が離れて行ったのだと言
 い暴れたらしい。
 その時側にいた澤部は腹を抱え、ソファーに転がり大笑いして
 おり、漆原は不機嫌きわまりない顔で「今度は質のいい人をお
 願いします」と和磨に抗議してきた。

 毎日しつこく鳴る携帯。
 邪魔だからと、新しい物を用意させた。
 
 仕事も一段落。
 いつもと変わりない日常に戻り、久しぶりにカイザーに乗りたく
 なった。
 本家に戻り、愛馬と共に馬場を駆ける。
 心地よい風、振動に心も穏やかになっていく。
 そして和磨は雫と出会った。

 地元住民はこの屋敷が誰の、どういった場所なのかを知ってい
 る。
 道は通るが、立ち止まるなど、ましてや覗くような事は決してな
 い。
 当然雫の行動は目立ち、見咎めた漆原により和磨の元へと連
 れて来られた。

 悲しく心に深い傷を持つ瞳。
 だが自分の悲しみより傷を負った馬達を心配し、声を出す事も
 なく静かに涙を流す雫を見て、和磨の心がざわめいた。
 側に置いておきたくて、出会ったその日からマンションには戻ら
 ず本家で雫と共に生活を始めた。
 雫が新しい生活に馴れるまではと、重要な事意外予定をキャン
 セルした。
 誰かの為に気を遣う自分に驚いた。

 屋敷に来た当初は怯え萎縮していたが、漆原や澤部の努力も
 あり少しずつ笑顔を見せるようになってきた。
 柔らかい笑顔が和磨の心を癒す。

 雫を側に置き過ごすようになり、和磨は愛人達との関係を全て
 切った。
 体の関係はなくなったが、今まで静かに和磨の為に過ごして来
 た彼女達には、今まで通り店に訪れたり援助は続けた。

 和磨の心を乱し、癒す者。
 雫の体には、これまでの苦労が如実に表れていた。
 骨は浮き出て、力を入れ抱きしめれは簡単に折れてしまいそう。
 肌も荒れ、今まで抱いて来た誰よりも貧相な体。
 とても魅力ある体とはいえなかった。

 だが今までで一番、心も体も満たし癒してくれた。
 和磨の元で穏やかに、そして栄養ある物を食べていたお陰で
 肌も本来持つ滑らかで透明感のあるものへと変わり、少しずつ
 ではあるが体に柔らかみも出てきた。
 大切だと、愛おしいと思う者が側にいる事がこれ程まで和磨の
 心に安らぎを与えてくれるとは。
 
なのに・・・・・





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