優しい鼓動
(31)









「ふう・・・・・・・」

 澤部が調べて来た雫の調査書を見終えた美咲。
 溜息を吐きテーブルの上に放り投げる。

 どうりで自分を見て萎縮していたはず。
 兄の腕の中で頬を染め羞恥に顔を隠していたが、その態度
 の中には、怯え縋るような仕草があった。
 本人は気付いていないだろうが、兄の服を握りしめる手が
 震えていた。

 兄もそれが分かっていたから、背中をポンポンと叩き、まる
 で子供をあやす仕草をしたのだろう。
 確かに甘い雰囲気もある。
 だが、今の二人の姿は親子にも見えた。
 
 しかしあの兄の姿を見て、腕の中にいる者が間違いなく唯一
 の伴侶だという事も分かった。

 電話で聞いた時にはなんの冗談かと思った。
 だが兄の心を動かした人物を一刻も早く見たく、電話を切っ
 た後車を飛ばし空港へ行き日本へと戻ってきた。

 久しぶりに澤部にも会えるという誘惑もあって。

 会えても現状が変わる訳ではない。
 澤部には恋人がいるのだから。
 二人が別れる事など、まずあり得ない。
 強く結ばれた二人。
 何の臆面もなく、澤部はことある毎に「愛するハニー」と惚気
 る。

もう6年・・・・・
いい加減諦めないとね・・・・

 飛行機の中でも和磨の事は半信半疑だった。
 しかし目の前にいた兄は態度も言葉も眼差しも、今までとは
 確実に違っていた。
 
 清風会の頂点に立つのなら、今までの和磨の方が良かった
 のかもしれない。
 何事にも動じず冷酷に物事を進めていた。
 
 だが今は人間の感情を知ってしまった。
 大切に思える人物を手に入れてしまった。
 唯一の弱点が出来てしまったのだ。
 彼は兄を支えられるのだろうか。
 
 見るからに繊細そうな人。
 見た目だけではなく、全てが脆そうに感じた。

 それを漆原に言うと黙って封筒を渡された。
 中を開けて見ると和磨の伴侶の調査書だった。



「これはこれで問題よね・・・・・」

「そうですね」

 美咲の言葉に漆原が答える。
 それはここにいる誰もが思った事。
 彼らは顔には出さなかった。

 ここには和磨と雫の姿はない。
 食事が終わった後、二人は厩舎へと向かったから。
 だからこそ話せる内容。
 
「この稲村にも問題はあるけど、やっぱり家族ね・・・・・」

 添付されていた数枚の写真を指で弾く。
 全て澤部が隠し撮りした物。
 特に雫に関わり合いのあった者達。

 一枚は稲村宗之の写真。
 そこには宗之に関しての調査書も加わっていた。
 親の力と金を自分の物と勘違いする馬鹿息子。

 物にしろ人にしろ、望んだ物は全て手に入れ、気にくわない
 物は壊していった。
 時には取り巻きを使い、時には己の手で。
 違法な薬には手を出していなかったが、合法ドラックを使い
 かなりな事もしている。
 国会でもかなりの発言力を持つ議員の息子の呆れた素顔。
 
 その人物が唯一手に入れられなかったのが雫・・・・・
 
 プライドを大きく傷付けられたその男は、憂さ晴らしをする為
 に雫の実家である牧場を潰した。
 それだけでは気は治まらず、プライドを傷付けた雫を探して
 いる。

 雫の実家は、もともと銀行に大きな負債があり、どうにもな
 らなくなっていた。
 自転車操業の状態。
 いずれ近いうちに牧場は手放すことになっただろう。
 それが宗之の手でその日の内に引導を渡された。
 
