優しい鼓動
(13)









「一週間、全ての予定はキャンセルしろ」

 雫を浴室まで案内し、リビングに向かう途中和磨が漆原に
 指示を出す。

 それに対し「分かりました」と返事をする。
 既に和磨の予定は全て変更済み。
 だが漆原は余計な事は言わない。

 和磨自身、漆原が既にそうしている事を知っている。
 この片腕は、和磨が何かを言う前に察し行動する。

 中性的な容姿。
 華奢な体型。
 パッと見とても物静かで繊細に見えるのだが、視線は鋭
 く、内に凶暴性を秘めている。

 その華奢な体から繰り出される蹴りは大の大人を吹き飛ば
 す。
 繰り出される拳で相手の顎を砕く。
 普段はその凶暴性は身を潜めてはいるが。

 この漆原も何処か人に対して壁を作っている。
 和磨自身は意図的ではなく自然に。
 だが漆原は意図的にしている。
 その理由は以前聞いて知っている。

 心を許す者は数少なく、神崎の者と澤部と後数名。
 神崎を除いては全て相手の方から近づき、それなりの時を
 経て受け入れさせていったと。
 自分から聞いた訳ではなく、澤部が勝手に話して来たの
 だ。
 
 唯一の例外は今日突然現れた雫。

 あれ程までに誰かを気遣う漆原を知らない。
 自分から誰かを連れ、和磨の許しもなく勝手に引き合わせ
 るなどという事は一度もなかった。
 
 勝手な事をした漆原と、隣りで俯き佇んでいる雫を見て苛
 立ちを感じた。
 和磨の顔を見て漆原もそれを感じた筈。
 なのに漆原は笑みを浮かべていた。
 普段は考えられない漆原の行動を訝しむ。

 漆原に促され顔上げた雫。

 自分の置かれている状況が上手く把握できていないのか
 それとも和磨に対してなのか分からないが怯えていた。
 しかしその瞳は静寂で、和磨の中にある闇が浄化される
 のを感じた。
 
 息苦しさがスッと引いていくそんな感じが。

 和磨は年に数回那須にカイザーを連れ牧場を駆け回る。
 その時の大自然を雫に感じた。
 穏やかな自然を。
 
これが必要だ

 直ぐさま感じた。

 それが分かっていて連れて来たのだろう。
 そして漆原自身もこの者が必要だと。

 話をして直ぐに分かった事。
 何かから逃げて来たという事。
 それに対し怯えているという事も。
 直ぐさま手元に置く事を決めた。
 漆原も分かっていたようだ。

 違う意味ではあるが漆原も和磨にとっては必要な者であ
 った。


 リビングに戻った二人。
 漆原は和磨に飲み物の用意をする。
 酒の用意をし始めたが和磨に止められ紅茶の用意をする。

 気管の弱っている雫に酒の匂いは辛いだろうという配慮
 で。
 屋敷全体の空気清浄機がフル稼働している状態。
 和磨達が出かけている間に取り付け工事されたのだ。

 兎に角徹底していた。

 普段の自分からは考えられない行為。
 だが雫に関しては妥協出来ない。
 
 和磨は優雅にお茶を飲む。
 漆原は和磨の前のソファーに座りこれからの事を話してい
 く。

「現在澤部が雫さんの身元調査をおこなっています。 明日
にはご報告出来るかとおもいます。 それと、暫くの間カイザ
ー達の世話をして頂こうかと。 慣れない土地という事もあり
ますが精神的に不安定な状態のようですから、慣れ親しん
だ馬達との交流は雫さんの精神状態を安定させるかと思い
ますので」

「それでいい。 カイザー達も雫に懐いている」

「はい、気むずかしいカイザーも神経質なファレスも雫さんに
は自ら近づいていますし。 世話の者達には一安心なので
は?」

 言って笑う。
 2頭の馬はそれ程までに扱いづらいのだ。
 食事も和磨以外からは受け付けないし、掃除しようとしても
 自分達がいる間は馬房にも近づけない。

 和磨が2頭を馬場に離している間に掃除するという、徹底
 的な人嫌い。
 和磨が居ない場合は仕方ないと思っているのか他の者か
 らの食事をするが、圧倒的に量が少ない。
 馬房にしても、彼らに近づく事は出来ないので、普段は使
 わない馬房自体の扉を閉めるという状態。

 手に負えない時には漆原か澤部が食事を与えたり馬房を
 閉めるのだ。
 二人が和磨と常にいる者だと分かっているからなのか、他
 の者たちよりはマシな2頭。
 
 その2頭が無条件で雫に寄って、鼻面をつけたのだ。
 親愛の印。

 そして彼らの体調不良を感じ直ぐさま処置してくれた。
 それが彼らにとって決めてとなったようだ。
 雫自身も2頭を気に入っている。

「明日はどうなさいますか?」

 紅茶を飲む手が止まる。

「そうだな・・・・・。 明日は何もしない。 雫も疲れているだ
ろうから屋敷でゆっくりしよう」

「分かりました」

 一通り話しが終わるとタイミング良く内線が鳴る。

「はい・・・・ 分かった、今取りに行く」

 漆原が受け答えをし切る。

「雫さんの薬が届いたので受け取りに行って来ます」

 漆原が部屋を出て行く。
 手を伸ばしテーブルに置かれたカップを手に取り紅茶を飲
 む。
 
 一週間で何処まで雫が落ち着くか分からないが、その間
 は常に側に置いておこう。

 明日になれば雫の事も分かると漆原は言う。
 調査にあたっているのが澤部なら漆原が言う事も確実。
 それだけこの二人は優秀なのだ。

 そう思い、冷めた紅茶を飲み干す和磨だった。
 





 
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