優しい鼓動
(23)









 漆原の告げた一言で、微妙な雰囲気になった食堂。

 自分の不用意な一言で、楽しい筈の食事が険悪になって
 しまった。

 見た目全く変わりない和磨の表情。
 しかし、そこから発せられる殺伐とした雰囲気は隠せる筈も
 なく・・・・・

 それ程までに和磨の機嫌の悪さを見たのは、久しぶりかも
 しれない。

失敗した・・・・・

 二人に聞こえないようため息を吐く。

 普段ならあり得ない失態。
 まさか自分が澤部のような失敗をしてしまうとは。
 そんな自分が許せない。

 澤部ならこの険悪な雰囲気をものともせず、軽口を叩きなが
 ら食事を続けるに違いない。

 あの神経の図太さを、この時だけは見習いたいなどと思って
 しまったくらいだ。

 二人の様子を、また窺う。

 唯一の救いは雫が、和磨の気配に気付いていな事。
 
 余程恥ずかしかったのか、顔も真っ赤にしながら、ただひたす
 ら目の前の雑炊に集中し食べていた。

 隣りの和磨は相変わらずだ。

はあ・・・・・・

 またため息を吐く。



 一方、殺伐とした雰囲気を隠そうともしない和磨。

 今までにない不機嫌な気持ちを味わっていた。

 和磨の家族の話が出た途端、悲しげな顔になった雫。
 雫が言うように、和磨達の家族仲がいいのかどうかなど考え
 た事など今までない。

 親兄弟で啀み合う事などはなかったが、だからと言って仲が
 いいというのもどうなのか分からなかった。

 両親と兄弟はよく出かけているようだから、それに関しては仲
 がいいのだろうと思った。
 そこに自分が当て嵌るか、嵌らないかなどというのはどうでも
 いい事。

 和磨にとっては些細な事でしかなかった。

 しかし、雫にとっては違ったようだ。

 家族という物に餓えていた。
 本人は隠しているが、言葉の端々からその思いが感じられ
 る。
 雫にそんな辛そうな顔をさせる家族が腹立たしかった。

まあ、いい。
この家で生活するのだから、そんな顔をさせる家族の事など忘
れさせてしまえば何も問題はない。
これから先は俺の事だけを見ていればいい

 今は、家族のせいですっかり沈んでしまった雫の気持ちを違
 う方向へ変えようと思った時、雫の雑炊の椀の前に置かれた
 レンゲが目に入った。

 雑炊を掬い、少し冷ましてから俯いたままの雫に「雫、こっち
 を向け」と言った。
 余りにも近かった為に分からなかったのか、「口を開けろ」と
 言うと何の疑いもなく素直に口を開け雑炊を食べた。

 「美味しい・・・・」と自然と漏れた言葉と、零れた微笑みに、
 雫の心が家族から離れた事を知る。

やはり笑った方がいい

 時々零れるようになった笑みを、和磨は気に入っていた。
 
 和磨から与えられる食事を素直に受け入れる雫に、もう一度
 同じように与えたいと思い、空かさず目の前に雑炊を運ぶと、
 今度は何も言わずとも食べた。

 親鳥から餌を貰う雛のようなその姿に、楽しさがこみ上げて来
 た。
 いつの間にか忘れていたその気持ち。
 遠い昔を懐かしむ。
 
 なのに漆原の不用意な一言で、その行為があっさり中断とな
 ってしまった。

 口の前に持って行っても、自分で食べるからと言って、和磨
 の手からレンゲを取ってしまった。

折角の楽しみを

 漆原に視線を向けると、謝って来たが。


 
 そして雫は、ひたすら目の前の雑炊を食べていた。
 始めの二口まではとても美味しかった。
 しかし、今は味が分からなくなっている。
 和磨に食べさせて貰っていた事に気付いた途端、恥ずかしさ
 に頭に血が上り、味が分からなくなってしまったのだ。
 なんの違和感もなく、和磨の手で食べさせて貰っていた。
 
いい大人が、赤ちゃんみたいに食べさせて貰うなんて・・・・・

 穴があったら入りたいと思った。
 そんな事があったお陰で、黙々と食べる雫。
 いつもより多い量を食べている事に気付かなかった。

 兎に角3人が黙々と食事をしている時、「お通夜みたいね」と
 全く知らない声が聞こえて来た。

 見ると菊の柄の着物を着た、柔らかい笑みを浮かべた品あ
 る美しい女性が立っていた。
 そして、その横には和磨によく似た面差しの、年配の男性が。
 目つきが鋭く、何もかも見通すようなその眼差しは和磨と同じ
 物。

 この二人が和磨の両親だと直ぐに分かった。

 空かさず漆原が立ち上がり「お帰りなさいませ」と腰を折る。
 
「今戻った。 何か変わった事はなかったか?」

 幾分和磨より低い声。
 だが、和磨以上にその声には力があった。
 支配する者の声。
 畏怖が雫の体の中を走った。

「はい、先にご連絡した事以外は」

「・・・そうか」

 言って二人の視線が雫に向けられた。
 突然の和磨の両親の出現に動揺してしまう。
 しかし、ここは和磨の家族も住む家、居て当然の事。

 それに彼らにしてみれば、突然見ず知らずの者が家に居て
 食事をしている事の方が驚きだろうと思った。

 慌てて立ち上がる雫より先に漆原が紹介を始めた。
 やはり二人は和磨の両親だった。

 二人に挨拶をし、主がいない間にこの家に入った事を詫びた。
 和磨はこの家に住めばいいと言ってくれたが、やはり家長の
 意見は無視出来ない。
 出て行けと言われたら自分は潔く、この家から出て行こうと決
 めた。

 しかし和磨の両親は出て行けとは言わなかった。

 雫の礼儀正しい態度、控えめなその姿に幾分目つきが柔らか
 くなり「構わない、和磨が決めた事だ」と言ってくれた。

 母親の方も、和磨の父に賛成とばかりに頷いた。

 初めて漆原や和磨に出会った時も、何も聞かず雫を受け入
 れてくれた。

 そして今も和磨の両親は、得体の知れない自分を和磨の決
 めた事だからと言って、何も聞かず受け入れてくれた。

どうしてそんな事が出来るの?

 たった二日の間で受けた優しさは余りにも多すぎて、雫の中
 から溢れてしまう。

 そしてそれが涙となって零れた。





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