 そして雫の家族は牧場から去った。
 今は妻の実家へ身を寄せている状態。
 己の才のなさを雫のせいにした愚かな家族。
 雫を追いつめ逃げられた。

 それを逆恨みし現在血眼になって探しているという。
 添付されている写真に写る兄弟。
 
この目、危ないわ・・・・

 宗之より、こちらの方が危ない。
 見ただけでは分からないが、醸し出す雰囲気が澱んでいる。
 そんな者達に見つかれば、雫の身が危険なのは分かり切っ
 た事。
 
「あたし達は極道だけど、家族は仲がいいから信じられない
わね」

「そうね、だからこそ雫さんには幸せになって欲しいの。 家族
の温もりを知って貰いたいの。 和磨の顔に優しさをくれた雫さ
んに・・・・」

 磨梨子は言って隣りに座る征爾を見た。
 征爾も、同じだというように頷く。

「暫くは和磨が屋敷から出す事はないだろう」

「和磨さん過保護ですからね。 ホントは屋敷の中からも出し
たくないみたいですよ。 でもほら、雫ちゃん馬大好きなんで
カイザー達が癒しになればって渋々外に出てるんですよ。 可
愛いとこありますよね〜。 あははは〜〜〜」

 大きく笑う澤部に漆原が冷たい視線と飛ばす。
 本当なら殴ってやりたい所だが、征爾や磨梨子がいるため
 に自分で自分の手を押しとどめた。

 それに澤部の言っている事も事実だ。

 兎に角和磨は過保護だ。
 初江に胃に優しく、なるべく栄養のある食事を用意するよう
 に言ったらしい。
 口に入れる物は全て無農薬、国内産の物に切り替えられ
 た。
 これは初江から聞いた事。

 そして現在、雫の気管支が弱いからといって、屋敷中行わ
 れている空気清浄機設置工事。
 それだけではなく観葉植物もいたる所に置かれている。
 人工的なものだけでなく、緑で行われる空気の浄化と目か
 ら入る癒し効果らしい。
 
 他にも様々な物が雫の為に変えられ、取り入れられたの
 だ。
 全てが雫中心となっていた。

 たった一人の為、しかもまだこの家に来て3日の雫に為に
 家の中が変わって行く。
 本来なら腹立たしく思い、この家から追い出されても仕方
 ないところだが、誰も不快には思わなかった。

 雫の生い立ちのせいではない。
 肉親から与えられた消えない心の傷。
 数多くの裏切り。
 なのに瞳は病んでいなかった。

 人に怯えてはいた。
 だが和磨、漆原、澤部には全部ではないが心を許してくれ
 た。
 初めて会った彼らが、自分達の身内だという事で、雫は一生
 懸命心を開こうと努力してくれた。

 強いと思った。
 そんな細い体のどこにそれだけの気力があるのか。
 どうしたら強い心が持てるのか。

 容姿も美しかったが、心が素晴らしく美しい。
 その体から醸し出す柔らかい雰囲気。
 礼儀正しく控えめな態度。
 全てが好ましく思えた。

 だからこそ、その存在を許したのだ。

「そうね、和磨は可愛いは。 でもそんな和磨を心配して思って
くれるあなた達も可愛いわよ」

 にっこり微笑む磨梨子に押し黙る澤部。
 190cmで30男に可愛いはないだろう。
 言われた本人は苦虫を潰したような顔になっていた。

「・・・・取り敢えず、暫くの間雫ちゃんの家族と稲村の息子には
人を付けておきますよ」

「お願いね」

 そこに美咲が口を挟む。

「それだけじゃ駄目、兄さんに伴侶が出来た事は直ぐ漏れる
わ。 そうなると、兄さんの事を狙ってた女達が動く。 何か仕
掛けてくるわ。 絶対ね・・・・・・」

そうだった・・・・・

 そちらにも目を向けなくてはならないのだ。
 征爾達が認めたのだから、普通なら手を出して来る事はな
 い。
 だが和磨を狙っていた女達には関係のない事。
 誰もが競って和磨に近づく。
 次期清風会トップに立つだけでなく、逞しい体や容姿に群が
 って来る。
 それだけ和磨自身に魅力がある。

 和磨に近づく女達。
 その中でも特に三人は要注意人物。
 
こちらにも人を付けるか・・・・・

 何だか急に慌ただしくなって来た。

何も起こらなければいいが・・・・・

 漆原の心に不安が過ぎった。





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