優しい鼓動
(44)









「最近、和磨さん遅いですね・・・・」

 久しぶりに磨梨子と二人だけの夕食。
 漆原も澤部もここにはいない。
 雫の付き添いとして選ばれた新井も、ここは神崎のプライベ
 ートな空間なだけに余程の事がない限り入って来る事はなか
 った。

 ここ2、3日和磨の帰りは遅く、雫が起きている時間に帰って
 来る事がない。
 朝も目が覚めると隣に和磨の姿はない。
 ただ、眠っている時、途中大きな安堵感に包まれるため、和
 磨が側にいたのだと感じる事が出来た。

 あの視線があったその日から、眠りが怖かった。
 和磨の腕の中にいる時は決して見る事のない夢。
 家族の、宗之の夢。
 忘れていた筈の悪意を思い出した。
 その夢の中で雫は、父親に、兄弟に蔑まれ冷たい言葉をぶ
 つけられた。

 特にここ数日、和磨がいない為酷い。
 夢の中で雫は次兄仁志に、「殺してやる」とまで言われてい
 た。
 実際そこまで言われた事はなかったが、それらしきニュアン
 スの言葉は言われ続けていた。
 でも心の何処かで、信じていた。
 こんな夢を見るのは自分では気付いていないだけで、恨んで
 いるから兄が悪として出てきているのではないかと、己の心
 の弱さを嫌悪した。

 だが、途中大きな翼に包み込まれその悪夢は霧散する。
 眠ってはいるが和磨の気配を感じ、側にいるのだと安堵し、
 深い眠りへと入って行く。
 しかし確実に雫の心は蝕まれていた。
 


「そう言えば、明日は検査の日ね」

 磨梨子に言われ思い出す。
 雫はここ数日頭痛に悩まされていた。
 激しい痛みではないが、日に日に痛みが増している気がす
 る。
 それは顔色にも如実に表れていたし、本人は気付いていな
 いが、時折頭に手を当てている。
 新井が気付き漆原に報告し、至急医師が手配され往診が行
 われた。
 診察と採血を行い、薬を処方された。
 念の為にとMRIの検査をした方がいいと言われ、明日検査
 を行う事になっている。
 先におこなった採血の結果はもう出ており、明日聞く事になっ
 ている。

「はい、すみません」
 
 箸を止め、俯く。
 優しい磨梨子に心配を掛けてしまった事が心苦しい。
 和磨達も理由は分からないが忙しいのだ。
 こんな事でこれ以上手を煩わせたくないのに。

「季節の変わり目ですもの。 それに雫さんはあまり体が丈夫
ではないのだから仕方ないわ」

 優しい言葉に顔を上げると、慈愛の籠もった瞳とぶつかる。
 磨梨子はいつもそうだ。
 自分の子供達よりも気を掛けてくれる。

 そんな事をしては和磨達が気を悪くするのではないかと、一
 度遠回しではあるが言ってみた。
 帰って来た返事は自分の子供達は可愛げがないからいい
 と。
 どうせ構うなら素直で綺麗で物静かな雫を構いたいし、子供
 達は自分達で好きなようにしてるから構われたくないでしょう
 と言われてしまった。

 雫にはとても考えられない事だった。
 兄達は、母が雫を気にする事を嫌った。
 母の関心が常に自分達二人に向けられていないとたちまち
 機嫌が悪くなった。

 事実和磨達はこの年で構ってもらう必要はないと言い、磨
 梨子もそれで構わないと。
 だからといって愛情がない訳ではなく、磨梨子は子供達全て
 平等に愛情を注いでいた。
 それは征爾に至っても同じだと感じた。
 離れていても互いが繋がっている。

こんな素敵な家族はいないよね
 
 羨ましく、同時に寂しくなった。
 そんな雫に磨梨子が言った。

「和磨のパートナーになったのだから、あなたは私達の子供。
だから愛情は平等よ」

 優しい言葉に涙が零れた。
 その涙を磨梨子がそっと拭ってくれたのは、まだ記憶に新し
 い。 



「それで明日の検査ですが、私が付き添います」

 とんでもない。
 今でさえ十分構ってもらっているのに。
 直ぐさま一人で行けるからと言うのだが、既に和磨には了解
 を得ていると言われてしまった。

 本当なら和磨が付き添えば一番雫にとっては安心できるの
 に、ごめんなさいねと謝られてしまった。
 磨梨子も忙しいであろうに、本当に何の役にも立たないと落
 ち込む。
 そんな雫の気持ちを察した磨梨子。

「気にしないで、明日は知人のお見舞いに行くの。 同じ病院
なのよ」

 入院しているとは、それ程までその知人は体調が悪いので
 あろうか。
 かえって磨梨子の知人が心配になってしまった。
 しかしその知人は検査入院だと聞き、心を撫で下ろした。

 食事の後、二人はお気に入りであるサンルームでライトアップ
 されている夜の庭を楽しんだ。
 磨梨子にも、雫の事はいろいろと報告が入っている。
 だが何も聞かず、和磨の子供の頃の話しをしたりし、少しで
 も気が紛れればと思っていた。
 そして検査に行く前少し家を早く出て、お茶をしながら買い物
 をしようと、和磨には内緒で買い物に行こうなどと秘密の計画
 を立てていた。
 始めての事に気持ちが高まる。

「さあ、明日の検査の為に体をゆっくり休めて。 あと大分冷え
て来ていますから温かくして寝るように」

 言って自分が掛けていたストールを雫の肩にそっと掛けた。

「はい、ありがとうございます」

 磨梨子の温もりのあるストールをそっと握りしめ、部屋へと向
 かった。
 明日でこの屋敷に来て丁度2ヶ月。
 その2週間後にクリスマスがやって来る。

 クリスマスなど祝った事のない雫は、その事を丁度勇磨達が
 戻って来た夕食の時に話したら、ならば盛大にクリスマスを
 祝おうという事になった。

 その頃は学校も冬休みに入り、屋敷に戻っているからと勇磨
 と磨梨花がメインとなりクリスマスの飾り付けをしてくれると
 約束して帰って行った。
 始めてのクリスマス。
 皆が雫の為に張り切ってくれている。
 初江も雫の為に、ご馳走とケーキを腕によりをかけて作って
 くれると約束してくれた。
 澤部もサプライズの用意をしてくれると。

 雫も彼等にお礼がしたかった。
 持ち合わせはあまりないが、手作りで何か彼等に。
 病院に行く前に手芸店があれば寄って貰おう。
 検査はあるが、明日が待ち遠しい。

 漆原が用意してくれた、アロマオイルを数滴浴槽に落とし、体
 を暖め、心をリラックスさせる。
 今日もまた和磨の帰りは遅いようだ。
 先にベッドに入り目を閉じる。
 
磨梨子さんと初江さんにはストールと膝掛けにしようかな
勇磨さんと磨梨花さんには色違いでマフラーにしよう
和磨さんには・・・・・

 いつの間にか眠りに落ちていた。
 皆がそれぞれクリスマスを楽しみにしている。
 雫の始めてのクリスマス。
 雫と過ごす始めてのクリスマス。

 皆にとって、今までで一番楽しいクリスマスになる筈だった・・・





Back  Top  Next





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送