優しい鼓動
(24)









 この二日でどれだけ涙を流しただろう。

 今まで我慢していた分の涙21年分の涙を流した、そんな気
 がした。

「雫」

 和磨に声を掛けられ慌てて涙を拭う。
 男なのだから泣いてはいけない、もっと強くなろうと心に誓
 ったばかりなのだ。
 しっかりしなくてはと思っていると、手を止められた。

「だから擦るなと言っただろう。 赤くなってる」

「あ、すみません・・・・・」

 思わず謝ってしまった。
 和磨は何も言わず優しく指で涙を拭う。
 心が落ち着いていき、自然と雫の涙も止まった。

 そんな二人の様子を、三人は黙って見ていた。
 漆原は昨日より二人の仲が近づいている事に満足してい
 た。
 雫が現れたお陰で、こんなに優しい一面が現れたのだ。
 
 和磨の父であり、清風会で現在頂点に立っている征爾は
 面白そうな顔で和磨を見ていた。



 剣と血の繋がりが出来た為、初めの頃は様々な事が起こ
 った。
 そして争いは子供まで巻き込んだものも。

 和磨が子供の頃に起こった事件。
 以来、和磨の中で何かが欠け、自分の中に他人を入れる
 事を止めてしまった。
 家族に対しても距離を置くようになってしまった。

 だが、たった一人だけ和磨が共に立つ事を認めた者がい
 る。
 和磨と共に事件に巻き込まれ、乗り越えた人物。
 今も昔も変わらぬつき合いのある久我山貴章。
 剣に次ぐ久我山グループを背負う者。
 
 和磨と関わり、事件に巻き込まれた事で、彼の目は息子の
 和磨より闇に染まっていた。
 そして和磨よりも冷酷になってしまった。
 そんな瞳に染めてしまった事を、久我山に対して申し訳なく
 思った。

 だがこの二人なら何とかなると思っていたのだが人生そう
 は上手くいかなかった。
 思った以上に時間が掛かっている二人に、どうしたものかと
 思っていた。
 そして今、和磨の前に一人の人物が現れた。

 彼がどういう経緯で和磨の前に現れたのかは、まだ知らされ
 ていない。

 和磨が、漆原が認めた者ならば何も問題はない。
 それにこの屋代雫という人物。
 陰はあるが清んだ瞳をしていた。
 
 しかし、こんなにあっさり変われるものかと、息子の変化に
 思わず笑いがこみ上げてしてしまった征爾。
 
 そういう自分も同じようなものだった。
 一人の人間との出会いであっさり変わってしまう事を知って
 いる。
 それが妻磨梨子との出会い。
 
 日本の政財界の頂点に立つ剣グループの一人娘。
 その娘がヤクザの息子とつき合い結婚。
 一波乱は当然覚悟の事。
 しかし、自分の半身を見つけた征爾はどんな事をしても手
 に入れると心に誓い叶えた。
 そこには磨梨子の兄であり、現剣総帥賢護の協力もあっ
 たから。
 そして賢護は征爾の妹である響子を伴侶として迎えた。
 この二つの血が混ざり合った事で、互いがより大きく強固に
 なったのだ。


 
 そして今、和磨も見つけたようだ。
 己の半身を。

 征爾の時とは違った意味で一波乱あるだろう。
 
 相手が男だからという事ではない。
 
 見た目美しく、そこにいるだけで目を引く者。
 繊細で華奢な姿は格好の獲物ともいえるのだ。

 彼が何処の誰で、どんな生活をして来たのかは分からない
 が、決して楽な生活でなかった事だけはその姿から窺える。
 和磨とは違った陰を持つ人物。
 
 兎に角、和磨が半身と選んだのなら征爾は受け入れるだけ
 だ。
 
 そして磨梨子も同じ事を思っていた。
 息子和磨が決めた者を受け入れる事を。
 雫のお陰で感情を手に入れる事が出来たのだ。
 ただ、雫がそのことをどう思っているのか。
 
 和磨は雫の事を伴侶と決めたが、雫は和磨の事を伴侶だと
 決めたのだろうか。
 磨梨子の場合は剣という位置にいた為に、早い内から政財
 界の裏の部分を見てきたので、神崎という極道の世界に入
 っても戸惑いはなかった。
 だが、雫はどう見てもその世界とは関わり合いのない場所
 にいた筈。
 それが、急にやくざという世界に入る事が出来るのかと心配
 になる。

 この世界には覚悟が必要だ。
 いついかなる時に何が起こるか分からないのだから。

 和磨が選んだのだから、それなりの覚悟はあるのだろうが
 ハッキリ聞いておく事にした。

「ねえ、雫さん。 あなたが男だからとかそういった事は関係な
く、この先の人生を和磨と共にあるのかしら?」

「え・・・・?」

 言われている意味が良く分からなかった。
 
 今は和磨の好意で置いてもらっているが、これから先は分
 からない。
 将来的には、やはり出て行くべきなのだろうと思った。
 赤の他人の自分がいつまでも居る訳にはいかないし、和磨
 も結婚するだろう。
 
 結婚という言葉に反応する。
 それに今和磨の母は何と言った?

この先の人生を共に?

 その言葉は、まるで互いの結婚の意思を確認する親のよう
 だ。 

男同士で結婚?

 頭が混乱し隣りにいる和磨を見詰めた。

 そんな雫を感じ取った和磨が「雫にはまだ何も言っていな
 い」と二人に告げた。
 今はその時期ではないと思ったからだ。
 しかし、この話が出てしまったからには仕方ない。
 
雫が余計混乱しなければいいが・・・・

「俺はお前を生涯の伴侶と決めた。 嫌か?」

・・・・・僕が神崎さんの伴侶? 

 自分の両親や、和磨の両親と同じ夫婦という事なのだろう
 か?
 和磨の言い方からすると、そう取れる。
 そして和磨の母も、雫が男という事には拘らないと言った。
 やはりそういう事なのだろう。

 俯き考える。

 たった二日で和磨の事は殆ど分からないが、自分の事を必
 要としてくれるなら側にいようと思った。
 和磨が恩人だからという事もあるが、なにより雫自身が側に
 いたかったから。

 暗く孤独な瞳を持つ和磨。
 側にいても何も役に立たない事は分かっているが、少しで
 も心を和らげる手伝いをしたいと思ったのだが・・・・・

でも家族の心に憎しみを持たせた僕に、そんな事出来る訳な
いか・・・・
それが出来ていれば・・・・、僕は今ここにいなかった

 暗い心に囚われる。
 今まで誰からも必要とされなかった自分。

こんな僕が・・・・
 
 ふと、強い視線を感じ見る。
 見上げると和磨がジッと見詰めていた。

そうだ、こんな僕の事を神崎さんは必要だと言ってくれた。

 雫の中を力が巡る。
 和磨の言う伴侶の意味を全部は理解出来ていないが、雫は
 決めた。
 そして和磨の瞳を正面から見詰めて言った。

「僕は、あなたについて行きます」と。





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