優しい鼓動
(27)









 屋敷に戻ると、雫はそのまま和磨の部屋に連れて行かれた。

 直ぐさまベッドへ入れられ、処方された薬を和磨の手ずから飲
 まされた。
 
 まるで小さな子供になった気分。
 
 自分がもっと家族と仲がよければ、こんな感じで接して貰えた
 のかもしれないが、思っても仕方ない事。

 その代わりを今、今まで欲していた温もりを和磨が与えてくれ
 ている。
 少しずつではあるが、和磨は雫の中の虚空を埋めてくれてい
 る。
 寒かった心の中を温かく癒してくれている。

 作られた言葉、仕草ではない、自然と出てくる優しさがこんな
 に素晴らしいものだとは知らなかった。
 
 布団の中からジッと和磨を見詰めていた。

「・・・どうした、一人では寂しいのか?」

 からかうような言葉に恥ずかしさを憶え、布団の中へと潜り込
 む。
 
 そんな子供のような仕草が愛らしく、山になった布団を少し目
 元を緩ませながら和磨は見ていた。

「冗談だ」

 言って布団を軽く叩く。
 そして和磨はスルリと布団に身を潜らせ、雫の体を引き寄せ
 た。
 雫の顔が布団の中から表れる。
 顔を赤くし、上目遣いで和磨を見る。
 
 見る者によっては、誘っているようにもとられる。
 だが和磨から見ると、その表情は拗ねた可愛い顔にしか見え
 なかった。
 
「拗ねるな」

「・・・・拗ねてません」

 本人には自覚はないだろうが、口調が拗ねていた。
 たった短い時間で、ここまで自分に心を許し始めている雫が
 愛おしく思えた。

 何かを愛おしく思える、そんな日が来る事などないと思ってい
 たのに。
 自分の中で止まっていた感情が動き出した事を知る。
 そんな感情を、悪くないと思った。

「分かった。 疲れただろう。 夜まで時間があるから暫く休め」

 子供扱いされているなと思いながらも、それが心地よかった。
 言ってポンポンと和磨に背中を優しく叩かれる。
 一定のリズムで叩かれている内に雫は眠りついた。



 目が覚めると、寝る前には点いていなかった部屋の電気が点
 けられていた。
 視線を動かし時計を見ると、既に夕食の時間。
 少しだけ寝ようと思っていたのに、大分寝ていたようだ。

 そしてふと、今と同じ状況が最近あったようなと思い顔を上げ
 る。
 すると雫が目を覚ました事に気付き、書類から視線を外し雫を
 見ていた和磨と目があう。
 頭の下にある感触に、自分がまた膝枕で寝ていた事に気付き
 慌てて起き上がろうとした。
 それを制され、和磨の手でゆっくりと起こされる。
 一つ一つの行動に和磨が手を貸してくる。
 怪我をしている訳でも、重病人でもないのだから大丈夫だと
 言うが、和磨は取り合ってくれなかった。

 暫くして漆原が食事の用意が出来たと呼びに来た。
 今度は部屋の扉を開ける事なく、外から声をかけるだけ。
 その気遣いがまた気恥ずかしかった。

 食堂へ行くと和磨の両親の姿はなかった。
 どうしたのだろうと思っていると、剣主催のパーティーがあるの
 でそちらに出かけたと。
 夕食を一緒に取る事が出来ない事を、非常に残念がっていた
 と話してくれた。

パーティーだなんて・・・・・違う世界・・・

 そんな事を思っていると初江が料理を並べて行く。

 昼同様雫のみ違うメニュー。
 体調の優れない雫には、消化が良く栄養あるものと言って、
 野菜がたっぷりと入った鍋焼きうどんを用意してくれたのだ。

 皆と違う物。
 それだけ手間を掛けさせてしまっている事が申し訳ない。
 なのに、初江は嫌な顔一つせず「初江特製鍋焼きうどんです
 よ。 美味しいですからね、これを食べて早く元気になって下
 さい」と言ってくれた。

