優しい鼓動
(47)









 雫に見送られ自宅を出た和磨達。
 この日は都内の本社ではなく、郊外の建物へと足を向け
 た。

 神崎所有の広大な土地に佇む建物。
 回りは木々に囲まれており、人気は殆どない。
 和磨達の車はその古びた屋敷の敷地へと入って行く。
 車は表の止められず、屋敷内へ。
 入ると同時にガレージのシャッターが閉められた。
 車は地下へと入って行く。
 そこは広く、車は少なくとも30台は止められるようになっ
 ていた。
 高さもありマイクロバスも止められる作りとなっている。
 和磨達の乗る車が着くと、既にそこには数台のセダンと
 マイクロバス2台が止められていた。
 
 車を降り、隠し通路からそのまま更に地下へと降りて行
 く。
 降りきるとそこには鉄で出来た厳重な扉が。
 その前に立っていた男が和磨達の姿を見て一礼した後
 扉を開けた。
 中は広くコンクリートの打ちっ放しではあるが、明るい。
 その中央にスーツを着た数名の男達と、それとは別で私
 服や学生服を着た若者が約20名程いた。

 スーツを着た者は和磨の部下。
 体格は違えど、それなりの腕を持つ者。
 見た目エリートサラリーマンにしか見えない彼等。
 現在は和磨の会社に属し一般人であるが、和磨が清風
 会に入ると同時に彼等も杯を受け清風会に属す事にな
 る事になっている。
 
 穏和な顔をしている為、その場にいる若者達は彼等を
 馬鹿にしていた。
 これだけの人数がいれば、ひ弱なサラリーマンなどどう
 にでも出来ると思っているようだ。

 和磨が入ると部下が一斉に頭を下げた。
 若者は和磨を見て、表情を一転させた。
 見ただけで和磨が一般人では無い事が分かったようだ。

逆らえば殺される

 和磨のその瞳が冷酷さを表していた。
 雫には見せた事のない瞳。
 若者達は始めて自分達の置かれた立場を悟った。
 
「これで全員ですか」

 和磨の瞳に負けない程、漆原の声にも殺気が込められ
 ていた。

「いえ、後数名。 間もなく到着するかと」

「急がせろ」

 今日中で片を付けるつもりだった。
 今日が終われば、また雫に平穏が戻る。
 漆原は若者達に近づく。
 その美貌に見惚れながらも彼等の恐怖は増すばかり。
 それ程までに漆原から発せられる殺気は強かった。

「警備員の妹を輪姦したのは誰だ?」

 口元に微笑みを浮かべてはいるが、その後ろには夜叉
 が見えた。
 殆どの者が震えていたが、中には女のような美貌を持ち
 この中で誰よりも華奢な漆原を見て下卑な笑みを浮かべ
 「どうせなら、あんたみたいな美人がよかったと」下司な
 事を。

 その瞬間男は壁に吹っ飛んだ。
 若者達は何が起こったのか分からなかった。
 漆原は吹き飛んだ若者にゆっくりと近づき、呻く若者の足
 を踏む。
 軽く踏んだように見えたのだが、同時に鈍い音。
 そして踏まれた若者が悲鳴を上げた。
 足の向きがおかしい。
 当然だ。
 折れていた。

 華奢な漆原でこの有様。
 他の者だったら一体どうなるのかと、それまでは顔を引
 きつらせながらも、まだ笑っていた若者もいたが今は全
 員が恐怖に引きつっていた。
 そして自分達が、手を出してはいけないものに手を出し
 てしまったのだと漸く気付いた。
 軽い気持ちで乗った今回の事を激しく後悔した。

 莫大な報酬の裏には、それ以上の恐怖が待っていた事
 に漸く気付いた。
  
 漆原が彼等の元へと戻る。
 もう一度同じ質問をした。
 漆原の恐ろしさを知った彼等は口を閉ざした。
 言えば間違いなく同じ目に合うと思い。

 黙って怯える彼等に、正直に話せば今はまだ手を出さな
 いと、だが言わなければ一人一人痛い目に合わせると
 微笑んで脅した。
 
「俺は違う! 俺は場所を提供しただけだ!」

「俺も! 攫っただけだ!」

 次々自分が何をしたかを叫びだした。
 煩さに顔を顰めると扉が開き、数名の男達が部下に連
 れられて入って来た。
 そして最後に入って来た男を見た瞬間漆原は切れた。

 何も言わず男を蹴り飛ばした。
 男は呻き近づいて来た漆原に容赦なく殴り飛ばされる。
 歯が飛び、口から鼻から血が溢れる。
 このままでは殴り殺されると誰もが思った。

「待て、友之」

 突然豹変した漆原に呆気に取られていた澤部だったが、
 余りの尋常でない姿に止めに入った。

「退け!」

 止めに入った澤部までにも容赦ない蹴りを入れる。
 本気の漆原に澤部も必死でかわして行く。

「落ち着け。 今はこんな事をしている場合じゃないだろ」

 その言葉に正気に返る。
 そして地下室に備え付けられている電話に走り飛びつ
 く。
 ここは地下な為に携帯の電波が入らないのだ。
 何処かに電話を掛けた漆原が受話器を叩き付けた。

