優しい場所

(2)





 院内の廊下をゆっくりと歩く和磨。

 向かった先は同じ一ノ瀬病院の敷地内.。
 本館と繋がる別棟で会議室、院長室などがある。
 雫の家族、篠原加奈子達がその棟の一室に集められている。

 本来なら今回の件に拘わった全員を、浅井の組である日垣組
 のビルへと連れて行きたかったのだが清風会会長である征爾
 と、日垣組の慌ただしい動きに気付いた警察がこの病院に押
 しかけてきた為、この場から動けない状態にあった。
 刑事の事はこの病院の院長である一ノ瀬が上手くあしらうだろ
 う。
 暫くはここで大人しくしているしかない。

 だが既に何人かの刑事が院内に入り込んでいるようだ。
 別棟に向かう途中、何人か顔見知りである刑事が和磨を見つ
 け睨みをきかせてきた。
 抗争があったのか、それとも内部で何か起こったのかと煩く聞
 いて来た。

 今ここで色々調べられては都合が悪い。
 雫が和磨の屋敷に来た時点で、警察には雫の事を知られて
 いる。
 何度も一ノ瀬からの往診があったので、警察の方では雫は病
 弱だと思われている。
 それはあながち嘘ではない。
 その為和磨は雫が体調を崩し容態が急変したと半分は本当
 の事を、半分は嘘を話した。

 和磨の伴侶である雫の容態急変に、和磨の両親である征爾
 や磨梨子が慌ててこの病院に来た事にそれで理由はつくが、
 日垣組が動いた事には、刑事達は納得していないようだ。

 日垣は清風会の二次団体である為、征爾の警護として来たと
 誤魔化したが、誤魔化し切れたかは分からない。
 だが実際、雫の緊急手術が行われ彼等もそれを確認したらし
 く、刑事達は大人しく帰って行った。
 だが油断は出来ない。
 
 集められた部屋に入ると、加奈子が半狂乱で泣きじゃくってい
 た。
 その隣には、加奈子の母が必死に宥め、父親は必死で征爾
 に謝罪していた。
 彼等は加奈子がこの病院にいると分かった時点で、漆原が呼
 び出していた。
 途中迎えにやった車に乗り換え来たので、彼等がここにいる
 事はこの場にいる者意外知らない。

 雫の家族は、雫を刺した仁志以外は茫然と座り込んでいた。
 目の前で起こった出来事が余りにも衝撃的だったようだ。
 刺した本人である仁志は笑っていた。

 そしてその部屋にはこの病院に検査入院していた藤之宮大
 吉と、剣夫妻の姿もあった。
 事件の一報をうけ、駆けつけたのだろう。
 和磨の姿を見て、痛ましそうな瞳を向けてきた。
 忙しいであろう彼等に短く謝罪をのべる。

 加奈子の父親であり、東部銀行頭取である篠原が和磨の姿
 を見て駆け寄り、足下に跪き謝罪する。
 
「申し訳ありませんでした、娘が大変な事を。 なんとお詫びして
いいのか。 本当に申し訳ありません! もう二度とこんな事を
起こさないようよく言い聞かせます。 ですからどうかお願いしま
す」

 必死な姿だが、和磨はそれを許すことはない。
 
「・・・・言った筈だ。 二度目はないと」

 低い声に、その場にいた誰もが震えた。
 それ程までに和磨の怒りは強かった。

「確かに聞きました・・・・。 しかし、どうかお願いです! 加奈子
を、娘を許して下さい」

 床に頭を付け謝罪するが、当然許しはしない。

「そこまで娘が大切ならば、なぜ同じ事を繰り返させた。 前と同
じよう、お前の父親に縋り付けば何とかなるとでも思っているか
らだろう? だが今回ばかりは無駄だ。 娘だけではなくお前達
にも、父親にもその罪を償ってもらう。 これは決定だ」

「そんな!」

「嫌よ! 私、何も悪い事なんてしてないわ。 あの男を刺したの
は私じゃないわ。 あの男の兄弟じゃない! ひっ!」

 雫を「あの男」呼ばわりした加奈子を冷酷な瞳で見つめる。
 凍てつくような鋭い眼光に、加奈子は母親にしがみつく。

「加奈子!」

 気配が変わった和磨。
 余計なことを言うなと、慌てて篠原は加奈子を怒鳴りつけた。
 娘だけでなく自分達までとは思っていなかったらしい。
 甘やかすしぎたせいで、とんでもない事になってしまったと今更
 ながら後悔しているようだ。
 だが今回も心の何処かで、国会内でも発言力のある父親に
 頼めばなんとか助けて貰えるのではないかと思っているのが
 見て取れる。

