優しい鼓動
(16)









「いや―――――――――!」

 『ごめんなさい』『僕のせいでごめんなさい』『逃げ出してごめ
 んなさい』

 その場に泣き崩れる。
 謝っても命の灯火が消えてしまった彼らが動く事はない。

 息が出来ない。
 心が壊れてしまいそうだ。

助けて・・・・・・助けて・・・・・

・・・・・く・・・。 しず・・・・・ませ・・・雫・・・・・・

 遠くの方で雫の名を呼ぶ声が。
 
・・・・・・だれ?

「雫、目を覚ませ・・・」

 今度はかなり近い場所で呼ばれる。
 家族でも、宗之でもない。

 力強く深みのある声。
 つい最近聞いた事ある声。
 苦しさがほんの少し治まる。
 そして冷たい物が体の中に流れ込んでくる。
 
なに・・・・・?

 同時に心地よい風が体の中に入ってくる。
 いつの間にか暗闇から脱出していた。
 目の前に血を流し倒れていた家族の姿も、強い力で腕を
 掴んでいた宗之の姿も消えていた。

 雫は光の中に佇んでいた。

 また体の中に冷たく心地よい物が流れ込んでくる。
 
・・・・・水?

 思うと急に喉が渇いて来た。
 『もっと欲しい』と思っているとまた水が流れ込んできた。

 それが数度繰り返される。
 息苦しさが取れていく。

「はぁ・・・・・」

 大きく息を吐くと今度は唇から温かさが流れ込んでくる。

気持ちいい・・・・・

 その温かさが何かは分からないが雫を落ち着かせた。

「俺がいる・・・・・。 何も心配するな」

 その言葉と共に体が温かな物に包まれる。
 冷えていた体が温まっていく。
 その温かさをもっと感じたいと手を伸ばす。
 するとその手に何かが触れた。
 手に触れた物にしがみつく。

 また息苦しさに襲われるが、今度は心地よい苦しさ。
 悪夢から解放された雫の意識が眠りから覚め始める。
 
「雫・・・・・・」

 耳元で囁かれる声に重たい瞼を懸命に開ける。
 意識はボンヤリとしたままだったが、目の前に見えた和磨
 の顔に安堵し、大きく息を吐く。

「あぁ・・・・・・・」

 言葉にならない声に、和磨が「何も言わなくていい」と。
 自分が和磨に抱きしめられている事に、和磨の首に縋り付
 いている事は分かるのだが理解出来ていない状態。

 背中に回された腕が、髪の毛を撫でる優しい手が雫の心を
 体を温めてくれた。
 声が闇から救ってくれた。

 自分を救い出してくれた存在を確認する為にしがみついた
 手に力を込める。
 
「側にいる」

 その言葉と共に、雫を抱きしめる腕に力が込められた。
 そう、和磨がいてくれるのだからもう悪夢を見る事はないだ
 ろうと思った。

 和磨の声が聞こえたと同時に闇が消えたのだ。
 心と体が温かくなった為に睡魔が訪れる。

 それが分かったのか「ゆっくり眠れ・・・・」と優しい声が掛け
 られる。

ありがとう・・・・ございます・・・・

 眠りに落ちる前に心の中でそうつぶやいた。
 



 穏やかな顔で眠る雫を見て和磨も安堵する。

 漆原が雫を部屋に送り戻って来た。
 「落ち着いてるようです」との言葉を聞き、明日から一週間
 の予定の確認をする。
 
 急ぎの物や、重要な予定はないと言われ、そして両親がい
 つ帰って来るのかを確認する。

 今まで和磨のやる事に口出しする事のなかった彼ら。
 雫をここに住まわせる事にしたと決めても、やはり反対する
 事はないだろう。
 ただ彼らが帰って来た時に驚かせないよう、事前に話さな
 くてはいけないと思い、漆原に確認したのだ。

 それとは別に、今は家を出ている妹と、高校の寮に入ってい
 る双子の弟妹の存在。

 妹の美咲は語学留学の為、現在はイタリアにいる。
 イタリアにいるからといって、日本での出来事に疎い訳では
 ない。
 
 弟の勇磨と磨梨花は同じ都内。

 週に数度、遣り取りがある。
 そして、こちらで何か変化があれば直ぐに報告が行ってい
 る。

 既に雫の事も報告が行っている筈。

 となると確実に動きがある。
 数日中には3人共帰って来るだろう。
 
 それらの話を終え、和磨も自室へと戻った。
 隣りの部屋は物音一つしない。
 大分疲れていたようだからグッスリ寝ているのだろう。

 和磨は部屋のシャワーで軽く汗を流す。
 部屋の中は暖房で温まっており、バスローブで水分を取っ
 た後脱ぎ、そのままベッドへ。
 漆原に渡された書類に目を通していた。

 清風会内部、その他の組に不穏な動きはないか、それらを
 調べた報告書。
 和磨が代表になっている会社の報告書に書類。

 どの位時間がたったのだろう。
 ふと耳に何かが入ってきた。

・・・・・なんだ?

 怒鳴り声や喧噪など危険を感じるものではない。
 その為に直ぐには分からなかったようだ。

 耳を澄ます。
 その声は隣りの雫の部屋からだ。

 全ての部屋は防音で、余程の事がない限りは分からない。
 これが出入りや殺気ならば直ぐさま分かるのだが。
 他の者なら気付かないだろう微かな気配。

 ガウンを羽織り雫の部屋へ。
 ドアを開けると部屋の中は真っ暗。

「・・・・雫」

 声を掛けるが返事はない。
 気のせいかと思うと『ごめんなさい・・・。 ごめんなさい』と
 涙声で謝る声が。

 「雫」と声を掛け電気を付ける。

 足を一歩踏み入れると「いや―――――――――!」と悲
 痛な叫び声が上がった。






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