優しい鼓動
(32)









 雫が神崎家に来て、初めての週末。
 
 この日の夕方、和磨のもう二人の兄弟が帰って来る事に
 なっている。
 
 和磨や美咲とは年が離れた双子の兄弟。
 高校生と年下ではあるが、きっと素敵な兄弟なのだろう。
 まだ人には馴れる事は出来ないが、何とか頑張ろうと思
 った。

 和磨と二人、部屋で寛いでいると部屋をノックする音が。
 時計を見ると18時。
 夕食には時間が早い。
 しかしこの数日、和磨の部屋を叩くのは漆原だけ。
 何かあったのだろうかと思っていると、和磨が立ち上がりド
 アへ。

あれ?

 いつもなら「入れ」と言うのにわざわざ和磨が行くとは。
 漆原ではないのだろうか。

「只今戻りました」

 やはり漆原とは全く違う声。
 初めて聞く。
 だが、どことなく和磨の声にも似ている。
 和磨の口調には抑揚はないが、この声の持ち主はどうやら
 感情豊かなようだ。
 その声が嬉しそうに聞こえたから。
 きっと、今日戻って来ると言った和磨の弟だと思った。
 その姿は、和磨とドアによって見る事は出来なかった。

「・・・・・何だ」

 変わらぬ抑揚のない声。
 
「いえ、戻ったので挨拶を・・・・」

 弟と思われる人物の声は戸惑っていた。
 和磨が何も言わないでいると「すみません、後にします」と
 言い、その場を去って行った。

 戻った挨拶をしに来たのに、よかったのだろうか。
 自分がいたせいで、兄弟の会話を交わせなかったのではな
 いのかと、心苦しく思った。

 表情の曇った雫に、和磨は何も言わず隣りに座り肩を抱き
 寄せた。

あ・・・・・
 
 和磨は二人きりになると、常に雫に触れていた。
 始めの頃よりは大分馴れては来たが、雫にはまだ戸惑いが
 あり、恥ずかしかった。
 しかし触れられるのは嫌ではなかったので、和磨にされるま
 ま身を寄せていた。
 
 触れた場所から体温が伝わり、心が安心するのだ。

 そうしてただ触れ合っている内に夕食の時間が来た。
 いつもと同じよう、和磨に手を引かれ食堂に入ると既に皆が
 揃っていた。
 
 雫が席に着くと、斜め前の席に若い男女が座っていた。
 漆原が二人を紹介する。
 和磨の兄弟で、双子の高校生。
 勇磨と磨梨花と名乗った。

 雫も挨拶をした。
 その時征爾から、雫は和磨の伴侶としてここに住む事にな
 ったとも告げられた。

 あらかじめ聞いていたのか、男の雫が伴侶なのにも拘わら
 ず二人は笑みを浮かべ、仲良くしようと言ってくれた。

嬉しい

 二人とも征爾と磨梨子達と同じよう整った容貌。
 磨梨花は母磨梨子によく似ていたが、どちらかというと美咲
 と似た華やかなものだった。
 ただ、話し方は磨梨子と同じよう落ち着いていた。
 
 勇磨は征爾似というより、和磨に似ていた。
 しかし和磨より表情が豊かだったため、印象は違ったもの
 になっていた。

和磨さんが笑ったら、こんな感じなのかな

 目の前で声を出し笑う勇磨。
 その顔を見てふとそんなふうに思った。
 
 和磨の事も名前で呼べるようになった。
 呼ぶ時「神・・・」と言えは直ぐに視線で雫に言い直させたか
 ら。
 その甲斐あってか、素直に「和磨さん」と名前が出るように
 なった。
 ちゃんと呼べると和磨の瞳が和らぎ、気恥ずかしくあった。

 皆が雫達を見て優しい笑みを浮かべていた。

 しかし、今日初めて二人の遣り取りを見た双子の兄弟は違
 った。

 他の者達には分からないだろうが、明らかに和磨の瞳が優
 しい。
 家族にさえも見せた事のない、ないその眼差しに驚愕し
 た。

 皆の視線が雫に集まる。

 恥ずかしさに頬を染めていると、急に背筋がゾクリとした。
 覚えのある悪意の篭もった視線。
 手が震え、持っていたスプーンが食器にに当たりカチャカチ
 ャと音をたてる。

いけない・・・・・

 固まってしまった手を何とか開き、スプーンを放す。
 スプーンはそのまま粥の椀の中に沈んだ。

 本当ならその視線の先に目を向けたかったのだが、雫には
 出来なかった。

 今の自分はきっと蒼白な顔になっている。
 穏やか過ぎて、ここ暫く忘れていたがその視線は今の雫に
 はより恐怖となった。

皆さんが優しくて忘れてた・・・・・
僕は必要とされていない人間だったのに
 
 突然現れた得体の知れない自分を、皆が心より受け入れて
 くれる筈などないのだ。
 
・・・・勘違いしてた

 急に現実を突きつけられ、雫の顔から笑みが消えた。
 
ここに住めばいいと言ってくれたけど、他人が我が物顔でい
るのは気分よくないよね
体も良くなったからいつまでもここにはいられない・・・・

 優しい人達と別れるのは寂しいが、数日中にここを出て行
 こうと思った時、磨梨子の声が。

 それと同時に雫の体がフワリと浮いた。

「あ・・・・・・」

 気付いた時には和磨の腕の中だった。
 見上げると険のある顔で一点を見詰めていた。
 その先を見る前に、厳しい口調で磨梨子が「勇磨、着替え
 て道場に来なさい」と言う。

 やはりあの視線は勇磨だった。

 和磨から視線を外し、周りを見ると皆が食事の手を止めて
 厳しい顔で勇磨を見ていた。

 勇磨に至っては、先程の雫以上に顔色を蒼くしていた。 

 隣りに座っていた妹の磨梨花は勇磨を見て、冷たい眼差し
 と口調で一言「馬鹿ね」と。

 あの後どうなったのかは雫には分からない。
 和磨に抱き上げられ、そのまま部屋へと連れて行かれたか
 ら。

 和磨は雫をソファーへ降ろし、そのまま部屋から出て行っ
 た。

 何も言わずに出て行った和磨。
 明らかに機嫌が悪かった。
 
 自分は一体どうしたらいいのだろうと考えていると、和磨が
 ティーカップを持って入って来た。

 一つを雫に渡す。
 受け取るとハーブの香りが漂って来た。

 和磨を見ると視線は飲めと促しており、おずおずと一口飲
 む。
 すると、ふと気持ちが落ち着いた。
 やはり気が張っていたようだ。

大丈夫、憎まれる事は慣れてる

 カップを見詰め自嘲するような笑みを浮かべる。

「何も気にする事はない」

 頭上から降る声に、雫の肩が小さく上がる。
 雫の考えている事が、和磨には手に取るように分かるらし
 い。

「お前はこの俺が選んだ。 両親もお前の事を認めた。 それ
を否定する事は許さない。 それが自身でもだ」

 言って雫の顎を取り上を向かせる。
 瞳がぶつかり合う。

 強い和磨の瞳。

 いいのだろうか?
 自分は必要とされているのだろうか?

「・・・・ここにいても、いいんでしょうか・・・・」

 そんな言葉がポツリと零れる。

「俺から勝手に離れる事は許さない」

 雫自身、和磨の側にいたかった。
 和磨から送られる強い思いに、自分の居場所を見つけ嬉し
 くて雫の瞳に涙が浮かぶ。

「はい」

 思いを込めてそう言った。
 
 和磨の目が眇められる。
 そして唇が塞がれた。
 




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