優しい鼓動
(22)









 抱かれたまま食堂へと運ばれた雫。

 食卓の上には既に食事の用意が。
 雫達が着替えている間に漆原が連絡し、用意させたのだろ
 う。

 椅子に座らされ、「飲め」と言われコップを持たされる。
 言われるがままに水を飲むと、和磨からのキスで何も考えら
 れなかった頭がハッキリとしていく。

 頭の中に和磨とのキスが蘇る。

2回もキス・・・・しちゃった・・・・

 思い出すと恥ずかしさがこみ上げてくる。

 チラッと隣りに座る和磨を盗み見るが、和磨は何事もなかっ
 たかのようにワインを飲んでいた。

 その姿が格好良く、思わず見惚れてしまった。
 視線を感じ、正面を向くとその席にはいつの間にか漆原が座
 っていた。
 雫の顔を見て微笑ましそうに笑っている。

あ・・・・・

 和磨に見惚れていたのを見られてしまった。
 カァッと顔が赤くなって行く。

 それだけではない。
 漆原には和磨とキスをしていた所を見られてしまったではな
 いか。
 雫が望んで受けたキスではないが、全く抵抗をしなかった。
 最後の方は何が何だか分からずいたが、和磨とのキスは
 とっても心地よかった。

 その、和磨からキスを受け、気持ちよさに意識を飛ばしてい
 た姿をしっかり見られてしまった。
 また顔が赤く染まる。

漆原さんには変なところばかり見られてしまって・・・・
・・・・・恥ずかしい・・

 顔を合わせるのが恥ずかしく、もうどうしていのか分からず、
 両手で頬を押さえ俯く。

「私の事なら置物だと思って、気にしないで下さい」

 かなり無理な事を言う。

置物といっても・・・・・

 北海道出身の雫。
 パッと思いついたのは『鮭を銜えた熊』の置物。

 確かに置物ではあるが・・・・・

 頭をブンブンと左右に振り、その画を消す。

 この美しい漆原に対し、一瞬でもそんな物と重ね合わせてし
 まうなんて。

僕はなんて失礼な事を・・・
漆原さんなら、以前テレビで見た高価な海外のお人形だよね。
真っ白でツルツルのホッペで、唇はふっくらとしてて綺麗な赤
い色だったな・・・

「どうしました?」

 初め首を振り、今度は頷く雫に漆原が聞いてくる。
 ハッと我に返る。
 漆原から見たら、今の仕草はかなり奇怪に見えたのでは。
 それに、一瞬でも熊の置物を想像してしまった事が後ろめた
 くて、慌てて「なんでもありません」と答えたが。

「そうですか。 では食事にしましょう」

「はい。 頂きます」

 手を合わせ軽く頭を下げる。
 頭を上げると漆原が驚いていた。

「あの・・・・ どうかしましたか?」

「あ・・・いえ・・ 今時そこまで丁寧に挨拶する人を見た事がない
ので」

「そうですか・・・・」

 言って少し雫の表情が暗くなる。
 何かマズイ事を言ってしまったようだ。

「良い事だと思いますよ。 磨梨花さんや勇磨さんにも是非見
習って頂きたいですね」

 初めて聞く名前。

「あの、その方達はどなたですか?」

「和磨さんのご兄弟です。 双子で現在高校生で寮に入ってい
らっしゃいます。 毎週末には必ずこちらに戻られますからお会
いする事になるでしょうね」

「・・・・・仲、良いんですね・・・・・・」

 週末には必ず戻る程なのだから。
 戻るたびに嫌みを言われる自分とは大きな違いだ。
 きっとなりたかった家族の図。
 それを間近で見る事になるのかと思うと、雫は辛かった。

 それに漆原は『見習って欲しい』と言っていたが、彼の思う「頂
 きます」という言葉の意味が違う。

 『食べさせて貰えるだけ有り難いと思え』と父親に言われた言
 葉。

本当にそうだと思う

 だからその言葉は雫にとっては『食べさせて頂いてありがとう
 ございます』という意味。

 漆原は何も悪くないのだ。
 逆に気を遣わせてしまって申し訳ないくらい。

 食堂に沈黙が。
 
 それを破ったのは「雫、こっちを向け」という和磨の言葉。

 慌てて横を向くと何かが目の前に。

なに?

 それを理解する前に「口を開けろ」と言われ素直に開ける。
 するとその口の中に金属のような物が入って来て何かを置き
 出ていく。

「食べろ」

 言われるがまま咀嚼する。
 口の中にほんのり出汁の香り。
 柔らかい米の歯ごたえと様々な野菜の味。

 雑炊のようだ。

「美味しい・・・・」

 思わず口元が綻んでいた。
 そしてまたすかさずそれが目の前に差し出される。
 何の迷いもなくパクリ。

 昨日食べた中華粥も美味しかったが、鰹の出汁のきいたこの
 雑炊の方が何倍も美味しかった。

「美味しいですか?」

 漆原に聞かれ頷く。

「それはよかった。 体の弱っている時には雑炊が一番です。
野菜も沢山入って栄養もありますし、胃腸にも負担がかからない
ですから。 それに初江さんの雑炊は料亭で出す物より美味しい
んですよ」

「こんなに美味しい雑炊初めて食べました」

「ですよね。 私もお酒を飲み過ぎた時に頂くんです」

「昨日食べたオムライスも、本当に美味しかったです」

 この美味しさをどう表現したらいいのか分からないが、本当に
 美味しい。

「物を食べて旨いと思えるなら大丈夫だ」

 その言葉にハッとなる。
 今までの食事はただ栄養を取るだけの物。
 体を動かす為だけにとっていた。
 
 宗之に高級レストランに連れていかれた時にも、心の底から
 美味しいとは思わなかった。
 味覚はちゃんとあったのに。

 なのに昨日も、今日も美味しいと思った。
 
「不思議・・・・」

 思わず口から出ていた。

「今は何も考えず、ゆっくり休みましょう」

「・・・・・はい」

 優しい言葉。
 二人の心が温かい。
 何も聞かず受け入れてくれた人達。
 少しずつ前に進んで行こうと思った。

「でも、今美味しいと思ったのは和磨さんが食べさせてくれたか
らだと思いますよ」

 漆原がニッコリと微笑みながら衝撃の一言を告げた。





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