優しい鼓動
(43)









 結局、目星を付けた場所・人物は全てハズレだった。
 雫の家族も、稲村、女狐とも全く関係なかった。

やはりそう簡単にはいかないか・・・・

 漆原は捜査の範囲を45度全域に広げた。
 その為に時間がかかってしまうのが仕方ない。
 これも雫の不安を取り除くため。
 それに、人手も増やした。
 漆原自身その捜査に加わる事にした。
 早く見つかると思っていた。
 しかし・・・・

「・・・・どういう事ですか」

 漆原達の目の前には平身低頭したスーツ姿の年配の男と、
 30代後半男がいた。
 一人は人事部長、もう一人は警備部室長。

 和磨は椅子に深く腰掛け、黙って彼等を見ている。
 一方、漆原は和磨のいるデスクの前に立ち、冷ややかな視
 線で二人を見ていた。

 ここは和磨が経営する会社の一つである警備会社社長室。
 この会社は神崎とは全く関係ない。
 和磨が大学に在学中立ち上げた会社だ。
 社員達の殆どが、まさか自分達の社長が清風会という広域
 指定暴力団の次期組長だとは知るよしもない。

 剣グループ系列だと思いこんでいる。
 それは強ち間違いではない。
 和磨は剣の甥なのだから。
 仕事先も剣系列が多い。

 創立時、総帥自ら壇上に立ち挨拶したのは新聞で大きく取
 り上げられた。
 その時神崎の事は全く触れられていなかった。
 剣の名で出ている時には神崎の名は出さないという、各新聞
 社、報道関係で暗黙の了解がいつの間にか出来ていた。
 
 そして、漆原が何故こんなに苛立っているのかというと、警
 備をしている会社の一つで事件が起きたから。
 現金を回収に向かった先で、輸送車が襲われ週末の売上
 金5千万円が奪われたのだ。
 警備員は皆何かしら武術を習っており、社内でも訓練が行
 われている。
 いついかなる場合でも対応できるようなプログラムを組まれ
 行われているのだ。
 
 それに、職員を募る時には筆記、実技、面接は必須。
 採用が決まっても、事細かく経歴、人間関係を調べクリアと
 なれば本採用となっている。

 選りすぐりの警備員達がいて、まんまと現金を奪われてしま
 ったのだ。
 しかもその警備員は負傷したと。

 しかし起こってしまったものはどうしようもない。
 何故こんな不始末を起こしたかだ。

「襲われた時の状況は」

 今まで聞いた事もないような低い声。
 確かに漆原は社内で笑う事もなく、淡々と指示をし和磨の秘
 書として忙しく動き回っていたが、それでも声を荒げる事も今
 のように鋭い視線を向けられる事もなかった。
 威圧感、発せられる殺気。
 特に警備部室長には漆原がただ者でない事だけは分かっ
 た。
 それは和磨に至っても。

「はい、調査の結果一人が車に乗り込もうとした所に、サッカ
ーボールが飛んで来たとの事。 小学生低学年と思われる二
人の子供が駆け寄って来て、渡した所に後ろから殴りかから
れたと」

「子供を使ってか・・・・」

 一人は現金を車内に入れようと丁度後ろを向いた所で襲わ
 れたようだ。
 集金の時間は決められておらず、その日の朝各班に伝えら
 れる仕組みとなっている。

内部関係者か・・・・・

 それ以外疑いようがない。
 そして敢えていま起こしたとしか思えないタイミング。
 後は誰が拘わっているか。
 彼等に背を向け、和磨は窓の外を見る。
 その仕種に漆原も話しを終わりに。
  
「二度とこのような事が起こらないよう、徹底して下さい。 例え
子供であれど近づいて来た者は不振人物として対応するよう
にと伝えるように」

 二人は青ざめながら、和磨達に頭を下げ社長室を後にした。
 そして彼等が退出したのも見計らい、漆原も和磨に頭を下げ
 た。

「申し訳ありません」

「構わない。 急ぎ調べろ」

 言ってはみたものの、今和磨の手の者は不振な視線を追う
 のに向けられている。
 範囲が広いだけに時間もかかりそうだ。
 そしてまた今回の件を調べなくてはならない。
 こちらも数日かかりそうだ。
 明らかに和磨の手から、皆を離そうとしているのが分かる。
 やはり雫を狙う誰かだろう。

『申し訳ありません。 警察の方がお見えになってます』

 秘書の声が備え付けのスピーカーから聞こえて来た。

今度は何だ

 和磨の中に苛立ちが。

「通して下さい」

 和磨に代わって漆原が返事をする。
 数分もしないうちに、二人の刑事が入って来た。
 一人は40代後半、もう一人は50代と思われる。
  
「お忙しい所、すいませんね」

 50代の人の良さそうな男が突然訪れた事を謝罪した。
 用件は先日起こった現金輸送車襲撃の件。
 だが彼等はおかしな事を言う。
 輸送車を襲ったのが、清風会系列の組の者だと。
 言った彼等もどうしたものかと、頭を掻いている。
 それはそうだろう。
 この警備会社のトップは次期清風会会長となる和磨なのだか
 ら。
 
 しかし、彼等は襲われた警備員が殴られ気を失う時犯人達が
 「これで和磨さんに認めて貰える」と言ったのを聞いたと。

「なんの冗談だ」

 和磨の警備員を襲っておきながら、和磨に認めて貰える。
 あまりの馬鹿馬鹿しさに失笑が。
 基本的な事が分かっていない組員を、どうして和磨が側に置
 くだろう。
 清風会の頂点に立つ者と分かってはいるが、刑事達は和磨
 に一目おいている。
 ヤクザに対して優良、不良とつけるのはどうかと思うが、清風
 会は優良であった。

「そうですよね」

 この刑事達もこの会社は剣系列ではあるが、和磨が清風会
 の者だと知っているようだ。
 
「関係ないとは分かってたんですが、一応確認させて頂かない
と報告も出来ないんで」

 無関係なのは分かっているが、和磨の名が出たからには調
 べなくてはならないので、今日はこのまま挨拶だけし、また後
 日改めて訪れると言って帰って行った。

 調べられるのは構わないが、こんな事で時間を取られる訳に
 はいかない。

「澤部を呼べ」

 今は雫の件で動き回っている為、側にはいない。
 そちらの件に関してはまだ少し時間がかかりそうだ。
 それよりもこちらの件の方が、早く片が付きそうな為、一端澤
 部を外す事に決めた。
 この会社は神崎とは関係ないので、清風会の者を使う事は
 出来ない。
 そして雫の方で澤部の抜けた穴は、清風会から人を回す事
 に決めた。

雫の回りにも人を増やすか・・・・・

 和磨が離れた事によって雫に万が一の事があっては困る。
 こんな事に時間を取られる事が和磨には不本意でしかなか
 った。





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