 加奈子は直接手をかけてはいなくとも、余計な事をしなければ
 雫はまだ生きていたかも知れない。
 2度はないと言った。
 そしてまた同じ事があれば、一族全員に責任を取ってもらうと
 も言っていた。
 にも拘わらず同じ事を、それ以上の罪を犯した。
 
甘く見られたものだ

 瞳の端に映った征爾達も同じように、篠原達を冷めた目で見
 下ろしていた。
 和磨と同じよう、許すつもりはないようだ。

 廊下が騒がしくなる。
 もし警察や関係のない者が来たとしても、部屋の前には浅井
 達が立っている為勝手に入ってくることは出来ない。
 和磨達のいる部屋のドアが開けられる。

「晶子、加奈子!?」

 飛び込んで来たのは加奈子の母晶子の父であり、加奈子の
 祖父である議員の森だった。
 やはり連絡を受け急ぎ駆けつけたようだ。
 加奈子達の姿を見て「どういう事だ」と叫ぶ。
 だが同時に何があったのかも漠然ではあるが分かったらしい。

「それはこちらの台詞だ。 言った筈だ二度と俺の前に姿を現す
なと。 なのにこの女は現れた。 しかも卑怯な手を使いこの俺
の伴侶である雫に手を出した。 当然覚悟は出来ているんだろ
うな」

 冷えた視線に、国会内での実力者である森も直ぐには言葉を
 発する事が出来ないようだ。
 だが直ぐさま、相手は自分の孫と変わらぬ年齢の男だと思い
 だし、和磨を怒鳴りつけた。
 相手が清風会次期総帥だろうが、今はただの若造だと思い直
 し。
 
「しかし、加奈子が直接手を出した訳ではないのだろう。 ならば
関係ない!」

「何だと!」

 勇磨がいきり立つが征爾によって抑えられた。
 
「・・・詭弁だな。 言った筈だ。 直接ではなくとも関わりがある
事が分かれば容赦しないと。 忘れた訳でもあるまい」

 和磨の言葉に、救いはないかと思ったがどこにも見あたらな
 い。
 森は焦っていた。
 今はただの若造だが、和磨の瞳は冷酷な光を放っている。
 やはり清風会、神崎の血を引く者だ。
 
 何とかならないかと回りを見回し、引退し今だ政界の頂点に
 君臨する藤之宮の顔を見つけた。

 前回、藤之宮の助言で加奈子を救うことが出来た。
 今回も助けて貰おうと言葉を発しようとしたが、先に遮られて
 しまった。

「今回は、儂もお主達を救う事はできん。 一度だけと言うた筈。
本来であればあの時も助けるつもりはなかった。 じゃが、お主
が孫を思う気持ち、儂もよう分かるが故、一度だけという約束
で神崎に、剣に許してもろうた。 それに言うた筈。 孫が可愛い
い、失いたくないと思うなら、孫によく言い聞かせ愚かな行動は
慎むようにさせよと。 それを怠ったが故、こんな事になってしも
うたんじゃ」

「そんな・・・・・」

 藤之宮の御前にまで見放された今、加奈子の未来は失われ
 てしまったも同然。
 篠原はガクリと床に手をついた。

「どちらにせよ、お前達は既に終わっている」

「それは一体・・・・・」

 和磨の言葉に篠原が虚ろな目で見上げた。
 
「お前達がここに来る間に、東部銀行は破綻した。 今頃テレビ
で記者会見が行われている筈だ」

「そんな馬鹿な!」

 項垂れていた篠原が和磨の言葉に悲鳴を上げる。
 つい先日他の銀行と経営統合し、全てが順調に進んでいた。
 それがいきなり破綻したと聞かされても信じる事など出来ない。

