優しい場所

(5)





ピッピッピッ

 ICU内に響くモニター音。
 そこには規則正しい波形が現れては消えていく。

「・・・・信じられない」

 勇磨の漏らした言葉は、その場にいる全ての者達の言葉でも
 あった。



 和磨に言われ、一ノ瀬を呼びに走った澤部。
 表に出ると丁度探していた人物が靴を履いている所だった。

「先生! 直ぐに来てくれ」

 澤部の様子に何かを感じたのか「少し待ちなさい」と言い、表
 に回された車に走った。
 そして車内から常に持ち歩いている往診用の鞄を取り、待っ
 ていた澤部と共に走った。

 その場では何も聞かない。
 行けば確実に様子が分かる。。
 素人から聞くより、自分の目で何が起こっているのか確かめ
 る方が一番正確で早いから。

 廊下を走る二人に姿に、その場にいた者達が何事かと避け
 見送る。
 屋敷内が途端騒がしくなる。
 追って行こうにも、彼等が向かうのは屋敷奥なだけに、そうす
 る事が出来ない。
 幹部にしても、神崎本家奥には征爾の許しがない限り入る事
 は出来ない。
 澤部や一ノ瀬が来いと言えば別だ。
 だが二人は無言でその場を走り去って行く。
 彼等の少し前に漆原も屋敷奥へと走り去った。

一体なにが

 屋敷内が不安と緊張に包まれる。
 兎に角彼等は待つしかなかった。

「和磨」

「親父・・・」

 ただならぬ澤部の様子に、征爾は内線を切った後直ぐさま
 雫の遺体があり、和磨のいるこの部屋へと向かった。
 一ノ瀬を捜していたという事は、和磨に何かあったのではな
 いかと考えたから。
 
 和磨に限ってとは思うのだが、人間時には脆くなる時があ
 る。
 特に和磨は2度目。

 手を掛けた者達に制裁を加えたが、伴侶である雫がこの世
 から消えたのだ。
 見た目分からないが、前回の比ではないくらい激しい悲しみ
 に捕らわれている筈。

 駆けつけた部屋に入ると和磨は、雫の手を取りジッと見つめ
 ているだけで特に変わった様子は見られなかった。

「・・・澤部が一ノ瀬を捜していたが何かあったのか」

「分からない・・・・」

 雫を見つめたまま返事をする。
 征爾は和磨の言葉を待つ。
 
「分からないが、おかしい・・・・・。 何故だ、何故死んで10時
間近くになろうとしているのに、雫の体はこれ程までに柔らか
い・・・?」

 言われて見ると、確かに和磨に取られた手はしなやか。
 今にも動きそう。
 通常であれば死後硬直の為、その手は棒のようになってい
 る筈。
 
「それにこの頬・・・・・。 なぜ生きている時と変わらない弾力
がある?」

 確かに和磨の言う通り。
 肌には張りがあり瑞々しさもある。
 和磨の元に行き、その隣に腰を下ろし雫の遺体に注目する。
 その間に和磨は雫の口から処置されていた綿を取り出す。

「和磨さん、なにが!?」

 言葉と共に飛び込んで来た漆原。
 澤部に言われ稲村代議士親子を、征爾の側近であり光聖会
 組長である槇にその場を任せ飛び出した。
 そして辿り着いた部屋には和磨の他に征爾がいた。
 
「会長? 和磨さん、何を・・・・」

 何故ここに征爾がいるのか。
 それに和磨は何をしているのだろう。
 一瞬和磨がおかしくなったのかと呆然となる。
 遠くから大きな足音をたて何者かが走ってくる。
 一瞬身構えた漆原だったが、飛び込んで来たのが澤部と一
 ノ瀬の二人だった事に驚く。

「遅くなりました!」

 屋敷内とはいえ、表からここに来るまでそれなりの距離があ
 る。
 それに、床は丁寧に掃除されている為滑りやすい。
 少しくらいは息が切れてもおかしくはないのだが、二人とも
 全く息が切れていない。
 年も30代と若く、普段から鍛えている澤部は分かるが、50
 代の一ノ瀬が変わらず平然としているのには恐れ入った。

 一ノ瀬は雫の元に座っていた二人を押しのけ脇にやる。
 そして雫を見たまま征爾に向かって「直ぐに酸素の用意を!」
 と叫んだ。
 征爾は携帯を取り出し、槇に連絡を入れる。

