優しい鼓動
(28)









 前日と同じよう、和磨の腕の中で目覚めた雫。
 
 昨日は目が覚めたら雫が与えられたのとは違う部屋で、隣
 りには和磨がいた。
 何故自分が和磨の布団で寝ていたのか分からず驚いてい
 た。

 だが今日は昨日とは違い、目覚めて驚きではなく、昨夜の事
 を思い出し、羞恥の嵐に見舞われていた。
 出来る事なら、このまま消えてしまいたいと思った。
 
 この二日間で、恥ずかしいと思う場面が数々あった。
 『恥ずかしい』
 言葉は知っていた。
 しかし、その感情は全く知らなかった。

 雫の知っている感情は、寂しい、悲しい、痛い。
 そんな負の感情しか知らなかった。

 和磨に触れられた場所から温かさが伝わってきて、なんだか
 顔が熱くなった。
 戸惑ったが、これが恥ずかしいと思う気持ちなのかと漠然とだ
 が感じた。

 その気持ちが芽生えた後、その言葉が急速に雫を支配してい
 った。
 今度はその感情に振り回された。
 そして、恥ずかしいという言葉が、時と場合によって全く違うと
 いう事を知った。
 
 和磨が何気なく触れてきた手に、向けられる視線に。
 情けない自分も恥ずかしかった。
 肌着全てを選ばれた事も恥ずかしかった。
 自分の貧相な体を見られた事も恥ずかしかった。

もうこれ以上恥ずかしい事はないと思っていたのに・・・・・



 昨日の夜、食事が終わった後、三人はサンルームで寛いで
 いた。
 始め和磨の両親に会い、この家にいる事、そして和磨の隣り
 にいる事を認めてくれた。
 二人とも、ヤクザとは思えない位和磨同様優しい人達だった。

 疲れがまだ残っていたのと、お腹は一杯になった事で雫は
 ソファーに座りながらでウトウトしていた。
 そして体がフワリと持ち上がり、温かい物に包み込まれた。
 眠い目を必死で開けると、間近に和磨の顔が。
 また自分は和磨に抱き上げられているのだという事に気付い
 た。
 降ろして欲しい。
 そう言いたかったのだが、睡魔に勝つ事が出来なかった。
 そして和磨の腕の中で眠りについた。



ピチャン・・・・

 遠くの方で水が落ちる音が聞こえた。
 なぜこんな所で聞こえるのだろうと思った。

 体がフワフワしている。
 まるで水に浮かんでいる、そんな感じだ。
 だが水にしては温かい。
 ゆっくりと閉じられていた瞼を開く。
 目に入ってきたのは白と桜色。
 そして水。

・・・・なに?

 意識がじょじょに覚醒するにしたがって水がお湯であり、桜色
 が自分の肌である事に気づいた。
 服を脱がなければ見る事のない自分の素足に、一気に目が
 覚めた。
 驚きに体が跳ねる。
 一瞬沈みそうになった為パニックを起こし手足をバタバタさせ
 る。

「やっ・・・・!」

 そんな雫の体を急に強い力が抱きしめてきた。
 益々パニックを起こしたが、「落ち着け、雫」という低く和磨の
 落ち着いた声によって止められた。
 この声を聞くだけで雫の心が、スッと落ち着いていく。
 
 そして周りの状況がハッキリと見えて来た。
 ここが風呂場で、自分が何故か大きな浴槽に浸かっていると
 いう事に。

 自分で服を脱いで入った記憶はない。
 しかし、今こうして風呂に入っている。
 何故か和磨の声も聞こえていた。

それに・・・・・

 抱きしめられている感覚に気付き、ふと胸元を見る。
 自分とは違う健康的な色。
 
これは・・・腕?

 それを辿って行くと目の前に和磨の顔が表れた。
 驚き、また体がビクリと跳ね上がる。
 拍子にまた体が沈む。

「落ち着け」

 言われてまた体を抱きしめられる。
 和磨はそう言うが、雫には何が何だか分からない。

 どうして自分が和磨と一緒に風呂に入っているのか。
 しかも自分は和磨の膝の上に乗せられ、横抱きの状態で抱
 きしめられている。

「どうして・・・・・」

 零れた言葉に和磨が、「寝ていたから勝手に入れた」と。
 一瞬、頭がクラッとなった。
 どうせなら、そのまま寝かせていて欲しかった。
 
 意識のない者の服を脱がせ、風呂に入れる。
 これ程面倒な事はない。
 大仕事の筈なのに、どうしてそんな面倒くさい事をしたのだろ
 う。
 礼を言うべきなのであろうが、とてもそんな気にはなれなか
 った。
 この時ばかりは、本当にそのまま寝かせていてくれればよか
 ったのにと、恨めしく思った。

 そして、またこんな貧相な体を和磨に見られた事がショックで
 情けなくてまた涙が流れ出した。

 朝と同じように泣き出した雫。
 だが今度はなぜ雫が泣いているのか、和磨にも分かった。
 
「恥ずかしがる必要はない。 お前は俺の伴侶なのだから」

 確かにそうだが、そう簡単に割り切れない。
 和磨は素晴らしい肉体を持っているが、自分の体はまるで
 鶏ガラのようなのだ。

 それを伝えると「焦る事はない、環境が変われば自ずと食欲
 も湧き体に肉も付いていく。 どんな体をしていようが雫には
 変わりない」と言ってくれた。

 慰めではない言葉が、ストンと心にしみ込んでいく。
 すると不思議と恥ずかしさは消えていった。
 涙も止まった。

 だがその後、ニヤリと意地悪そうに笑いながら「早く肉を付け
 て貰わないと抱き心地が悪い」と言われた時には別な羞恥が
 雫を襲った。

 和磨の意地悪は更に続き、雫の体を洗い始めた。
 恥ずかしいからと必死に抵抗するが、取り合って貰えず「伴侶
 なのだから」と言って最後まで洗われてしまった。
 風呂から出る時には力尽きていた。
 出た後も自分で出来るからと言ったのに、和磨が雫の体を拭
 き、パジャマを着せ、髪の毛をドライヤーで乾かした。
 そして楽しそうな顔をして「これから毎日してやるからな」と言
 われた時には違った意味の涙が出た。

 普段の冷徹で非情な和磨しか知らない者がこの姿を見れば
 驚愕するだろう。
 それ程、この時の和磨は楽しそうで、優しい瞳をしていた。
 
 あの後雫は恥ずかしくて、和磨が話しかけてきても口がきけ
 なかった。
 そして早々ベットに潜り込んだ。
 そんな雫に和磨が宥めるように話しかけていたのだが、その
 柔らかい口調が気持ちよく、いつの間にか寝てしまっていた。



 朝になり、目が覚めて思い出し今の状況になる。
 
 顔を合わせるのが恥ずかしい。
 和磨が起き、この部屋から出て行くまで寝たふりをしていよう
 か。
 しかし、自分は和磨の伴侶という名の居候。
 少しでも、和磨の役に立ちたい。

でも・・・・・

 悩んでいると「さっきから、何を百面相している」と突然和磨の
 声が。
 寝ているとばかり思っていたので、心の準備が出来ていな
 い。
 慌てて潜ろうとするが、和磨に引っ張り出されてしまった。
 かなり情けない顔をしているだろう。
 どういう顔をしたらいいのか、本当に分からないのだ。

こんな時、他の人ならどうするんだろう・・・・・

 取り敢えず「お早うございます」と言った。
 すると、和磨からはキスが帰ってきた。

 布団に潜る事は出来ないので、和磨の胸に顔を埋め、真っ赤
 になっているだろう顔を隠した。






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