優しい鼓動
(36)









 暫く続くのかと思った遣り取りを終わらせたのは、和磨の一
 言だった。

「自分の未熟さに気付けばそれでいい。 同じ事を繰り返さ
なければ・・・」

 そう勇磨に伝える。
 和磨の両親もその言葉に賛同するよう、頷いていた。
 自らが決めた伴侶は、家族であろうが否定する事は認めら
 れない。 
 雫を否定する事は和磨を否定するも同じ事。

 そして伴侶が罪を犯せば、共に罪を償わなければならない。
 もしそれが『死』だとしても。
 そのくらい互いの繋がりは絶対なのだ。

 勇磨は和磨の言葉を素直に受け入れ、いっそう人を見る目
 を養う事と、己自身を磨こうと決めた。
 そして和磨は雫を見下ろし、「もっと自分に自信を持て」とま
 るで心を見透かしたように、的確な言葉を雫に言う。

「はい」

 雫も素直にその言葉を聞き入れる。
 和磨の言葉に、また自分が卑屈になっていた事に気付き、
 恥じた。
 和磨の隣にいる事を決めたのだ。
 いつまでも卑屈な自分ではいけない。
 
もっと強くならないと

 それには人と触れ合う事に慣れなくては。
 和磨の家族とも仲良くなりたい。
 だから雫は勇気を出して、頭を下げる勇磨に向かい手を差
 し出した。

「僕は本当に気にしていませんから。 だから、あの・・・・それ
で・・・・」

言わないと・・・

 自分自身に頑張れと励ましの言葉を送る。
 
「僕と、仲良くして頂けないでしょうか?」

 柔らかいが、今までとは違う強い響きに勇磨は顔を上げる。
 目の前に差し出された手。
 真っ白で華奢な手を見つめる。
 ただその手はとても荒れていた。
 母から聞かされた言葉を思い出し、勇磨は顔を顰めた。

「駄目・・・・、ですか?」

 何も言わず手を見つめる勇磨に、やはり自分が和磨の隣に
 いる事が許せないのだろうかと悲しくなった。

 不安げな声に、勇磨は慌てて顔を上げる。
 正面からじっくりと雫の顔を見るのは初めてだった。
 優しげな風貌。
 今まで見た誰よりも繊細で儚げな美しさに、勇磨は目を見
 張る。
 言葉を発しなければ、このまま消えてしまうのではないかと
 思うくらい、その風貌は儚かった。

 慌ててその手を取る。
 そして「いえ、こちらこそすみませんでした」と改めて謝罪し
 た。

「別にあなたの事が嫌いという訳ではありません。 ただ、少
し急だったので驚いてしまって・・・・・」

 ジッと雫に見つめられ、勇磨の顔に朱が差す。
 潤んだ瞳に見つめられ、勇磨の心拍数が上がっていく。

「あの・・・・、僕の方こそ、仲良くしてください!」

 言って勇磨は雫の手を両手で握り込んだ。
 ひんやりした手。
 見た目以上に華奢で繊細な手。
 力を入れれば折れてしまうのではないかと思った。

 嫌われていると思っていただけに、勇磨の方からも仲良く
 して欲しいと言われ、雫の気持ちは浮上した。
 両手で勇磨の手をそっと握りしめた。
 そして華のような微笑みを浮かべる。
 その笑みに勇磨は、更に顔を赤くし見惚れた。
 嬉しさの余り雫は勇磨の様子に気付かなかった。

 やはり和磨の家族には嫌われたくない。
 和磨は気にする事はないと言うだろうが、この先も和磨と
 共にいる事を決めたのだから、勇磨と顔を合わせる事も頻
 繁にあるだろう。
 自分のせいで和磨達の仲がギクシャクするという事にな
 れば、いくら側にいろと言われたとしても出て行った方がい
 いに違いない。
 
でもやっぱり和磨さんの側にいたい・・・

 こんな事を思うのは我が儘なのだろうか。
 初めて思う気持ちに戸惑いながらも、気持ちは決まってい
 た。
 心は和磨の事を思っていたが、端から見れば二人は見つ
 め合う形になっている。
 仲良くなって良かったと回りは一安心したが、その手は直
 ぐさま別な者の手によって離された。

「あ・・・・・・」

 和磨が冷たい目で勇磨を見下ろしていた。
 自分の手と和磨と勇磨をそれぞれ見る。
 勇磨も唖然としたが、兄の今までにない冷たい視線に汗が
 流れ出す。
 もの凄く機嫌が悪い。
 そこにいる誰もがそれに気付いた。

 そして『まさか』という思いが勇磨の頭の中に。
 回りを見ると、自分だけではなく、皆も同じ事を思ったようだ。
 皆が驚いた顔をしている。
 それを口にしたのは、やはり遠慮という言葉を知らないとい
 うか空気の読めない澤部だった。