『・・・・はい』

「急ぎ、屋敷奥の座敷に酸素を持ってこい」

 これで直ぐに酸素は届くだろう。
 その間に一ノ瀬が鞄から聴診器やペンライトを取り出し雫を
 診る。
 他の者は知らないが、神崎家屋敷奥、征爾達の部屋近くに
 は神崎家の者と槇、一ノ瀬以外は入れない部屋が一つだけ
 ある。
 そこには、彼等にとって家族同然の男狩野が一人眠ってい
 る。
 征爾夫婦には息子のような存在で、和磨にとっては世話係
 でもあるが、兄とも、友人とも呼べる大切な男。
 槇はその男の親友で、一ノ瀬は主治医だ。

 今でこそ漆原や澤部は奥に入れるが、それでも唯一征爾達
 のいる部屋には近づく事を許されていない。
 だからその存在は知らない。
 だが昔その男がいた事だけは回りから聞かされていた。
 誰よりも強く豪快な男だったと。

 狩野はもう何年も眠り続けており、今だ目を覚ます気配はな
 い。
 その部屋には万が一の事を考え、酸素や最低限の医療器具
 が揃えられている。

「征爾、直ぐ移動が出来るよう車の用意を」

 頷き別の幹部の携帯に連絡を入れる。

「私だ、直ぐに車の用意を・・・。 大きめの物だ。 裏に着けろ」

 そして槇が酸素を持ってやって来た。
 一ノ瀬が素早くそれを雫に取り付ける。
 その間にどんどん人がこの部屋に集まって来た。
 不安と期待が彼等の中に生まれる。
 
「・・・・先生」

 一ノ瀬が雫を見ている間、和磨の心に微かな光が灯った。
 取り付けられた酸素マスク。
 死後硬直のない体。
 違和感に気付いて、もしやという気持ちが膨れ上がってい
 た。

 再度手にした雫の手には、僅かばかりではあるが温もりが感
 じられた。
 最初降ろした時には、自分の手の温もりかと思った。
 気のせいかと思っていた。
 だが今こうして処置や診察を受ける雫を見ていると、それが
 気のせいなどではなかったと。

生きて、いるのか?

 一通り雫を診た一ノ瀬が彼等を振り返る。

「急いで車に乗せて下さい。 雫さんは、生きています・・・・」

 その言葉にその場にいた者が目を見開く。
 磨梨子に至ってはこの奇蹟にその場に崩れ落ちた。
 


 その後の彼等の行動は早かった。
 直ぐさま裏に着けられた車へと雫が乗せられる。
 澤部が運転をし、和磨と一ノ瀬は後ろに乗り込み雫に付き添
 う。

 漆原も付き添いたかったであろうが、稲村親子をそのままに
 しておくわけにはいかないし、騒ぎになっているであろう屋敷
 を鎮めなくてはならない。
 幹部達には槇が上手誤魔化し説明をしてくれるだろう。
 まだ彼等には雫が生き返ったとは告げる事は出来ない。
 
 移動する間、一ノ瀬は病院に連絡を入れ雫の受け入れ態勢
 を整えさせる。
 そして弟を呼び出す。

「何処にいる? ・・・・丁度いい、昼オペした患者を覚えている
か・・・・。 そうだ、和磨君の。 今連れて向かう・・・・・。 詳し
い事は着いてからだ。 兎に角用意しておいてくれ」

 通話を切り、一ノ瀬は雫の様態を確認する。
 車内は無言だ。

 兎に角一刻も早く病院へ。
 それが皆の願いだった。
 


 病院に到着すると直ぐさま待機していたスタッフ達が駆け寄
 る。
 中には雫の昼間の姿を知っている者もいて、酸素マスクをつ
 けた姿を見て驚いていた。
 だがそれは一瞬の事で直ぐに頭を切り換え、用意していたス
 トレッチャーに雫を乗せERへと移動する。
 
 一ノ瀬もそのまま処置室へと入って行く。
 モニターを取り付け処置が検査が行われる。
 映し出されたモニターの画面に、確かに雫が生きているとい
 う証拠が映し出された。

 待機していた、一ノ瀬の弟である医師がそれを見て驚愕して
 いた。
 目の前にいる雫は、昼の時点で確かにその命を終えた。
 それは自分でも確認していた。

だが生きている

 頭を切り換え彼等は動きはじめた。
 尽きた筈の命を、灯火のこの命を再度消さないよう全力を尽
 くす為に。
 身に纏っていた衣服が切り裂かれる。
 その姿を和磨はジッと見守っていた。

・・・・戻れ雫
この俺の腕の中に・・・・
二度と俺をおいて行くな
 




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