優しい鼓動
(46)









 目を覚ますと和磨の顔がそこにあった。
 既に起きていたのだろう。
 雫が目を覚ますまで、じっと見られていたのかと思うと恥ず
 かしかった。

「おはようございます」

 そう告げると和磨は雫の髪を撫で「ゆっくり眠れたようだな」
 と気遣ってくれた。
 和磨は朝、目が覚めると必ずと言っていい程、雫の髪や頬を
 撫でてくる。
 そして手触りを確認した後はキスをして来た。

 この日も髪を撫でられた後、軽めにキスを仕掛けてきた。
 軽めとはいっても、それは和磨にとって。
 雫にはまだまだ馴れないもの。
 特に和磨と体を繋げてからは、ちょっとした事でも体が敏感
 に反応する。
 体を深くまで繋げる時ならば、そのキスに溺れるのだが、今
 朝みたいに、挨拶のキスで終わるなら出来れば触れるだけ
 にして欲しい。
 収まりがつかなくなるところまでは行かないのだが、それで
 も体が反応してしまう。

 自然体でいる和磨が恨めしい。
 そっと和磨を睨み付ける。

「何だ、もう一度キスをして欲しいのか?」

 分かっていながら、そんな事を言う和磨は意地悪だ。
 和磨が用意した服に着替え食堂へ行くと、今朝は久しぶりに
 漆原と澤部の姿が。
 雫達が入って行くと席を立ち挨拶をして来た。

 少し前までは当たり前だった風景だったが、ここ数日は磨
 梨子と二人だけだったり、雫一人で朝食を取る事もあったの
 で少し寂しかった。
 そんな事を思うようになった自分は贅沢だと、気持ちを引き
 締めた。
 食事の間中、澤部の賑やかな声とそれを「煩い」と言って
 邪険にする漆原の姿が元に戻ったようで嬉しかった。
 
 食事が終わり、和磨達が先に屋敷を出て行く。
 今日からは今まで通り、早く帰宅すると告げられた。
 ここ数日、夜は遅く朝は早かっただけに、和磨の体が心配
 だったので、それは嬉しい報告だった。

 出かける間際、和磨は磨梨子にくれぐれも雫を頼むと。
 子供ではないのだからと思いながらも、気に掛けてくれる和
 磨の優しさが温かかった。

「気を付けて」

 言って和磨達を送り出した。
 見送る雫に漆原が頭を下げ、澤部は手を振って出かけて行
 った。

 見送って一端部屋へと戻った雫。
 一時間程経ち、部屋をノックされ「出かけましょう」と磨梨子
 が言って来た。
 用意は出来ていたので、そのまま後を着いていく。
 表へ行くと屋敷内にいた組員達が整列しており、磨梨子付き
 の榎本が前へ出る。

「お早うございます、姉さん、雫さん」

 榎本に続き一斉に挨拶をしてきた。
 相変わらずこの出迎えには馴れていない雫。
 驚いてその場で固まってしまう。
 磨梨子は毎日の事なので馴れており、「お早う」と笑顔で返
 す。

 それを察した磨梨子が「大丈夫」と言ってそっと手を握ってく
 る。
 和磨とは違う華奢な手。
 だが温かく雫を励ましてくれている。
 磨梨子のように笑顔は浮かべられないが彼等に向かって
 「お早うございます」と挨拶を返した。
 磨梨子は満足そうに頷き、雫の手を引いて間を抜けていく。
 
 表へ出ると車が数台止められており、その内の一台の前に
 雫付きの新井がドアを開けて待っていた。
 後部座席に磨梨子と雫が乗り込むと新井はドアを閉め別の
 車へ。
 雫達の乗る車の助手席には榎本が座った。
 ゆっくりと動き出す。
 
「先程の手芸店ですが、向かう途中で見つかりました」

 和磨達が出かけた後、雫は磨梨子に病院へ向かう途中に
 でも手芸店があれば少しだけ寄って欲しいと頼んでいた。
 もし分からなければ無理して探さなくてもいいと言ったのだ
 が、磨梨子は榎本に探させたようだった。

「すみません、我が儘を言って」

「このくらい、我が儘でも何でもないのよ」

 事実この位なら我が儘のうちにも彼等には入らない。
 美咲など、焼き肉が食べたいと言い、そのまま韓国に行くし
 蛍が見たいと言えば、屋敷の中に池と小川を作り、蛍をそこ
 へ離した。
 磨梨子も、思い立ったらそのまま旅に出るわ、欲しい物には
 金に糸目を付けない。
 但し人などは除外。