「勇磨君、雫ちゃんは和磨さんの物だからそんなに見詰めち
ゃ駄目だし、お触りも禁止。 姉弟でも嫉妬の炎で焼かれちゃ
うよん」

 ふざけた言い方に、隣にいた漆原の鉄拳が頭に炸裂した。
 
「いでーっ!」

「煩い」

 冷ややかな眼差しを受けるが、澤部は怯む事なく続けた。

「だって、友ちゃん・・・」 
 
「いい歳した大人が、だってとか言うな」

「だって和磨さんが・・・・・」

「まだ言うか」

 漆原はまだブツブツ言う澤部の口元を両手で掴み、思い切
 り横に引っ張る。
 
「いででででっ!」

 本気で涙を浮かべる澤部。
 容赦ない引っ張りに、澤部の男前な顔が酷い顔に変形す
 る。 
 元がいいだけにその変わりようはおかしかった。
 美咲がプッと吹き出すと、回りもつられて笑い出した。
 リビングが明るい笑いに包まれた。
 その日の夕食は昨日とはうって変わって楽しいものへとなっ
 た。

 早朝に医師の一ノ瀬が来た事を知っていた面々は、昼まで
 伏せっていた雫の体調を気遣ってくれたが、原因が原因なだ
 けに恥ずかしかった。

「友ちゃんと違って、雫ちゃんは初めてなんだから体調が悪くな
って当然。 そんな華奢な体で和磨さんの相手はツライよね
〜」

「えっ!?」

 顔を赤くしながら大丈夫だと言っていたところに、澤部にそん
 な風に言われ顔をより真っ赤に。
 ハッキリと言われた訳ではないが、体調が悪い理由を澤部
 は分かっているような口ぶり。
 回りの顔を見る事が出来ない。
 どうしようと思っていると、澤部の悲鳴が聞こえた。
 どうやらまた漆原に殴られたようだ。

「余計な事を言うな。 だからお前は下品で嫌なんだ」

 冷たく吐き捨てる口調に、後頭部を撫でながら澤部も反論す
 る。

「確かに今、デリカシーに欠けてた。 うん。 友ちゃんと一緒に
されたら雫ちゃんも困っちゃうよね。 ごめんね」

 何だか変な謝罪だと思い、顔を上げた時、澤部が思いきり漆
 原に顎を突き上げられていた。
 仰け反る澤部。

痛そう・・・・・

「澤部一回死んでおく?」

「ひでぇよ、友ちゃん・・・・。 顔は男の命だぜ」

 漆原は殴った手をさすり、妖艶な笑みを浮かべ澤部を見詰
 める。
 澤部の方は殴られた顎をこすり、漆原に挑み掛かる。
 後は二人にらみ合い、言い合いとなった。

「貴様の顔の一つや二つ崩れても問題ないだろう」

「何言ってんだよ。 俺みたいな男前の顔が崩れたら世界最
大の損失だぜ」

「世界が聞いて呆れるね」

 ツンと横を向く。

「何だよ。 だいたい本当の事だろ。 ガンガンやってる友ちゃ
んと違って、雫ちゃんが初めてなの」

「テメ・・・・。 人を淫乱みたいに言うな!」

「誰も淫乱だなんて言ってません!」

「言った!」

「言いません!」

 何だか凄い話しになっているのは気のせいではないだろう。
 どうしたらいいのか、このままにしておいていいのだろうかと
 隣にいる和磨を見るが「構わず食べろと」言う。
 回りを見回しても皆がそれぞれ談笑しながら夕食を進めてい
 た。

 言い合う二人を見詰め、思わず思っていた言葉がポロリと零
 れてしまった。

「やっぱり仲がいいんですね・・・・」

 その言葉に言い合っていた二人が見事反応した。
 だが言葉と顔は違っていた。

「そうなんだよ!」
「良くないです!」

 漆原は綺麗な顔に皺を寄せ、澤部は嬉しさを全開で。
 違った迫力に雫は思わず固まってしまった。
 そんな雫の反応に二人は『シマッタ』という顔に。

「仲なんて、本当に良くないんですよ。 腐れ縁なだけでこの男
とはいつ手を切ってもいいんですから」

「こんな事言ってるけど、友ちゃんは本当は寂しがり屋さんな
んだ。 照れ屋さんなだから〜」

「こんな男の戯言聞き流していいですから」

「友ちゃん、酷い」

 クスンと泣き真似をする澤部。
 今までの言い争いが嘘のように、穏やかで優しい話し方に。
 思わず雫を怒鳴ってしまった事と、和磨を恐れての事だろう。
 この代わりようにまた驚き、何だか可笑しくなってしまい、ク
 スクスと笑い出した。
 鈴を転がすような軽やかな笑いに、隣にいた和磨が目を細め
 雫を見詰めていた。
 そしてその柔らかな視線を受け、微笑み返す。

 見つめ合う二人に漆原と澤部はすっかりあてられてしまって
 いた。
 必死になった自分達がちょっと馬鹿らしかった。






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