優しい鼓動
(20)









知りたい・・・・

 でも知るのが怖い。
 もし和磨が着替えさせたと言ったら、一体自分はどうしたら
 いいのだろう。
 頭の中がグルグルしている。
 そんな雫に二人が足を止めた。

「・・・・・何かあったか」

 和磨に聞かれたが、やはり聞く事が出来ない。

どうしよう・・・・・どうしよう・・・・・

 すると俯いたままで何も喋らない雫に対し、和磨が雫の顎
 を取り強引に顔を上げられた。

 和磨と目が合う。
 雫とは違い表情の変わらない和磨を見て、着替えさせてくれ
 たのは違う人物なのではと希望が湧く。
 恥ずかしいが勇気を出し、聞く事に決めた。

 大きく深呼吸をする。

 しかし、いざ聞こうとすると声が出てこない。
 声を出そう出そうと思う程焦ってしまって上手くいかない。

 情けなくて涙が浮かんでくる。
 すると滲んだ視界に和磨の顔が近づいてくるのが分かる。

 何も言わない自分に焦れたのだろうか?
 和磨は優しいから励まそうとしてくれているのだろうかと思
 い・・・・・

 本当のところは和磨が雫に欲情し、キスしようとしていたの
 だが、当の本人はそんな事に気付く筈もなく・・・・・

 勝手に思いこみ勇気づけられた雫。
 もう一度深呼吸し「あの・・・聞きたい事が・・・」と
 
 近づいて来た顔が止まる。
 何だか苦笑しているのは気のせいだろうか。

 滲んだ目元を手で擦ろうとするとが「擦るな、傷になる」と
 それを止められ指で優しく拭われた。
 
「何が聞きたい」

 端正な和磨の顔が余りにも近すぎて、離れようとするが、両
 手で頬を包み込まれ視線を反らす事が出来ない。
 強い視線を向けられ、恥ずかしくて顔が赤くなり直ぐに青くな
 る。

『早く言わないと怒られる』

 咄嗟にそう思ってしまった。

 まだ和磨とは一日しか過ごしていないが、雫に対し暴力など
 絶対に振るう人ではないと思った。
 冷たく射抜くようなその瞳。
 そこにいるだけで感じる威圧感。
 畏怖を感じた。

 だがそれは一瞬の事。
 今の和磨は見た目では全く分からないのだが、常に優しい
 眼差しを向けてくれているのを感じる。
 そして触れて来る手も。

 なのに雫は一瞬ではあるが、怒られると思ってしまった。
 そんな風に思ってしまった自分が恥ずかしかった。
 
 だが、そうなってしまった理由を知れば仕方ない事だと思う
 だろう。
 
 家族と暮らしていた時、彼らは雫が何か言うのを嫌った。
 聞きたい事があり、少しでも間があけば『遅い!』と言って怒
 鳴られた。
 常に蔑まれた視線。

 その事が身に付いてしまっているのだから。

 成長し怒鳴られる事を恐れ、聞く事をしなくなったので、その
 事に関しては怒鳴られる事も無くなったが。

 和磨は急かす事も怒鳴る事もせず、ただ雫が話すのを待っ
 ていた。

 本当に和磨は優しいと思う。
 一言を聞くのに、こんなに時間をかけている自分に苛立つ
 ことなく待ってくれている。

今までこんなに優しくされた事なかった・・・・

 誰もが温かい。
 ここに居れば臆病な自分が変われる気がする。
 その為の第一歩として思った言葉を口にした。

「あの・・・・、僕の服は誰が・・・・・」

 勇気を出したのに、結局これしか言えなかった。
 人間直ぐには変われない事を実感して落ち込む。

 そんな雫を余所に和磨があっさりと「俺だ」と告げた。

 その言葉に、治まっていた羞恥が一気にこみ上げ顔に出
 る。

 違うと、別な者が着替えさせたと言って欲しかったのに。
 先程とは違う意味で情けなく、涙が浮かんできた。

「・・・・・何を泣く」

 突然泣き出した雫に戸惑っているのが分かる。
 困らせるつもりなど全くないのに涙が止まらない。

こんな体を見られたなんて・・・・・

 和磨とは全く違う、ガリガリに痩せた体を見られた事がショッ
 クだった。

同じ男なのに・・・・・・

 ハラハラと涙を零す。
 
 理由など当然和磨に分かる筈もない。
 そんな和磨に救いを差し伸べたのが、二人の後ろにいた漆
 原だった。

「雫さんは、和磨さんに着替えさせて貰った事が恥ずかしかっ
たのではないでしょうか?」

 その言葉に「そうなのか?」と聞かれ、微かに頷いた。
 
「何故俺がいるのに、お前の肌を他の者に晒さなくてはなくて
はいけない?」

え?

 意味が良く分からない。

「お前の肌を今もこの先も漆原や他の者に見せる気はない。 
それが肉親であっても。 憶えておけ」

 言葉は分かるが、やはり意味が分からず救いを求めるよう
 漆原を見る。

 縋るような眼を向けられた漆原は、ニコニコしながら「和磨さ
 んが妬くそうです」と。

妬く?
一体どうして?
こんな貧弱な体なんて誰も見ないし、見たくないと思うけど
 
 漆原のように美しく、肌も艶やかな者であれば同じ男だとして
 も見てみたいと思うかも知れないが・・・・・

 自分の容姿など気にした事などない雫。
 兄達に言わせれば、美しい母に容姿は似ていると言われた。
 それが褒め言葉だったのかどうかは今いち分からない。
 母に似ているのであれば、それ程酷い顔ではないと思うのだ
 が。

 性格を表す美しく儚い容貌のせいで、宗之に眼をつけられた
 というのに。
 「儚げで美人」と言われたが、人より少しはマシぐらいにしか
 とっていなかった。

 鏡を見るたびに、色白で男らしくない顔。
 暗く覇気もない、嫌いな顔だと思っていたのだ。
 
 そんな自分に対して、この和磨が一体何を妬くというのだろ
 う。

 涙で滲む視界を必死に懲らしながら見る。
 流れる涙を和磨が優しく拭っていてくれるが追いつかない。

 すると目の前が急に暗くなる。
 「えっ?」と思った時には、目尻に温かく柔らかい物が触れ
 た。

 くすぐったいと身を竦めると和磨に「動くな」と言われ。
 今度は反対側にも同じように。

「お前の涙は甘いな・・・・」

 その温かく柔らかい物が和磨の唇だと気付く。
 目元からその温かさが伝わり、頬が赤く染まる。

「あ・・・・の・・・・・・」

 雫を見詰める眼が少し眇められ、今度は唇に触れてきた。

「お前をこういう意味で気に入っているという事だ。 お前の体
を見るのは俺だけでいい。 分かったな」
 
 それがキスだという事が理解できた瞬間、口を両手で覆い
 全身を真っ赤に染めた。





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