優しい場所

(4)





 日垣のビルから出ると外は既に日が落ち、辺りは暗くなってい
 た。
 屋敷に戻る車の中、漆原から稲村代議士に関して報告を受け
 る。

 病院にいる時、和磨は稲村代議士に連絡を入れていた。
 和磨の、神崎からの連絡に初め警戒していたようだが、息子宗
 之の名を出し神崎本家で身柄を預かっていると言うと、途端激
 高し『息子に、宗之に何をした!』と電話越しに声を荒げてい
 た。

「手を出して来たのはお前の息子だ、こちらではない」

 その言葉に絶句。

『息子と、君がどう繋がるというんだ。 私を陥れる為に息子に何
かしたのだろう・・・・』

 あくまでも和磨達が宗之を陥れたに違いないと言い張った。
 宗之は外面はいいが、素行は良くなかった。
 それは分かっている筈。
 何か問題を起こす度、稲村代議士が全てもみ消してきたのだ
 から。

 稲村代議士は宗之を溺愛している。
 年を取ってから生まれた子供だからだろう。
 宗之の上に一人兄がいるが、15近く年が離れていた。

「そう思いたいのであれば思うがいい。 だが、お前の息子はこち
らの手にある」

 和磨の変わらぬ態度に、本当に宗之が神崎に手にあると理解
 したようだ。
 何をしたのかとしつこく聞き、息子は怪我をしていないかと、そ
 れは煩いぐらい聞いてきた。

「全ては、屋敷に来てからだ。 今話す事はない」

 息子の身がそれ程まで心配なら、直ぐに来ればいいだけの事。
 ただ一言、「余計な事はしない方が身の為だ」、そう言い携帯
 を切った。 

 漆原が調べた所、稲村代議士は現在地元北海道に戻っており、
 後援会への挨拶回りと公共事業の視察に行っているとの事で
 あった。
 電話をかけた時には稚内近く。
 一番近い空港は旭川だが、そこまではかなりの移動距離と時
 間がかかる。
 特に今は12月で雪も降っている。
 


 連絡を入れてから、大分時間が経っている。
 今頃飛行機の中の筈。
 もし乗れていなかったとしても、空港が雪で閉鎖されない限り、
 今日中に神崎家に来る筈だ。
 到着するまで、まだ時間はかかるだろう。
 何にしても落とし前はきっちりつけさせるつもりだ。

 和磨を乗せた車が屋敷に到着し、中へと入る。

「お帰りなさいまし」

 車から降りると組員達が和磨を迎えるが、皆一様に緊張し沈
 んでいた。
 緊張は、各組の組長と幹部がこの屋敷に集まっているため。
 沈んでいるのは和磨の伴侶、雫の死に対して。
 
 雫は和磨の伴侶であったが、まだ正式なお披露目はおこなっ
 ていない。
 体調があまりよくなかった事と、まだその時期ではないと判断
 していたから。
 屋敷に詰める組員達には少しではあるが馴れてきたようだが、
 正式なお披露目となると、各組のトップ達が集まる。
 いくら雫の芯が強くとも、彼等に会わせるのはまだ無理だと思っ
 たから。

 にも拘わらす、雫の訃報を聞きつけ、各組長、幹部達が集まっ
 た。
 和磨は彼等がいる部屋へと足を向ける。
 流石清風会の下につくだけあり、各組の組長達は騒ぐ事はな
 かった。
 だが、幹部の中には気色ばんだ顔の者もいた。

「皆忙しいなか、わざわざすまない。 今回の事だが、組関係の争
いではなく素人がおこした事。 既に浅井に任せ制裁済みだ」

 中には不服そうな顔をする者もいたが、和磨の気配に、そして
 制裁を実行したのがあの浅井という事で、それ以上不満を口に
 する者はいなかった。
 
 和磨はまだ杯は交わしていないが、この中の誰よりも冷血であ
 った。
 そして浅井の仕置きが、とても残酷であるのを知っているから。
 和磨は今、雫を殺された事で、より殺伐として気配を纏ってい
 る。
 下手に口出しすることは出来ない。

「集まって貰ったが、今夜は通夜は執り行わない」

 部屋の中を見回し、言葉を言い残し部屋を後にした。
 和磨が出ると漆原と、征爾付きの土屋により酒の用意が。
 通夜がないのならと中には席を立つ者もいたが、大半の者は
 互いの近況など話、それぞれ情報交換をし始めた。

 部屋を出た和磨は、雫の待つ部屋へと向かう。
 寂しくないように、今は磨梨子達が雫の側についているだろう
 が、早く側に行ってやりたい。

「お帰りなさい、和磨」

 戻ると部屋の中には写真が溢れていた。
 手にとってみると、それら全て雫の写真だった。
 和磨は撮った覚えもないし、指示した記憶もない。

「全部、澤部が撮った物なの」

 雫は、友達とも家族とも写真を撮った事がないと言っていた。
 新しい場所、新たな生活が始まるのだからこれからは楽しい
 思い出を沢山残そうという事で澤部が勝手に撮り始めたらし
 い。

 だが大半は雫が気付いていないうちに撮られた物ばかり。
 その為か、自然な雫の姿がそこには写っていた。
 中には正面からの物もあったが、それらに写った雫は皆緊張
 した面持ちの物ばかりだった。
 一人で写っている物もあれば、漆原との物もある。
 磨梨子や磨梨花、勇磨達と写った物も。
 そしてたった一枚、和磨と一緒に写った物もあった。

