優しい鼓動
(39)









 翌日勇磨達が寮へと戻って行く。
 また週末戻って来る事を彼らは約束してくれた。
 今度はもっとゆっくりと話しをしたいと。
 雫も同じ気持ちだった。

 自分を受け入れてくれた、この優しくて美しい兄弟の事をもっと
 知りたかった。
 そして和磨の事も。

「約束ですよ」

 微笑んだ雫に勇磨が顔を赤くした。
 そして相変わらず澤部にからかわれる。
 まだ体調が優れないからと、別れはリビングで行われた。
 その理由が二日続けての情交のせいだとはとても言えず、ただ
 顔を赤らめるだけ。
 それだけで、体調不良の理由をその場にいた全員が分かって
 しまったが、あえて言う者はいなかった。
 寂しかったが、部屋を出て行く二人を見送る。

 二人を送るため、漆原が彼らに続く。



「可愛い人で良かったわ」

「ああ」

 満足げな磨梨花。
 勇磨も同じ意見だったようだ。

「あら、何を言っているのお兄様命だったくせに」

 磨梨花には痛いところを突かれる。
 それはそうだろう。
 初め勇磨の態度は最悪だったのだ。
 そしてその態度を取ったがために、磨梨子や漆原のキツイ仕置き
 を受ける嵌めになったのだから。

 実際話してみると雫は心優しくて素直な人であった。
 全てを許してくれた。
 
あんな酷い人生を送って来たのに・・・・

 見せられた雫の報告書は酷い人生だった。
 極道の世界にいる自分達よりも過酷であった。
 本来はもっと悲惨な人生を歩んでいる者もいるのだが、汚い、闇
 の部分は和磨達が一切見せて来なかったので知るはずもない。

 玄関には車が既に用意され、組員達が見送りに立っていた。
 先に勇磨が乗り込み、その後磨梨花が続こうとしたが踵を返し
 漆原の元へ。
 そして真剣な顔で忠告をした。

「私の所に馬鹿な女が来たわ・・・・」

 それだけで漆原には分かったようだ。
 顔を顰め剣呑な雰囲気になる。

「懲りてませんね」

「そう、頭が悪いのよ。 お兄様に振られた事を分かってないのね。
でも分かっていないから性質が悪いのよ」

 顔はそこそこだが性格は最悪な女の顔を思い浮かべる。
 磨梨花達が通う高校と同じ敷地内にある大学。
 その女はそこに通っている。
 小中高大とエスカレーター式の学校。
 中学の頃、和磨を一目見て好きになったと言う。
 その頃から和磨に付き纏い相手にされなかった。
 なのに、自分の思い道理にならない事はないと思っている傲慢
 な女。

 事実その通り。
 人を金を使ってでも望みを叶えてきた。
 和磨の隣に女がいるとありとあらゆる手段を使い排除して行っ
 た。

 漆原自身その被害にあった。
 冷たい表情ではあるが、誰が見てもその美貌には目を見張る。
 そのため一時和磨の愛人なのではと噂された。
 それが耳に入ったのか、女は漆原を襲って来た。
 勿論自分の手は汚さず人を使い。
 顔だけで何の力がないと思い襲った者達。
 突然の事だったのと、一緒に弟がいたため庇い大怪我をさせら
 れた。
 自分だけならまだしも、弟まで巻き添えになった事で、漆原の逆
 鱗に触れた。
 復讐のために苦しいリハビリに耐えた。
 そして漆原の手により始末された。
 二度と人を襲わないよう徹底的に。
 横やりが入り、女には流石に手を出せなかった事が今も悔やま
 れる。

 その卑劣な手段には漆原だけではなく、磨梨花の友人までもが
 被害に合い、その事で磨梨花が切れた。
 磨梨子に告げ、磨梨子の目から見ても目に余る態度だっただけ
 に、その女の家に神崎そして剣から話しが行った。
 
「今度こんな事があれば考えがある」と。

 両家に睨まれてはこの社会では生きて行く事が出来ないと思
 った両親。
 その女にキツク叱ったため、卑劣な行為は表だってはなくなっ
 た。

 唯一和磨だけを手に入れる事が出来なかった女。
 和磨に伴侶が出来た事を何処からか聞きつけたのだろう。
 磨梨花の元へとやって来て本当なのかと聞いて来た。

 知ってはいたが知らないと答えた。
 それが気にくわなかったのか凄い形相で睨んで来た。
 流してしまえば良かったのだが、つい、「兄に相手が出来ても
 あなたには関係のない事でしょ。 選ぶのは兄なんですもの」と
 言ってしまった。
 選ばれなくて当然のような言い方をしてしまい余計女を燃え上
 がらせてしまった。

 神崎、剣の両方から釘をさされているから大丈夫だとは思うが、
 その女は余りにも愚かなのできっと何かしでかすのではないか
 と心配している。

「ごめんなさい、私が余計な事を言ってしまったために・・・・。 もし
雫さんに何かあったら・・・・」

 唇を噛みしめ俯く磨梨花に「大丈夫です」と漆原が言う。

「この屋敷から出る事は殆どありませんし、出かけるにしても和磨
さんか私、若しくは澤部が付いていますから」

 その言葉を聞き、磨梨花の顔に安堵が広がる。
 和磨や漆原達がいれば雫に近づく事など出来るはずがないの
 だ。

「よかった・・・・」

「安心して下さい」

 微笑む漆原に、磨梨子も微笑み返す。

「さあ、勇磨さんが待っています」

「ええ、また来週楽しみに帰ってきます」

 言って磨梨花が車へと乗り込む。
 
「それではお気を付けて」

 ドアを閉める。
 走り出した車を見送りながら漆原の心には不安が広がった。
 磨梨花には大丈夫だと言ったが、本当に大丈夫であろうか。
 あの女は何処までも卑劣きわまりない。
 神崎と剣から和磨に拘わるなと言われているのに、未だこうして
 出てくる。
 そして和磨の横にいる女を引きはがすのだ。
 それは狡猾で用意周到。
 自分が拘わっていると分からせないよう、何重もの人を介し手
 を下しているのだ。
 ここ数年は、和磨が付き合う女達もなかなか強かな者が多く、そ
 してそれなりの力を持っている女達だっただけに上手くは行って
 いなかったようだが。
 
女狐め・・・・・
 
 それでなくとも雫の回りは不安定なのだ。
 家族が、代議士の息子、稲村宗之が捜し回っている。
 代議士の息子なだけあって、金も人もあるだけに雫が東京に来
 ている事も掴んでいるようだ。
 自分の兄弟を、子供を売る家族になど決して渡さない。
 親の力ばかり当てにする馬鹿な息子など、一度痛い目を見た方
 がいい。

 漆原の瞳に暗い炎が灯る。
 鈍く光る炎。
 誰が来ようが雫は渡さない。
 雫に万が一の事があれば、決して生かしてはおかない。

 幸薄い雫が漸く手に入れた安住の地。
 そして安らげる腕。
 和磨が見つけた心の光。

奪う者は許さない

 幾ら大物代議士の孫であろうが、都市銀行の娘であろうが関係
 ない。

共に潰れて頂きましょう

 暗い笑みが浮かんだ。





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