「和磨さん急いで下さい!」

 尋常ではない漆原に和磨が眉を顰めた。

「篠原加奈子が一ノ瀬病院へ向かったそうです」

「何だと!?」

 叫んだのは澤部だった。
 以前から和磨を追いかけていた女。
 漆原が和磨の愛人だと思いこみ、漆原に重傷を負わせ
 た事がある。
 それだけではない、和磨に近づく者は全て排除して来た
 女だ。

 東部銀行頭取の娘。
 なまじ顔が良く、金があっただけに両親に甘やかされ途
 轍もなく我が儘に生きて来た女。
 自分に思い通りにならない事はないと豪語する女だ。
 和磨に雫という存在が出来、いつかは動くだろうと思い
 動きを見張らせていた。
 まだ目立った動きはないと報告があり油断していた。
 だが、最後に地下に入って来た男を見て考えが甘かった
 事に気付いた。
 最後に入って来た男。
 以前漆原を襲った男だった。
 あの時、男を調べたら『篠原加奈子』に辿り着いた。
 そして今またその男が。
 急ぎ頭取に自宅に電話をした。
 妻が出て「加奈子は一ノ瀬病院へ見舞いに行った」と。
 確実に雫が危ない。

雫!

 和磨は踵を返し階段を駆け上がる。
 澤部と漆原も続く。
 普段はハンドルを握る事のない和磨がハンドルを取り
 車を急発進。
 その車に急ぎ二人が飛び乗った。

 同時に漆原の携帯が鳴る。
 見ると雫と共に一ノ瀬病院に行った磨梨子から。
 嫌な予感。
 急いで出ると磨梨子の叫び声が。

『雫さんがいなくなったの!』

 予感が現実となった。
 その声は和磨にも聞こえた。
 和磨の踏むアクセルが、より強くなった。

 磨梨子の話しによると、雫と別れたのが20分前。
 見舞い先の藤之宮老の元で話しをしていると和磨の話
 題になったと。
 伴侶が決まった事も知っており、退院した後で構わない
 から会って祝いたいと言われた。
 丁度雫が検査で病院にいるから、終わり次第連れて来る
 と話した途端藤之宮の顔が険しくなり、磨梨子に直ぐ雫
 を探せと言ってきた。
 そして『篠原加奈子』が磨梨子が来る5分前に見舞いに
 来たと。
 藤之宮は加奈子が和磨に執着している事を知っている。
 その執着が尋常で無い事も。
 確実に雫に危害を加える。

 磨梨子は蒼白になり、病室の外で待っている榎本を呼び
 急いで雫を保護しろと伝えた。
 尋常ではない様子に、榎本は院内にいる新井に連絡を
 入れた。

 院内では携帯の電源を切る為、彼等は無線機を使い連
 絡が取れるようにしていた。
 新井に連絡を入れると、雫はまだ検査中だと。
 その言葉に安心しながらも、万が一という事も考え中へと
 入って行った。
 検査室には誰もおらず、脱衣籠の中には雫の衣服だけ
 が残っていた。
 急ぎ榎本に連絡を入れ、新井達は院内を探し回る。
 
 受付で今日のMRIの検査医師を確認するが、今日はそ
 の時間の検査予約は取り消しになっていると告げられ
 た。
 内部に手を貸す者がいる事を確信した。
 一ノ瀬に連絡を取ろうとしたが、 頼みの綱である一ノ瀬
 は現在手術中だと。

 検査室に戻り調べると隣にもう一つ検査室があり中で繋
 がっていた。
 反対側の扉は新井達からは確認出来なかったが、どう
 やら雫はそこから連れ出されたようだ。
 失態に舌打ちしながらも、新井達は走り回る。
 榎本達とは常に無線で連絡を取りながら探し回った。

 漆原が磨梨子の電話している横で、澤部が別な場所へ
 連絡を入れていた。

「屋代雫がいなくなった。 出来るだけの人数連れて、急
いで一ノ瀬病院へ行き保護しろ!」

 携帯を切り、別な場所へ連絡を入れる。
 和磨は未だかつて無い焦りを感じていた。
 中央道をひたすら飛ばす。
 
 漆原が襲われた時に始末しておくべきであった。
 東部銀行とは取引はあるが、停止しても和磨達にとって
 は痛くも痒くもない。
 逆に東部銀行が窮地に陥るだけ。
 それを篠原や取引がある政治家が藤之宮に何とかとり
 なして欲しいと頼み込みんできた。
 次同じような事を起こした場合には、清風会の名の下に
 制裁を銜える事を伝え不問にしたのだ。
 それ以降『篠原加奈子』は和磨に近づく事はなかった為
 忘れていた。

雫!

 自分が着くまで、なんとか無事でいてくれと祈るしかなか
 った。





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