優しい鼓動
(14)









 用意された着替えに身を通し、和磨に言われた通りリビング
 へ向かう。

 和磨が雫の為に選んだ物はどれも肌触りがいい。
 下着もそうだが、用意されたパジャマは今まで触れた事もな
 いシルク。
 サラサラとしていてとても気持ちいい。
 それらと一緒にガウンも置かれていた。

 当然ガウンも着るのも初めてで、どうしようか迷ったが、用意
 されているなら着たほうがいいだろうと袖に手を通す。

 鏡に写る自分の姿に違和感はあったが、考えても仕方ない
 のでそのまま脱衣所を後にする。

 外から聞こえてくる虫の声。
 その他には雫の足音。

 その静けさに、ここは本当に東京なのかと疑ってしまう程。

 表の家屋に行けば、清風会の大勢の人がいて少し騒がしい
 のだと分かるが、ここ奥の屋敷には神崎の者のみ。

 今は和磨・漆原・家政婦、そして自分だけ。
 どうやら他の家族は出かけていていないらしい。
 このメンバーでは当然騒がしくある筈もなく。

 庭を見るとライトアップされていている紅葉が幻想的だ。

「綺麗・・・・」

 もう少し見ていたかったが、和磨達が待っている。
 自分は居候の身。
 急いで和磨達の居るリビングへ向かう。

 扉は開いており、そのまま入って行けるのだがそれでは失
 礼かと思い開けられた扉を「コンコン」とノックする。

「何をしている、早く入れ」

 急かされ慌てて入る。
 ソファーに座っていた和磨が雫の姿を見、目を眇める。
 その艶のある視線にドキッとなり、視線に耐えきれず俯く。

 湯上がりの色づいた雫の肌が更に色づく。

 ソファーから立ち上がり、和磨が近づいてくる。
 
「風邪を引く」

 言って雫の手からタオルを取りそれをそっと頭に置き、何も
 言わず丁寧な手つきで拭き始める。

「自分で」

 手を頭にもっていくが「黙っていろ」と制止されそのまま大
 人しく拭かれる事に。

 和磨の大きな手は以外にも繊細で、優しくて思わずウットリ
 してしまう。
 気持ちよくて知らぬ間に目を閉じていた。

 その顔を和磨がジッと見ていた事を雫は知らない。
 
 拭き終わったのか和磨の手が止まり我に返る。
 心地よさに身を任せていた事に対し羞恥する。 
 
 そして頭からタオルが取り除かれ、漆原に「ドライヤー」と一
 言。
 和磨は雫の手を取りソファーまで連れて行き、毛足の長い
 絨毯の上に大きめのクッションを置き、その上に雫を座らせ
 た。
 和磨は後ろ回り込みソファーへと腰を下ろすと漆原がドライ
 ヤーを持ってきて和磨に手渡す。

え?

 頭を拭いた時同様、和磨がドライヤーをかけるというのか。
 それくらいは自分で出来るし、しなくてはいけない。

「あの・・・・」

「大人しくしていろ」

 有無を言わせぬ口調に黙る。
 そして大人しく和磨に髪の毛を乾かしてもらう。

誰かに髪を乾かしてもらうなんて・・・・・

 髪が伸びれば切りに行く。
 しかし少しでも美容院代を浮かせようと、切りに行くのは半
 年に一度。
 そこではカットのみしてもらうだけ。
 別料金を出せばシャンプーもしてくれるのだが、安く上げる
 為にカット以外した事がない。

 髪の毛を洗わないのだから、当然ドライヤーで髪を乾かして
 貰う事もない。
 
 そういえば、家族と暮らしていた幼い頃でも誰かに髪の毛を
 乾かして貰った記憶もない。
 自分の事は自分で、そして家族の事も雫がしていた。

 だから人の手がこんなに優しくて心地よいものだとは知ら
 なくて。
 でも何だか子供みたいで、くすぐったかった。
 嬉しくて、そして恥ずかしかった。

 何時の間にか漆原の姿が消えていた。

 暫くして髪の毛が乾いたのかドライヤーの音が止まる。
 それと同時にソファーへと引き上げられ、和磨の隣りへと座
 らされた。
 
なんだか子供になったみたい

 隣りにいる和磨を見詰める。
 子供の頃して欲しかった事を和磨が自然に、一つ一つ叶え
 てくれている。

こんな素敵な人に出会えた事を感謝します・・・・
引き合わせてくれた漆原さんにも・・・

 そう思っていると、姿を消していた漆原が手にお盆を持って
 戻って来て雫の前に置く。

「薬が届きましたから飲んで、今日はもう休んでください」

 そこには薬袋が置かれていた。
 
「あ、はい」

 言って手に取り薬を取り出し飲む。
 
 そうだ、それでなくとも喉の調子が悪いのだ。
 ここで体調を悪化させる訳にはいかない。
 すでに彼らには迷惑を掛けっぱなしなのだから。
 
「ではお部屋へ行きましょう」

「はい」

 立ち上がり和磨に向かって「お休みなさい」と言いリビングを
 後にした。

 宛われた部屋に戻ると暖かく、空調をつけていると乾燥する
 からと加湿器が取り付けられていた。
  
 寝る時にもエアコンなどつけて寝たことがない。
 加湿器に至っては持っている筈もなく。
 勿体ないと思いそれらを消そうとすると漆原に止められてし
 まった。

 それらを消すなと和磨からキツく言われていると言われてし
 まえば当然止める訳にもいかず。

 エアコンのリモコンは漆原の手の中だ。
 諦めるしかない。

「さ、体が冷えますから早くベッドへ」

 急かされて布団の中へと入る。
 今まで使っていた物とは全く違い、それはとても軽く暖かか
 った。

「ゆっくり休んでくださいね。 お休みなさい」

 電気を消される。

「お休みなさい」

 出て行こうとする漆原を止め「ありがとうございます」と心を込
 めて伝えた。

 その言葉には特に何も言わず、もう一度優しく「お休みなさ
 い」と返事が返って来た。





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