優しい鼓動
(25)









 食堂では穏やかな雰囲気で皆が食事をしていた。

 後から来た和磨の両親も、食事がまだという事で初江に支
 度を頼み雫達と同じ席で食事を始めた。

 始めは緊張していた雫だが、気さくに話しかけて来る磨梨子
 のお陰でリラックスしているように見える。
 話す内容は漆原の時と同じように、本当に他愛もない話し
 ばかり。
 好き嫌いはないかとか。

 雫も二回目なだけあって、最初の時のように戸惑う事なく
 割とスラスラと答えていた。
 ただ、「好きな歌手、俳優は?」と意外にミーハーな磨梨子
 に聞かれた時には言葉が詰まっていた。

 少しして「テレビは見た事がないので・・・・。 ラジオは持っ
 ていないので良く分かりません」と一言告げた。

「え?」

 皆の動きが止まった。

 磨梨子は今の世の中そんな家があるのかと思ったが聞くべ
 き事ではないと判断し、別な会話を始めた。

 皆も食事を再開する。
 そんな気遣いを有り難く思い、同時に申し訳なく思った。

 和磨の父は特に話しかける事なく、皆の話を聞きながら食
 事をするだけだった。
 こういう所は和磨と同じだと思い親しみを憶えた。

 そして和磨は両親が来るまで不機嫌だったが、今は穏やか
 な表情で食事をしていた。
 それはやはり雫の口から「伴侶になる」という言葉を聞いた
 からだろう。

 雫がどんな覚悟でその言葉を言ったのかは分からないが
 言ったからには手放すつもりはない。
 当然他の者が出てこようが渡すつもりもない。
 
 隣りで磨梨子と会話する雫を見る。

 幸いにも二人は雫の事を気に入ったようだ。
 特に磨梨子が。
 見た目淑やかで、常に征爾の一歩後ろに控え、一見良妻
 賢母に見えてるが、剣の血を引いているだけに油断ならな
 い。
 
 二人とも、神崎のトップに立つだけあって、神崎に害をなす
 者かどうかには敏感だ。
 昔の事があってからは尚更。
 特に身内に対しては容赦がない。
 少しでもおかしな動きがあれば潰しに行った。
 誰もが恐れている。
 
 その二人が雫を気に入ったからには誰も手を出す事はな
 いだろう。

しかし愚かな者は必ず出てくる・・・・・

「・・・・・・しら?」

 磨梨子か和磨に向かって何か言ったようだ。

「何か?」

「聞いていなかったの?」

「ああ・・・」

「あら、珍しい」

 微笑みに含みがあるのが見て取れる。
 
「・・・・・それで?」

「雫さんと買い物に行きたいの」

 ニッコリと微笑む磨梨子に、和磨は顔をしかめた。
 磨梨子が雫を気に入ってくれたのは構わないが、振り回され
 るのはご免だ。
 初めにしっかりと釘を刺す。

「それは駄目だ。 雫の体調が完全に良くなるまでは屋敷から
出す訳にはいかない。 見ろこの腕を」

 言って雫の腕を取り袖を捲る。
 青白い肌。
 痩せた細い腕。

 それを見た三人は眉を顰めた。
 見ただけでも雫が痩せているのは分かるが、その腕の細さ
 は誰が見ても健康的な物ではない。

 和磨は直ぐに腕を隠してくれたが、そんな酷い状態の腕を皆
 に見せられた雫はいたたまれなくなり俯いてしまった。
 
 急に腕を引っ張られ体がフワリと浮き上がる。
 「あっ」と思った時には和磨の腕の中に抱き上げられてい
 た。
 和磨の両親の前でみっともない。

「あの・・・、降ろして下さい」

「暴れるな、落ちる」

 言葉ではそう言っているが、雫を抱く立ち姿に揺るぎはない。
 
「でも・・・・・」

「大人しくしていろ」

 有無を言わせない和磨に大人しくなる。
 和磨の両親がどう思っているのか気になり、恐る恐る視線を
 向けると、二人とも全く気にしていないようだ。

「そうね、仕方ないわね。 雫さん体調が良くなったらお買い物
行きましょう。 屋敷の中なら構わないのでしょう?」

「ああ、それなら。 庭に出るくらいなら構わないが、長時間は
困る。 雫は気管支が弱いから。 ここの空気に馴染んでいな
いから体調を崩しやすい。 その点屋敷の中なら空気もいい
し」

「それで家中空気清浄機だらけなのか」

 今まで黙っていた征爾が口を開く。
 呆れたと言わんばかりの口調。
 事実、和磨の過保護ぶりに驚いていた。
 誰かに対し、徹底して構う事のなかった和磨なのだから。
 家に入り、家中に空気清浄機が置いてあるのを見た時は、
 一体なに事かと思った。
 
 しかも今日これから業者が入り、本格的な空調設備の工事
 をすると言う。
 人を思いやる心が出てきたのは良い事だが、極端すぎる。

 まあ、何はともあれ和磨に伴侶が見つかったのは良い事だ
 と征爾は思った。

 まさか自分のせいで、そこまで大がかりになっているとは思
 ってもいなかった。
 ここはやはり止めて下さいというべきなのか。
 しかし、言ったとしても止める事はしないだろうという事は、こ
 の二日間で分かったし。

どうしたらいいんだろう・・・・・

 考えても無駄だとは思っても、考えられずにはいられない。
 そんな事を思っていると「厩舎へ行くぞ」と言い雫を抱いたま
 ま食堂を出て行こうとする。

 こんな格好で失礼だとは思ったが、何も言わないでいるより
 はマシだろうと、和磨の腕の中から礼の言葉と退出の言葉
 を告げた。

 和磨は無言で移動して行く。
 
「あの・・・・」

「カイザー達の様子を見に行く。 嫌か?」

「行きます」

 即答した。

 昨日は体調を崩していた和磨の愛馬達。
 雫も気になっていた。
 酷くならないうちに獣医の室に見て貰ったから大丈夫だとは
 思っているが、自分の目でやはり確認したかった。

 馬の話になったためか、雫の表情も明るくなっていた。
 今の雫には馬が一番の精神安定剤なのだろう。

 和磨には面白くなかったが。

今の内だけだ。

 いくら和磨の伴侶になったとはいえ、まだ全てを和磨に許し
 た訳ではない。
 雫はまだ人間に怯えている。



「ねえ、漆原。 あなたから見てどう思うかしら」

「既に見てお分かりでしょうが、和磨さんに強い影響を与える
方です」

 和磨と雫が居なくなった食堂で三人が話していた。

「そうだな、和磨があれ程面白い奴だとは思ってもいなかった
な」

 下二人は喜怒哀楽が激しく、分かりやすい。
 特に弟の勇磨は。
 自分ではクールだと思っているようだが。

「それで?」

「今澤部に調べさせています。 今日中には全て分かるかと」

「相変わらず素早いのね。 二人とも」

 漆原の行動の早さ、澤部の調査力に磨梨子は満足げだ。
 雫の人柄は分かったが、今までの生活が気になる。
 普通の家庭で育ったにしてはあり得ないくらいの痩せ方と
 陰。
 なのに瞳は濁っていないのだ。

 何にしろ、雫は神崎の一員となったのだ。
 雫の憂いは取り払わなくてはならない。
 
 全てはこれから来る調査結果で明らかになる。

「楽しみね・・・・・」

 漆原を見て笑った。





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