優しい鼓動
(12)









 ピチャン・・・・・

 広くゆったりとした浴槽に浸かる雫。
 漆原が疲れが取れるようにとラベンダーの入浴剤を入れて
 くれたのだ。
 綺麗な紫色の湯を掬い上げる。

 紫色の湯が雫の白い肌を流れ落ちていく。
 ラベンダーの香りがより強くなる。
 体の中が落ち着いていく。

「ふぅ・・・・・」

 小さく息を吐く。
 
 たった一日で色々な出来事が起こった。
 めまぐるしい変化に思考がなかなかついて行かず、流され
 るまま。

 ここにきて漸く落ち着いて今日を振り返る事が出来た。

 今日初めて会った人々。
 皆がそれぞれ優しく暖かくて、疲れていた心と体がほん
 の少しではあるが癒された。

 疲れた毎日を送っていたため全てが癒されるまで、時間
 がかかるだろう。

 しかし、それは思った以上に早くやってきそうだと思った。

 リビングで和磨の腕に抱かれた時、心から安心出来た。
 この腕の中にいれば、何も考える事なく穏やかな気持ちで
 いられる事に気付いた。
 自分から身を寄せ頼り切っていた。

 抱擁は長くはなかったと思う。

 その時の事を思い出すと恥ずかしくなり口元まで湯船に浸
 かった。



 「コンコン」と叩く音。
 その音に我に返る。
 すっかり和磨に身を委ねていた自分。
 同じ男であるのに、まるで守られるかのように和磨に抱き
 しめられて安堵してしまうなんて。

 慌てて和磨の腕の中から身を離す。

 和磨も引き止める事なく雫を離した。

 同時に一ノ瀬医師を玄関まで見送りに行っていた漆原が
 姿を現す。
 
 顔を赤くした雫を少し訝しく思いながらも特に顔に出す事は
 なかった。

 部屋の用意が調ったと言われ、三人で移動。
 
「ここが雫さんのお部屋です。 隣りが和磨さんのお部屋に
なっています」

 言って雫の部屋のドアを開ける。

「あ・・・・・」

 開けられたドアの中には、先に購入した家具が全て配置さ
 れていた。
 壁はオフホワイト。
 カーテンやベットカバー等は薄い緑色で統一されていた。
 そして観葉植物が置かれている。
 購入した服は全てクローゼットの中に仕舞われていた。

 大自然の中で育った雫にとって、緑は心を落ち着ける。
 色だけでなく、そこにある観葉植物も。

 事実今まで雫が暮らしていた部屋の中も、心が落ち着くよ
 うにと緑で統一されていた。
 雫の心を読んだかのような部屋の作りになっている。

 本当にビックリして。
 振り返り漆原を見る。
 漆原はただ微笑むだけ。

 漆原は自分の事を知っているのか?
 そんな風に思ってしまう。

 漆原のような、冷たい印象はあるが整った容貌の持ち主
 であれば、一度会えば忘れる事はない。
 記憶にないという事は、やはり今日が初めてに違いない。

 それに雫の事を調べるにしたとしても、今日のこの短い時
 間ではそれも無理な筈。

 雫自身自分の事は殆ど彼らには話していない。
 教えたのは自分の名前と馬が好きという事だけ。 
 
 これだけでは雫の身元を調べようもない筈。

 じっと見詰めていると「どうかしましたか?」と漆原に声をか
 けられる。

「・・・いえ・・・なんでもありません」

 そうですかと言われ、今日は疲れただろうからと風呂場に
 案内された。

 風呂から出たらリビングに来るようにと一緒に来た和磨
 に言われた。

 二人が居なくなった後、雫は服を脱ぎ中に入って行った。



 和磨達の事を考えていると脱衣所から漆原の声が。

「着替えをこちらに置いておきます」

 口元まで浸かっていたので、慌てて胸元まで湯船から出
 る。
 急に動いた為と、少し湯あたりしていたせいで直ぐには声
 が出ない。

 「ザバッ」という音がしたのに返事が聞こえない。
 何かあったのかと再度声を掛けると弱々しい声で「分かり
 ました」との返事が。

「大丈夫ですか?」

「あ、はいすみません。 ちょっと湯あたりしたみたいで。 も
う出ます」

 返事があった事に安心し、その場を離れる。
 湯あたりしたと言ったが、返事が出来るのなら大丈夫と確
 信して。

 湯あたりした雫の為に、冷たい飲み物を用意すべく漆原は
 キッチンへと向かった。

 少しのぼせてしまった。
 出る前に少し温めの湯を体にかける。
 こんな所で倒れるわけにはいかない。

これ以上迷惑はかけられない・・・・・

 脱衣所で体についた水滴を丁寧に拭う。
 毛足の長いタオルの肌触りは優しく、雫の肌から水滴を
 確実に吸収していく。
 温まった為にほんのりピンクになった肌が艶めかしい。

 全てをぬぐい去った後、漆原が用意した着替えに手を伸
 ばす。

 シルクのパジャマ。
 これも買い物に出た時に購入した物。
 そして下着に手を伸ばすが触れる前に止まる。

 この下着も和磨が選んだ事を思い出す。
 他人に、しかも和磨に見られた下着。

 抱きついた事以上に恥ずかしく、持っていたタオルで顔を
 隠す。
 全身が羞恥の為に赤く染まっていた。

どうしよう・・・・・

 見られた下着を着けるのも恥ずかしく。
 それを着けているのだと知られるのも恥ずかしい。
 しかしこの家にある雫の物全てが和磨が選んだ物。
 雫が持ち込んだ衣類は今日着て来た物のみ。

 まさか同じ物を着る訳にはいかない。
 それにその衣類は脱衣所から消えている。
 着る物はこれしかない。

 覚悟を決めそれらを身につけた。




 
 
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