優しい鼓動
(10)









 買い物、食事を終えた雫達は神崎本家へと戻った。

 行く時同様、門を入ると清風会の者達が並んで待っており
 車から降りると一斉に「お帰りなさいまし」と腰を折る。
 その中を和磨達3人が歩いて行く。

 出かける時、これを初めて見た時にはビックリしてしまい
 足が動かなくなってしまった。

 動かない雫を和磨が抱き上げ車に乗せるという、雫にして
 みれば、なんとも情けなく恥ずかしい思いをした。

 雫は恥ずかしさのあまり、自然と和磨の胸に顔を埋める形
 に。
 その為彼らの驚愕の顔を見る事はなかった。


 和磨が誰かを腕に抱き、大切そうに運ぶ姿など見た事が
 ない。
 見る者を凍らせる眼差しも、今日はどことなく抑えられて
 いる気がする。
 和磨の周りから発せられている冷たい空気も、威圧感も
 穏やかに感じられる。
 初めて人らしい感情を見た気がする。

 それだけこの腕に抱かれている人物は特別なのだと誰も
 が気付いた。 
 

 帰りは2度目という事もあり何とか歩く事が出来た訳だが、
 やはりこういうところを見ると、和磨達が極道の者だと改め
 て感じる。
 
 ここで生活をして行くなら、この雰囲気、習慣に慣れなくて
 はいけない。
 居場所をくれた和磨に、漆原に、そして自分を受け入れよう
 としてくれている彼らに迷惑を掛けないように一日も早く慣
 れよう。

 リビングに足を踏み入れると、そこには穏和な顔の男性が
 座っていた。
 しかし穏やかそうに見えるが、目つきが鋭く見えるのは気
 のせいだろうか。

それにこの存在感

 年は40代後半に見受けられる。
 精悍な顔立ち。
 若い頃にはさぞもてたに違いない。
 今でも十分魅力的でもてるだろう。

 この豪華なリビングにも違和感なくとけ込んでいる。
 和磨の家族かと思い緊張する。
 
「今晩は和磨君。 久しぶりだね」

 笑うと目元に出来る皺が親しみやすい顔を作る。
 今度は本当に穏やかな眼差しと、和磨の家族ではなかっ
 た事で緊張が和らぐ。
 どうやら知人らしい。
 それもかなり親しい間柄。

「一ノ瀬先生、お忙しいのにお時間を取って頂いて申し訳あり
ません」

 一ノ瀬先生と呼ばれた人物。
 座っている横には少し大きめの鞄。

「構わないよ。 神崎とは長いつき合いだからね」

 会話から漆原が呼んだのだろう。
 だがその理由が分からない。

「今日からここで暮らす事になった屋代雫さんです」
 
「今晩は」

「こちらは、神崎の主治医の一ノ瀬先生です」

「今晩は、はじめまして」

 紹介され彼が医師であるという事は分かったのだが、何故
 ここにいるのだろう。

 誰か具合の悪い者でもいるのだろうか。

 急な紹介に少し戸惑うが、失礼のないよう丁寧に挨拶をす
 る。
 和磨達と古いつき合いという事に幾分緊張する。

「今日はお疲れになったでしょう。 顔色もあまり良くないの
で診察をお願いしました」

「え・・・・・」

 一ノ瀬医師がこの場にいる理由を漆原が教えてくれた。

僕の為に?

 とっくに診療の終わっている時間。
 それをわざわざ自分の為に往診に来て貰ったとは・・・・

 確かに今日一日色々な事があり疲れている。
 空気が合わないせいか、喉の調子も悪いがゆっくり体を休
 めれば大丈夫だと思っていた。

 その事は漆原に体調を気遣われた時に言ったのだが・・・

 だから同じ事を一ノ瀬医師に言うと顔を顰めため息を吐か
 れてしまった。

「確かに睡眠をとり、体をゆっくり休めるのは大切な事だが、
それだけではどうしようもない事もある。 それに、その顔色
は疲れただけではないだろう。 兎に角座りなさい」

 言って自分の隣りのスペースを指さす。
 そこへ座れという事だろう。

  どうしようかと迷っていると、和磨に座らされた。

「あの・・・・・」

「さあ、口を大きく開けて。 医者の言う事は聞きなさい」

 静かで柔らかい口調ではあるが有無を言わせない迫力が
 ある。
 従うしかない。

「はい・・・・」

 言って口を開ける。
 ペンライトで照らされ薄い金属の板で舌を押さえられる。

「ああ、少し赤い。 肌も少しあれているね。 それに大分体
力が落ちている」

 やはり炎症を起こしていた。
 そして、体力が落ちている事も見抜かれている。
 それが体だけでなく心からきていることまで見抜かれてい
 る。

もしその理由を聞かれたら・・・

 混乱しかけた雫の頬に一ノ瀬の手が。

「こんなに綺麗な肌なのに。 勿体ないね」

 茶化すような物言いと、自分の頬を撫でる手に一体どうし
 たらいいのか。
 思い切り戸惑う雫。

「先生・・・・・」

 和磨の低い声。
 怒りを含んだその声に怯える雫。
 当の一ノ瀬は全く気にせず笑っている。

「薬を出すからそれを飲んで。 栄養のある物を食べ、今日
明日はゆっくり休みなさい。 口から取るのが出来ないなら
点滴しよう。 後今晩もしかしたら熱が出るかも知れないから
解熱剤も一緒に出しておこう。 漆原君、後で取りにおいで」

 言うだけ言って漸く雫の頬から手を離す。
 漆原はため息を吐いている。

「分かりました。 後ほど窺います。 それと先生、必要以上
に雫さんに触らないで下さい」

 笑いながら一ノ瀬は立ち上がる。

「もし調子が悪くなり熱が下がらないようなら直ぐに呼びな
さい」

 部屋を出る前に振り返り皆に伝えた。

「どうもありがとうございました」

 自分の為にわざわざ来てくれた医師に礼を言う。
 和磨も「忙しいのに済まなかった」と。

「では私は玄関までお送りして来ます」

「僕も」

 言って立ち上がるが漆原と一ノ瀬に止められる。
 
 そして二人は出て行ってしまった。





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