これは・・・・・

 いつの間に撮られたのか。
 普段何かを向けられれば直ぐ気付いていた。
 にも拘わらず、写真が撮られている。

 手にした一枚は、雫の体調が回復してからはじめて馬場に行
 った時の物だった。
 一人で乗せるのはまだ心配であったため、雫を前に乗せ二人で
 カイザーに乗ったのだ。
 並足、そしてゆっくりと駆け足。
 久しぶりに馬に乗れた事で、雫がいつになく興奮し自然な笑顔
 を見せていた。
 
 写真に写る雫は、振り返り和磨に楽しそうに微笑んでいた。
 そこに写る和磨自身、優しい瞳で雫を見つめていた。

『ありがとうございます』

 確かこの時、こう言っていた気がする。
 
いい顔だ・・・・・

 たった一ヶ月ちょっとの間。
 なのに、写真の量は半端ではなかった。
 それらを手に取り眺めていると、磨梨子達が部屋からそっと出
 て行く。
 最後、磨梨花が障子を閉める時、実際は泣いてなどはいない
 のだが和磨の背中が泣いて見えた。
 零れそうになる涙を唇を噛みしめ堪えた。



「和磨君、いいかな」

 障子越しに声を掛けられる。
 時刻は夜8時になろうとしていた。
 入って来たのは一ノ瀬。
 忙しいにも拘わらず、様子を見に来たようだ。

「すまなかった。 私の力が及ばず雫君が・・・・・」

 頭を下げる一ノ瀬を制止する。
 逆に和磨が一ノ瀬に向かって頭を下げた。

「・・・・いや。 俺の方こそ全力を尽くして貰っておきながら礼も言
わず申し訳なかった」

 彼等は最後まで諦めず、雫の命を救おうと必死に処置をして
 くれた。
 いつ命が戻っても大丈夫なよう、刺された傷も丁寧に処置し縫
 合した。
 恨みなどある筈ない。
 一ノ瀬は上着から茶封筒を取り出し和磨に渡す。

「死亡診断書だ。 刺されたと書くと司法解剖される事になるから
ここには別な病名が書いてある」

 こんな事が外部に漏れれば、一ノ瀬の身が危なくなる。
 にも拘わらず、雫が切り刻まれないように書類を偽造してくれ
 た事に感謝した。
 これ以上雫の体に傷を付けたくないし、他の者の目にその体を
 曝したくもなかった。

「ありがとうございました」

 書類を受け取り、深々と頭を下げた。
 最後に一ノ瀬は雫に手を合わせ部屋を後にした。

 一ノ瀬が去って直ぐ漆原がやって来た。

「稲村代議士が来ました」

「そうか」

 障子越しに返事し、直ぐに行くと伝えた。
 部屋の前から漆原の気配が消える。

 屋代、篠原、森家に対しての処罰は既に行われた。
 残るは稲村代議士の息子ただ一人。

 雫が刺された時、刺した兄を雫から引き離しそして止めた。
 これが他の者であったなら和磨も感謝するのだが、宗之は刺
 される原因となったうちの一人だ。
 許す気などない。
 当然その親である稲村代議士にも、それ相応の処罰を受けて
 貰うつもりでいる。

これで全てが終わる・・・・・

 和磨から雫を奪った者に対しての報復が終わる。
 だが全てが終わっても、雫は戻らない。
 そして、明後日告別式が終われば、雫の存在自体がこの世か
 らなくなる。

 今は魂はなくとも、雫はここいる。
 だがこの体が目の前から消えた時、自分はどうなるのか。

・・・・考えても仕方ない

 握っていた雫の手を布団の上に下ろす。
 冷たかったがずっと握っていたせいか、和磨の体温がうつり
 少し温かい。
 布団を少しずらし、手をそっと胸元へ乗せる。
 そして布団をかけなおし、立ち上がった。

 だが、何かが気になった。
 ほんの小さな疑問。
 それが何かは分からない。
 
・・・・何だ、何に引っかかった

 違和感を探し出す。
 些細な事だが、酷く重要に感じる。

!!

 そして気付いた。
 今かけたばかりの布団を剥がす。
 そして雫の手を取り違和感を確認した。

これだ!

 和磨は雫の手を下ろし、急ぎ部屋の障子を開け叫んだ。

「誰かいるか!」

 バンと激しい音をたて開かれた障子。
 尋常でない和磨の様子に、直ぐ側に控えていた澤部も何事か
 と顔色を変える。

「どうしました!?」

 駆け寄る澤部に和磨が叫ぶ。

「院長は何処だ!」

 院長といえば、少し前にこの部屋から出て行った一ノ瀬病院
 の院長しかいない。

「先生なら、会長の所にいらっしゃるかと・・・」

「呼べ! 直ぐにだ!」

 和磨のただならぬ様子に、澤部も何かを感じとり急ぎその場
 を離れた。
 そして和室から一番近い内線が置かれた部屋へ飛び込む。

『どうした』

 数コールで征爾が出る。

「申し訳ありません、そちらに先生は!」

 聞くとたった今帰ったと。
 今部屋を出たのなら屋敷を出る前に捕まえられるだろう。

「ありがとうございます!」
 
 内線を切り澤部は部屋を飛び出し走った。
 途中走りながら漆原の携帯に連絡を入れる。
 
『忙しい』

 直ぐ切られそうになったが、切るなと叫ぶ。
 そして和磨の元へ行くよう言う。
 澤部の真剣な口調に、携帯ごしの漆原の口調も変わる。

『何があった』

「わからん、だが何かが起こる急げ!」

 普段ならあまり感じる事はないが、この時ばかりはこの屋敷の
 広さを呪った。
 気持ちだけが先走る。 

早く着け!
 
 一ノ瀬がいるであろう表へと走った。





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