 そのうどんは本当に美味しくて、心が元気になった。
 
 話をするのは漆原と雫。
 楽しい夕食だった。

 その後は三人でサンルームへ移動し、ライトアップされた紅葉
 を楽しみながら酒を飲んだり、お茶を飲んだりしながらゆったり
 とした時間を過ごした。
 そしていつの間にかうとうとしていた雫を、和磨がそっと抱き
 上げ連れて行った。



「ねえ、磨梨子。 随分ご機嫌じゃない? それに、兄さんも」

 剣グループ総帥剣賢護の妻で、神崎征爾の妹である剣響子
 が、隣りに立つ親友であり、兄嫁である磨梨子に話しかける。

 小中高と同じ学校に通い親友である二人。
 まさか兄弟同士で結婚するとは思ってもいなかった。

 征爾とは10、年が離れている。
 小学生の時にはまだ同じ屋敷で暮らしていたが、響子は中学
 になると同時に寮に入ってしまった為、殆ど顔を合わす事がな
 くなっていた。
 
 学校が長期の休みになると帰ってはいたのだが、神崎の跡
 取りである征爾は、学生の頃から家を手伝っていた為忙しく
 顔を合わせるのは年に一度、正月の集まりの時くらいだった。

 それが変わったのが高校に入ってから。
 高校3年の時、初めて親友である磨梨子を家に招いた。

 磨梨子はもっと早く家に遊びに来たかったようだが、自分は
 やくざの娘。
 一方の磨梨子は政財界の頂点に立つ剣財閥の娘。
 世間体というものがあったから。

 本当はその日も磨梨子を連れて自宅に帰るつもりはなかった
 のだが、押し切られた為。
 その美貌で、常に優しい微笑みを浮かべていたために回りか
 ら絶大な憧れ信頼を受けていた。
 才色兼備で淑やかで、曲がった事が大嫌いな友人。
 苛め、暴力その他の卑怯な行為を知った時にはその者を徹底
 的に叩いた。
 反省し更生した者には慈愛の微笑みを与えた。
 だが更生しなかった者は叩き潰した。
 ヤクザの娘である自分よりもキツイ仕置きをして。
 その為一部の者には恐れられていた。 
 そしてそれは今も昔も変わらない。

 磨梨子を連れ自宅へ戻った時、二人は出会った。
 互いが一目見て惹かれ会った事を、隣りにいた響子は感じ取
 った。

 二人の行動は早く、磨梨子が卒業すると同時に結婚すると言
 い、大きな騒ぎとなった。

 片や財閥令嬢。
 片やヤクザ。

 煩い周りを二人は押さえつけ結ばれた。
 響子も手を貸した。
 磨梨子の兄であり次期剣財閥総帥である賢護も手を貸した。

 二人は結婚し、磨梨子は神崎の本家へと入った。

 その時は賢護と響子は協力者でしかなかった。 
 兄とは結婚してからよく顔を合わせていたようだが、響子はそ
 の時の数回のみ。
 それから10年経ち再会し結婚に至った。

 互いの夫婦は仲良く、今もそれは続いている。

 30年来の親友である響子には、磨梨子の顔を見ただけでそ
 の時の気分が手に取るように分かる。
 それは磨梨子も同じ事。

 こんなに機嫌のいい磨梨子を見たのは久しぶりのような気が
 する。
 兄征爾に至っても。

「うふふっ」

 口元を手で覆い笑う姿はまるで少女のようだ。

 そんな二人の様子を周りは注目していた。
 互いに談話しながらも聞き耳をたてている。

 それも当然の事。
 一組はこのパーティーの主催者である剣グループ総帥夫婦。
 もう一組は神崎のトップ。
 誰もが繋がりを持ちたいと思っている二組だ。

「狡いわよ、さっさと吐きなさい」

 軽く睨み付けると、漸く口を開いた。
 目をキラキラと輝かせながら。

「実はね・・・・・・」
 


「なんですって!? 和磨さんが伴侶を娶ったですって!」

 とある屋敷の一室。
 一人の女が鬼のような形相で、その言葉を発した男にむかい
 怒鳴っていた。





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