優しい鼓動
(40)









 毎日が穏やかに過ぎて行く。
 
 この神崎家に来た初めの一週間、和磨は言葉通り雫の側に
 いた。

 和磨は現在清風会とは別の仕事をしており、社長として仕事を
 こなしていると澤部に教えて貰った。
 組員がヤクザから足を洗った後普通の仕事につけるようにと
 商業訓練所を造ったり、その後の就職先にと建築会社や警備
 会社、飲食店など様々な会社を興したと言う。

 そんな忙しい立場にいる和磨が仕事をしなくても大丈夫なので
 あろうかと心配になり、屋敷で大人しくしているから仕事に行っ
 て欲しいとお願いをしたのだが、頑として和磨は屋敷から出る
 事はなかった。
 
 最初の一週間は慣れない東京と、その生活、大勢の出会いに
 体が追いつかなかったため、時折熱を出す事があった。
 中でも一番が和磨との関係。
 
 伴侶だと言われ体を繋げる事になった。
 初めて他人に触れられて知る快感。
 戸惑い困惑しながらも雫はそれを受け入れた。
 和磨の腕が強く雫を抱きしめてくれる。
 必要とされていると実感し、しかしまたその腕も離れて行ってし
 まうのではないかと、恐怖と疑心暗鬼に捕らわれたり。
 しかし和磨はその思いを打ち砕いてくれた。

 たかだか一週間。
 それで和磨の本音がどこまで分かるのか。
 人間の心などいつ何処でどんな事で変わるか分からない。
 でも今この瞬間は和磨は雫の事を必要だと思っていてくれる。
 
 仕事をしながらでも、常に雫に注意を向けている。
 邪魔にならないように、そっと自分の部屋へ戻ろうとしたら「そ
 こにいろ」と言われた。
 視線は書類やパソコンに向けられて、雫を見ていなかったにも
 拘わらず。
 それに、少しでも咳をすれば漆原が呼ばれ、肩にショールを掛
 けたり、加湿器や喉にいいハーブティーが用意された。

 食事も余り多くの物は食べられないからと、量は少なくとも栄
 養がある物を用意してくれる。
 そのお陰で、神崎家に来た時は青白かった肌の色が今では
 健康な、そして雪のように真っ白な肌へと変わっていた。
 手の荒れも、和磨が手ずから軟膏を塗っているため、あかぎ
 れも大分治っていた。
 
 少し痛んでいた髪も、毛先を切り整え、ダメージを修復し尚か
 つ栄養が含まれたシャンプーで和磨が丁寧に洗っているため
 しっとりと艶やかな髪へと戻って行った。

 体を繋げた翌日、シャワーを浴びながら最後までは行かなか
 ったが、体を求め合った事により翌日雫が咳き込んでしまった
 のでそれ以降は浴室での行為はなくなり、ただ一緒に入り、雫
 を磨く事に専念していた。

 眠る時は必ず同じベッドで、和磨の腕に包まれて眠りそしてそ
 の腕の中で目が覚める。

 常に和磨が側にいた。
 
 ここまで大切にして貰っているのに、何を怯える必要があるの
 か。
 
 そして和磨の両親も毎日忙しいにも拘わらず、必ず朝、もしく
 は夜一緒に食事をとってくれる。
 やはり雫のためにと、今まで口にした事もない高級なフルーツ
 だの有名パテシエのスイーツなどを出してくる。

 そして二度目の週末、勇磨と磨梨花が約束通り神崎家に戻り
 学園、寮生活、その他様々な話しをしてくれた。
 週末が終わると、また次の約束をして戻って行った。

 一週間が終わり、和磨は仕事に行くと思いきや、仕事を全部
 自宅へと持ち込んだ。
 そしてどうしても人に会わなくてはならない時以外は、屋敷内
 にいた。
 
 ここまで心配して貰える価値が自分にはあるのだろうか。
 かえって不安になってしまった。
 暗くなった雫に漆原がイタズラっぽく「和磨さんが離れたくない
 んですよ」と言って来た。
 その言葉に「そうだ、気にするな」と和磨に言われてしまえば、
 顔を赤くして側にいるしかない。

