優しい鼓動
(42)









「何があった」

 雫が落ち着いた所で和磨がそう尋ねた。
 だが聞かれても雫自身分からない。
 ただ見られていると感じただけなのだから。
 何と言って説明したらいいのか。

「分からないんです・・・・」

「分からない?」

 コクリと頷く。

「言葉では言い表せないんです。 ただ・・・・」

 押し黙った雫。
 だが和磨達は急かす事はせず、雫が話し始めるのを待った。

「視線を・・・感じたんです」

「視線ですか?」

 漆原に訪ねられ、そうだと頷く。
 その時の事を思い出し体が震える。
 腕の中に囲っている和磨が髪を梳きその震えを納める。
 和磨の大きな手は優しくそして温かい為、守られている事を強く
 感じた。
 そして勇気を貰おうと和磨の腕をキュッと掴む。
 ただ怯えていても、何の解決にもならない。
 雫に出来る事は、その時にあった事を正確に伝える事。

「でも馬場にいたのは、僕と漆原さん、新井さんの三人だけで。
後回りを見回しても誰もいなくて。 気のせいかと思ったんですが
視線は感じたままで・・・・・」

「どこからだ」

「えっ」

「視線はどこから感じた。 視線を感じた先に何があった」

 和磨に問われ、雫はその時の事を思い出す。
 漆原達がいた場所とは反対側。

そこにあったのは確か・・・・・

「大きな煙突がありました。 時々光ったり消えたりして」

「ゴミ焼却炉か・・・。 漆原」

「はい、直ぐに」

 たったそれだけの事で漆原は、和磨が意思を感じ取ったよう
 だ。
 「失礼します」と一言言い残し、サンルームから出て行った。
 たった一言で相手の意思を汲み取る事が出来る漆原を雫は
 ただ尊敬した。

 自分もいつか和磨とそんな関係になれるだろうか。
 出来ればそうなりたいと思った。
 それは和磨に限ってだけでなく、漆原や澤部に至っても。
 こんな自分を必要と言ってくれた彼等に、少しでも役に立てたら
 と思ったのだ。
 
 人と付き合う事にまだ馴れていないため、疎い所がある雫。
 少し焦っていたが、それに気付いた和磨が「ゆっくりで構わな
 い」と言ってくれた。
 甘やかされていると思った。
 それに甘えていいのだろうか。
 本音か建て前か、疑心暗鬼であった。
 
「少し休め」

 そう言われ、今はすっかり健康になったにも拘わらず和磨に抱
 きかかえられ部屋まで連れて行かれた。
 そっとベッドに寝かされる。
 この一ヶ月で馴れたはずだが、ここまで大切に扱われてしまう
 とかえって心苦しく感じる。
 だがそれを口に、顔に出したりすれば和磨に怒られてしまう。
 少しは表情に変化が出るようになって来た。
 しかしそれでもまだ乏しい。
 和磨達には分かってしまうようだ。
 掛けられた布団で顔を半分隠し、表情を見られないように。
 
「お前が眠るまで側に着いていよう」

 言って枕元に腰を下ろし、少しでも気分が落ち着くようにと髪の
 毛を撫でてきた。
 目を閉じ、その手だけを感じる。

 あの感じた視線が気のせいであって欲しい。
 和磨達には迷惑をかけたくない。
 そう考えている内にいつの間にか眠りについて行った。

 雫の寝顔を見詰める和磨。
 穏やかな顔で眠っている。
 その寝顔になったのもごく最近の事。
 雫は未だに魘される事がある。
 体を繋げたその日には疲れのため熟睡しているが、それ以外
 例えば和磨の帰宅が遅くなり、雫が先に休んでいる時とかには
 必ず魘されていた。

 和磨が抱きしめると、始めは苦しそうだが少し経つと穏やかな
 寝顔になって行く。
 和磨に頼っているのが分かる。
 良い傾向だと思った。

 だが、今回の事でまた雫は魘されるに違いない。
 雫の心を悩ませる視線の正体。
 それが一体何なのか。

 気のせいかも知れないと言っていたが、心に傷を負った者は
 負に対して敏感だ。

もう二度と、大切な者を失いたくない・・・

 ぐっすり眠った雫の頭を撫で、和磨は部屋を後にした。
 
 その翌日から雫は馬場に行く事を止めた。
 というより、和磨に行く事を禁止された。
 あの日、漆原に言われ組員達が屋敷の回りを見て回ったが不
 振物や人はいなかったそうだ。
 しかし、また同じ事があるかもしれないからと、完全に安全が
 確認されるまでは屋敷内から出るなと言われたのだ。

 不安であったため、雫は和磨に言われた通り屋敷の中で大人し
 く本を読んだり、漆原や澤部達と談笑して過ごした。
 彼等も忙しいのに相手をして貰うのは心苦しかったが、澤部曰
 く、むさ苦しい組員達といるより、目の保養になる雫や漆原と
 いる方が楽しいからいいのだと。

 雫の目から見ても漆原はとても綺麗だと思った。
 優しくて良く気が付いて。
 自分もこんな風になれたらと密かに憧れていた。

 雫は知らないだけ。
 漆原が組員達の前ではニコリとも笑わない事を。
 彼等に「氷の女王」と呼ばれ恐れられている事を。

 今回雫のボディーガードに付けられた新井。
 漆原達には劣るが、それでも他の者に比べれば腕もたつ。
 年齢は30歳と漆原達より少し若いが状況判断も優れている。
 元SPだからかもしれない。
 清風会に入り、2年。
 漆原がこんなに優しい顔でいるのを見るのは初めてであった。
 そして誰よりも冷酷であると言われている和磨が、こんなに過
 保護であった事に驚いた。

 二人の表情を変えた屋代雫という人物を興味深いと思った。

 その日の夜、漆原は澤部と事務所で今日の報告を受けた。
 和磨から指示が出た、雫が馬場で感じた視線の件で。
 ゴミ焼却炉を中心とし、45度の範囲で一ヶ月以内に越して来た
 者がいないかを調べさせたのだ。

 雫の事を血眼で探している者がいる。
 家族だけではなく、和磨に執着している者も。
 その者達が雫を見つけ、動き始めたのかもしれない。

 雫が神崎の家に来たのが丁度一ヶ月前。
 その間、越して来た者がいれば疑ってかかった方が良い。
 この短い時間で、一ヶ月以内に越して来た者が数人いる事が
 分かった。
 老夫婦に男子大学生と、3歳の子供がいる家族。
 怪しい所は見あたらないが念には念をいれた方がいい。
 彼等に関して徹底的に調べさせている。

 他にも、その地域に以前から住んでいても、ここ最近人の出
 入りが激しくなった家や、怪しい人影がいないかも調べている。

 範囲も、そこに住む人数もかなりな数だが手は抜けない。
 一日も早く、雫に安心した生活をして欲しかった。





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