優しい鼓動
(15)










 暗くなった部屋の中。
 一人になった雫は今日を振り返る。

本当にいろいろな事があったな・・・・・

 朝一番の飛行機に乗って東京に出て来た。
 そして和磨達に会った。
 この出会いに感謝した。

 彼らはやくざではあるが穏やかで、心の優しい人達だと思
 った。
 雫の思い描いていたイメージとは全く違う。

 彼らは皆親切で礼儀正しく、人の心を気遣う優しい心を持っ
 ている。
 今まで雫の周りにはそういう者たちはいなかった。
 始めての優しさに触れ、どうしたらいいのか分からず戸惑っ
 た。
 もしかしたら今までと、あの宗之と同様表面上なのかとも思
 ったが、彼らからは宗之といた時に感じられた嫌悪感は感
 じられなかった。
 本当に親切心で雫に対応してくれている事が分かった。
 
 家族からも嫌われ、誰からも必要とされなかった自分。
 『欠陥品』『厄介者』『不要物』と思っていた。

 楽しいという事が分からず、笑い方も分からなかった自分
 に対し、彼らはそれをこの一日で教えてくれた。
 
ちゃんと笑えたかな・・・・・

 声を出して笑う事はなかったが、微笑む事は出来ていた。
 意識していなかった為に雫は気付いていなかったが。
 柔らかな笑みを浮かべ、その笑みに魅了された者がいた事
 を雫は気付いていなかった。

 今日一日が楽しかっただけに、不安も出てくる。
 電気を消され、暗くなった部屋の天井を見詰める。



 故郷を、家族を捨てて来てしまった。

 どんなに嫌われていても、憎まれていても彼らは血の繋が
 った家族。
 その家族に憎まれるのはとても辛い事。
 でも自分が、少しでも彼らの役に立てばと持っていた。

今は憎まれていても、何時かきっと報われる筈・・・・

 そう思っていたし、信じていた。
 なのに彼らは雫を借金返済の為にと宗之に売ったのだ。
 
 ショックだった。
 目の前が真っ暗になった。

 悲しい事、辛い事、寂しい事が沢山あった。
 それもいつの間にか感じなくなっている自分がいた。

 だが今回の事で、その忘れていた心が表へと現れた。
 それと同時に『仕方ないのかな・・・・・』という諦めの心も。

 自分が宗之の元へ行けば、莫大な借金もなんとかなるの
 だ。
 そうすれば皆の暮らしが楽になる。
 きっと心に余裕が出来て幸せになる事が出来るだろう。
 そう一瞬思ったのだが、やはり我慢が出来なかった。
 
 宗之に、少しでも雫に対する愛情があれば違ったのかもし
 れない。
 なのに彼は『愛情など全くない、自分の容姿につり合う綺
 麗な人形』と言った。
 人として認められなかった自分は、一体どうしたらいいの
 か。
 
 いくら自分が人から、家族から必要とされていないとしても
 人という自分を否定する者の側にどうして居る事ができよ
 う。

僕にはちゃんと心がある

 今まで辛い思いをして来た。
 なのにこれ以上そんな思いをしたら、自分は一体どうなるの
 だろう。

本当に心が壊れてしまう

 そうならない為にも、ここから逃げようと決めたのだ。
 そして逃げて来た。

 でもこうしてゆっくり考えると心配になる。
 自分が逃げ出した事で、家族が、牧場がどうなってしまうの
 か。
 プライドの高い宗之は激怒するだろう。
 そうなると融資の話も当然取り消される筈。

でももう帰れない・・・・

 そう考えているうちに眠りについた。



 暗闇の中に佇む雫。

ここは・・・・・・

 目の前に母が現れる。
 母は顔を両手で覆い泣いていた。

『お母さん、どうしたんですか。 何故、何が悲しいんですか』

 母に近づこうとするとそれを遮るように父が目の前に現れ
 た。
 険しい顔で雫を睨みつけている。

『・・・・・お父さん』

『今まで育ててやったのに、お前という奴は!』

 余りの剣幕に後ずさる雫。
 背中に衝撃が。
 振り向くと長兄晴彦が。

『恥知らず、恩知らずとはお前の事だ』

 憎しみの篭もった目で、吐き捨てる様に言う。
 彼から逃げようとすると、今度は上の兄仁志が鬼の様な形
 相で現れた。

『お前さえ生まれて来なければ俺達は幸せに暮らせたんだ!
お前が生まれたせいで、母さんが何度も怪我をして危ない目
に遭ったんだ。 お前が生まれてきたせいで、牧場経営も上
手くいかなくなったんだ。 この疫病神! 何もかもお前のせ
いだ!』

『そんな・・・・』

 違うと顔を振る。

『少しは役に立つかと思ったのに』

『お前が逃げたせいで俺達はお終いだ!』

『死んでしまえ!』

『雫、どうして逃げてしまったの・・・・・』

 体から血の気が引いて行く。
 耐えられない。

 その場から彼らから逃げようと背中を向けるが直ぐに腕を
 捕えられた。
 
『痛っ!』

 掴んだその手の先を見ると宗之が立っていた。
 激しい怒りを表す顔に怯える。
 掴まれた腕が更に痛みを増す。

『こんな屈辱を受けたのは初めてですよ。 まさか逃げられ
るとはね・・・・・』

 ガタガタと自然に震え出す。

『可哀想に・・・・。 あなたが逃げ出したせいで、牧場は潰れ
、彼らは死んでしまったんですよ』

 言って指さす。
 その先を見ると皆が血を流し倒れていた。

『ほらね。 あなたのせいです』

 死んでしまった。
 自分が逃げ出したせいで、みんなが・・・・・・

「いや―――――――――!」

 有らん限りの声で叫んだ。 





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