凄く嬉しい

 雫の顔に笑顔が綻ぶ。
 少しずつではあるが、笑顔が増えていった。
 そして初めぎこちなかったが、今では自然なものへとなってい
 るのを皆が気付いていた。
 感情も表れるようになっていた。

 良い傾向だと皆が思った。

 3週間経ち、屋敷内で静養していた雫はすっかり顔色も良くな
 った。
 暖かな日差しの下、庭を散策もしたりするように。
 屋敷内は安全なのだが、それでも雫の隣には付き添いがい
 た。
 和磨や漆原、澤部。
 時には磨梨子が。
 そうしていると体力も戻って来た。

 暫く行く事の出来なかった厩舎にも和磨に連れて行って貰える
 ように。
 久しぶりにカイザーとファレスと会い、雫の気持ちが高ぶった。
 彼らも雫に会えた事を喜んでいた。
 鼻を鳴らし、その手に擦り付けたり。
 
 和磨を見ると、微かに頷き側にいた係の者が彼らを厩舎から
 出す。
 
「少しだけなら構わない」

 言ってヘルメットを被せ、ファレスの手綱を渡してくれた。
 この日の雫は馬に乗るに最適な格好をしていた。
 と言っても今着ている服は和磨が用意した物。
 初めから馬場で馬に乗る事を決めていたのだろう。

「いい、んですか・・・?」

 和磨を見上げ不安げに問う。

「構わない」

 雫の顔が喜びに華やぐ。
 その顔を見て、和磨が目を細めた。
 側にいた者も、その笑顔にハッと息を呑む。
 淑やかな姿が艶やかに変わる。
 その瞬間に目を奪われた。

「ファレス、宜しくね」

 言って鼻を撫でフワリと馬上へ。
 軽やかに跨るその姿に一同驚きを隠せない。
 和磨自身、僅かだが目を見張る。
 何処にそんな敏捷性がと思わずにはいられない。

 始めは並足。
 姿勢が美しい。
 何周か歩いた後、駆け足になる。
 馬上に雫が乗っているのに、それを感じさせない走り。
 そして置かれていた障害用のバーを飛び越える。
 まるで羽が生えたかのような飛び方。
 人馬一体となっていた。
 そして見事な雫の手綱さばき。
 輝いていた。

「綺麗、ですね・・・・・」

 和磨の後ろにいる漆原がポツリと。

「・・・・ホント、楽しそうだよな」

 澤部が痛ましそうに見詰め呟く。
 あれが本来の雫の姿なのだろう。
 馬で駆ける姿は輝いていた。

 怯える姿も、暗く諦めた顔も今の姿には全くない。
 大好きな馬と共に風になっている。
 
 この姿を奪った雫の家族に、漆原達は本気で怒りを感じてい
 た。
 今でも十分美しい雫。
 本来の姿を取り戻せばどれ程の美しさになるか。
 その日が来る近い未来に思い馳せる。

 ただ、そうなると別な心配も増えるのだが、自分達や和磨が
 側にいるのだからそう簡単に手出しなどさせないが。
 和磨を見る。
 穏やかな姿で雫を見詰めていた。

 こんな穏やかな姿にしてくれるのは雫だけ。
 何があろうともこの二人を守ろうと彼らは誓った。

 久しぶりに乗ったためか、それ程時間は経っていないが雫の
 息が少しだけ上がっていた。
 少し汗も滲んでいる。

「病み上がりだ、あまり無理するな」

 戻って来た雫に和磨が手を差し伸べる。
 少し躊躇したが、大人しくその腕に飛び込む。
 相手を信頼していなければ出来ない行動。
 この姿に、今まで少し不安を感じていた漆原だったが、雫が和
 磨の心を開いているのだと安心した。





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