優しい鼓動
(9)









 使う金額も考えも全く違う和磨達。
 
 確かに雫は何も持たないで北海道から出て来た。
 神崎家で世話になる事も決定済み。
 だからと言って全て和磨の世話になるのは間違っていると
 雫は思っている。

 世話になるからこそ、自分で出来る事は自分でしないと。
 高級な服は買えないが、普段着る服なら通常の量販店の
 物で十分。
 下着にしてもそうだ。

 なのに和磨は下着までもがブランド物を購入する。
 確かに見た目も肌触りもいい。
 
でもこんな高いの・・・・・

 着けている方が落ち着かない気がする。
 

それに・・・・・

 自分の下着を和磨に選ばれた事が恥ずかしかった。
 和磨は服を選んだ時と同じように淡々と選んでいったが。
 見ていた雫は羞恥のあまり顔を上げる事が出来なかった。

 顔を赤く染め俯く雫の初々しさに、漆原は微笑みを浮かべ
 る。
 その場にいた店員は雫の艶に見惚れていたが、和磨に視
 線を向けられ背筋が凍った。
 普段はその威圧感に圧倒されているだけだが、今日は違
 う。
 恐怖というものをヒシヒシと感じた。
 それ程鋭いものだった。

 その場に居た者達は、この羞恥で顔を赤く染める優しい雰
 囲気の青年が和磨にとって特別な者だとハッキリ悟った。

 この店での買い物は終わったらしい。
 和磨は雫を立たせ店を出る。

「あの、お金・・・・・」

「必要ない。 次に行く」

「でも・・・・・・」

 納得のいかない雫に変わりに漆原が答える。

「そうですよ、和磨さんが好きでされている事ですから、雫さ
んが支払う必要はありません。 それに新しい生活が始まる
のですから他に何かと必要になってくるでしょうから」

そう言われても・・・・・・

 言っているうちにまた咳が。
 やはり外に出ると空気の悪さで咳が出てきてしまう。

 次と言われた店は2件隣りの場所。
 オシャレな家具店だ。
 直ぐ近くの場所だったためにホッとなる。

でも・・・・・

 店内に入って少し違和感が。
 先のショップでは店内に入った後も咳が止まらなかったが
 この店に入った途端咳が止まった。

 店内を見回すとつい今しがた見た機械があちこちに置いて
 ある。

あれは?

 直ぐ後ろにいる漆原を振り返る。

「どうかしましたか?」

「あの、あそこにあるのは・・・・・」

「ああ、あれですか。 空気清浄機です」

 それは見れば分かるのだが。
 先程の店から運んだ物ではない事くらい分かる。
 雫達が店から出る時はまだ店の中にあったのだから。
 驚いたのはそれだけでない。
 1階で部屋に置く机を買い、2階の寝具売り場へ移動する
 為に乗ったエレベーターの中にもそれが置いてあった。
 そして2階にも。
 雫が移動する先々にそれは置かれていた。
 聞くのが怖いが聞いてみた。

 するといともあっさり「移動先には全て設置済みです」「リー
 ス、ですか? いえ、違います」と答えた。

 全て購入した物。
 それがどれだけの数かは分からないが、50台では止まら
 ない事を知っている。
 どんなに安くても1万はする筈。
 莫大な金額に血の気が引いて行く。

 それでなくとも、服・家具・雑貨全てを和磨に購入して貰っ
 ている。
 400万近くをたった一日、雫の為に使った事が推測出来
 る。

考えられない・・・・・

 この日一日でいろんな事がありすぎて疲れが出て来た。
 
「大丈夫か」

 動きが緩慢になって来た事に気付き、雫を気遣う和磨。
 皆は自分の為に骨を折ってくれているのに気を遣わせて
 しまっている事を申し訳なく思う。
 「疲れた」などという事などとても言えない。
 
 だから心配をかけないように笑って「大丈夫です」と言っ
 た。
 言えた筈。

 だが和磨は気に入らなかったようだ。
 目を眇め「行くぞ」と一言言い車へ乗った。

 移動した先は雫が一度も足を踏み入れた事のない高級中
 華料理店。
 店長らしき人物が現れ、個室に案内される。
 折角連れて来て貰って申し訳ないが、疲れきっている雫に
 は食欲が全くない。

 隣りの席に座る和磨を見るが、和磨は店長に話しかけて
 いる。
 漆原は電話をするからと言って個室から出て行ってしまっ
 ている。
 木田やその他の者達はこの部屋に入って来ていないし。

 俯きため息を吐く。

「疲れたか」

 いつの間にか話を終えた和磨。
 店長らしき人物もいない。

「あ・・・・いえ・・・」

「無理をするな。 顔色が悪い」

 抑揚のない口調だが、心配されている事が伝わってくる。
 暗い眼差し、孤独な心を持った人だと思うが、本当は優し
 く暖かい人だと雫は感じた。
 
 そうでなけば、今日初めて会った自分に対してここまで
 してくれる筈はない。
 体を、心を気遣ってくれている。

どうしてここまでしてくれるの・・・・・

 じっと和磨を見詰める。
 そして和磨も。

 その時ドアがノックされ「失礼します」と言って漆原が入っ
 て来た。
 
 見つめ合っていた事に気付き恥ずかしさを覚え俯く。
 和磨は雫も見詰めたままだった。

 邪魔をしてしまった事に気付き、漆原は自分のタイミング
 の悪さを心の中で叱責した。
 
これでは澤部と一緒ではないか・・・・

 程なくして料理が運ばれてくる。
 目の前に置かれたのは中華粥。

「薬膳の粥です。 消化も良く胃に負担がかかりません、こ
れなら食べられそうですか?」

 漆原も雫の体調を気遣い、食の細い雫に食べられそうな
 物を注文してくれたようだ。
 
 確かに食欲はなかったが、これなら食べられそうだ。

 先程も思ったが、どうしてこの人達はこんなに優しいのだ
 ろう。
 友達一人作る事の出来ない自分を、家族からは忌み嫌
 われる自分を、何の疑い嫌悪もなく無条件に受け入れて
 くれる。
 心が温かくなって行く。

 これを幸せと言わずなんと言うのだろう。

 初めての気持ちに戸惑いなからも受け入れていく。

「ありがとうございます」

 この一言にありったけの思いを込め、二人に伝えた。

 話し上手で会話を盛り上げる澤部がいなかった為か、食
 事は穏やかなものだった。
 
 会話がなかった訳ではない。
 漆原が並べられた料理の説明をしたり、この場にいない
 澤部の昔の失敗談を話したり。
 他愛のない事を話していた。
 ゆったりとした時間が過ぎて行った。

 



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