「お義父さん、どういう事ですか! 何かの間違いですよね!?」

 義理の父である森に詰め寄るが森は蒼白な顔をして「事実だ」
 と一言呟いた。



 官房長官との会談中、神崎、そして藤之宮の両者から呼び出
 された。
 人に知られないよう、急いで一ノ瀬病院に来るように言われ普
 段は使う事などないタクシーへと飛び乗った。
 そしてここに向かう途中、ラジオで娘婿が頭取である『東部銀
 行が破綻した』という速報を耳にした。

 あり得ない現実。
 タクシーの運転手に他のラジオ局に変えて貰ったが、やはりそ
 こでも同じように『東部銀行破綻』のニュースが速報として流
 れていた。

 森の知らない所で何かが起こっている。
 それだけは分かった。
 神崎、藤之宮からの呼び出しはそれに関係あるものだと確信
 した。
 そして病院に到着し、神崎の者によって森はこの会議室へ駆け
 つけた。
 そして扉を開け中に入り全てを悟る。
 1%の望みをかけたがそれも消えた。


 
「頼む、私はどうなってもいい。 娘と加奈子だけは助けてやっ
てくれ!」

 森は和磨の前で篠原同様土下座をするが、和磨は表情を変え
 る事なく見下ろしていた。

「まずは議員辞職して貰おう。 財産は全て没収させて貰う。 勿
論篠原もだ」

「・・・・それだけでいいのか」

 ポカンとした顔で和磨を見上げる。
 命が奪われるのを覚悟していただけに、拍子抜けた顔となって
 いる。

 この和磨の発言にはその場にいた者が驚き、尚かつ不服そう
 な顔をする。
 だが彼等はそれに対し口だしはしない。
 『軽すぎる』と誰もが思っていたが、それだけで終わるはずがな
 いとも思っているから。

 だが森は違った。
 それだけで救われるのであればと、急ぎ病院を出て会見を行
 った。

 森がいなくなった所で、和磨は浅井に向き直る。

「外はどうなっている」

「はい、先程確認した所、まだ数名刑事がウロウロしているもの
の、院内からは全員が出たと。 後、澤部さんから連絡があり
雫さんの方の支度が整ったと」

「・・・・・そうか」

 澤部を残してはいるが、一人でいるのは寂しいだろう。
 一刻も早く雫を屋敷に連れ帰りたかった。
 
「支度が整ったようだ」

「そうか」

 征爾はただ一言そう言う。
 この件に関しては口だしするつもりはなかった。
 寧ろ、和磨の邪魔をする者がいればそれを阻止するつもりで
 いた。
 最愛の半身を失ったのだ。
 征爾が同じ立場にいればやはり誰にも口だしなどさせず、邪魔
 する者がいればたとえそれが身内であれ排除するだけだ。

 それは神崎だけではなく、剣でも同じ事なだけに賢護も何も言
 わなかった。

「浅井、奴らがいなくなった事を確認した後、全員日垣のビルに
連れて行け。 準備が整い次第出向く」

「分かりました」

 その場を浅井に任せ、和磨達は雫が待つ病室へと向かった。
 病室の前には新井が立っており、和磨の姿を認めるとその場
 に土下座した。

「申し訳ありません!」

 新井は雫を守る為に付けられた者。
 にも拘わらず、新井は雫を目の前で奪われる形となりそして
 その命を守りきれなかった。
 幾ら一ノ瀬の病院とはいえ安心しすぎていた。
 己を責めていた。

 失われてしまった雫の魂。
 殺されたとしても文句はない。
 覚悟していた。

 和磨は新井の処分についてはどうでもいいと思っていた。
 殺してもいいが、それでは同じ病院内にいた榎本達も処分し
 なくてはならなくなる。
 それでは雫の付き添いとして来た磨梨子も後味が悪いだろう。
 だが他の組員の手前、そのままにしておく訳にもいかない。
 漆原に死なない程度に痛めつけておくよう指示した。

 新井はその処分に目を見張る。
 相当キツイ仕置きになるだろう。
 だが和磨は殺さず、仕置きが済んだ後は好きにすればいいと
 も言ってくれた。
 残るのも、出て行くのも自由だと。
 もし、残ったとしても仕置きは済んでいる為、他の組員が何か
 しようものならば、その者を罰するとまで言ったのだ。

 新井は耐えようと思った。
 そして和磨の為に新たに命を捧げようと決めたのだった。





 
Back  Top  Next




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送