 この日も雫は知らないが、既にその店には連絡を入れ開店
 前だというのに用意は既に調っている。
 店に入り自分達以外に客がいない事を訝しみながらも、雫
 は磨梨子と二人、毛糸をゆっくりと選ぶ事が出来た。
 何を作るのかはナイショにしていたが、磨梨子が一緒にいて
 くれたお陰で誰がどの色が好きだという事が分かりスムーズ
 に買い物を終えられた。

 贈る人数が多いため、高級な毛糸を買う事は出来なかった
 が心を込めて丁寧に編もうと、隣に置いた袋をそっと撫で
 た。

 時間通り病院へ着いた雫達。
 その車と、雫達をガードする男達がとても堅気には見えない
 ので裏口から中へと入って行く。
 それは前もって伝えておいた事なので、裏には既に院長で
 ある一ノ瀬が待っていた。

「お早うございます。 今日は宜しくお願いします」

 雫は丁寧に頭を下げた。
 磨梨子も保護者だからと一ノ瀬に挨拶を。
 
「今日は顔色がいいようだね」

 ニッコリ笑う一ノ瀬はいつ見ても穏やかな医師だと思った。

「それじゃあ始めに検査に入ろう。 それが終わった後簡単に
診察をして、前回の検査結果もその時に話そう。 君」

 一ノ瀬に後ろにいた看護師が雫を検査室まで案内するよう
 だ。

「新井頼みましたよ。 雫さん、なるだけ早くお見舞を終わらせ
て行きますからね」

 言って雫の頬を撫でる。
 少しだけ雫より低い磨梨子が心配げに見上げてくる。
 自分は検査だけだし、新井達も一緒にいる。
 急がなくても平気だからゆっくり見舞いをして大丈夫だと言
 い案内の看護師について行く。
 その後から新井と数名の男達が付きそう。

 一ノ瀬の病院なのだから大丈夫だろう。
 新井一人だけでなく、他にも付き添いがいる。
 磨梨子は安心してしまった。

「それではこちらの扉から中にお入り下さい」

 連れて行かれた検査室へと入る。
 入る前に看護師にどの位かかるのかと聞くと「30分位」だ
 と。
 そんなに待たせるのは心苦しいので、検査が終わるまで何
 処か別な場所で時間を潰していて欲しいと言ったのだが、彼
 等はここで待つと。
 新井達に軽く頭を下げる中へ。

 看護士に篭の中に病衣が入っているからそれに着替え、終
 わったら隣の扉から中へ入るようにと言われた。
 看護士が出て行った後、言われた通りに着替え、隣の扉か
 ら中へと入る。

 大きな検査の機械が置かれており、その前に白衣を着た若
 い男が立っていた。
 台に乗り、仰向けになるよう指示され、言われた通りに。
 体をベルトで固定される。
 そして目を閉じるようにと。
 全く疑う事なく、指示に従う雫。

 すると急に鼻を口を布で覆われた。
 驚き目を開ける。
 雫の口元を覆っていた男がニヤリと嫌な笑いを。
 
なに!?

 危険を感じ布を振り払おうとするが、体を固定されている為
 叶わない。
 目が意識が遠くなっていく。
 布には薬品が含まされている事に気付いた。

どうして?

 全く知らないこの男。
 なぜこんな事をするのか。
 考えてもその理由は分からない。
 外にいる新井を呼ぼうにも、口を覆われている為それも出来
 ない。

和磨さん!

 心の中で和磨の名を叫ぶ。
 もう会えないのだろうか。
 薄れ行く意識の中、雫は和磨に伝えたい事があった。
 今まで言えなかった言葉。
 始めて出会った時、瞳は冷たく凍てついていた。
 恐ろしいと思いながらも惹かれる物があった。
 そんな和磨が傷ついた雫の心を、諦めていた心を徐々に癒
 してくれた。
 深い悲しみに捕らわれている和磨の心を少しでも楽にしたか
 った。
 和磨の隣は優しく温かく心地よい。
 側にいたいと願った時気付いた。
 気付きながらも伝えていない言葉。
 もう一度会えたなら和磨に伝えたい。

和磨さん・・・・あなた・・が、好き・・・・・・で・・・す・・・・・





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