優しい鼓動
(8)









 出かける前に皆に紹介すると言われ、和磨達と屋敷内を移
 動して行く。

 移動する間、和磨は雫の肩を抱いたまま。
 
 今まで雫達のいた場所は神崎家のプライベートな空間。
 それだけに静かだった。
 奥以外には大勢の清風会の者達がいる。
 移動して行くうちに、段々騒がしくなってきた。
 そして人にも会うようになって来た。

 年齢も人相も様々。
 見るからに強面で極道顔をした者。
 顔に傷のある者。
 普通のサラリーマンに見える者。

 彼らは 和磨達に気付くと皆立ち止まり、廊下の端に寄り頭
 を下げた。
 
 そして玄関へ。
 20畳はあるだろう。
 その脇にある部屋はそれ以上の広さ。
 
 広間、玄関にいた者達は和磨の登場に皆手を止め礼をす
 る。
 独特の雰囲気に雫はすっかり怖じ気付く。
 それを感じた和磨が雫の肩を更に抱き寄せる。
 
 皆の視線が雫へと向けられる。
 男にしては線が細く、綺麗な顔立ち。
 隣りにいる漆原も男にしては美人と呼べる部類だが、それ
 とは違った美しさ。
 控えめで和磨にそっと寄り添う姿はとても儚げで。
 初めて見る雫の姿に皆が驚いていた。

・・・・・誰だ?

 しかし皆がそれ以上に驚いたのが隣りにいる和磨だ。
 雫の事を労るような仕草。
 仕草だけではない。
 普段変わる事のない表情。
 それなりに修羅場を踏んで来た者を、その鋭い眼光で萎縮
 させる。
 この清風会を継ぐに相応しい采配と技量の持ち主。

 今まで和磨は自分の隣りに特定の者を置く事はなかった。
 事を起こさずとも和磨の周りには多くの女達が近寄ってく
 る。
 清風会の次期総代という事もあり、その権力を手にしよう
 として。
 あるいは、神崎と親戚になる国内トップにある剣財閥との
 繋がりを求めて。
 後は和磨自体を求める者。

 自分から進んで和磨に近づく者。
 送り込まれて来る者。

 だが、誰も和磨に取り入る事は出来なかった。
 体の関係はあったとしても。

 その和磨が、自ら隣りに人を置いている。
 その者の肩を抱き自らの腕の中へ。
 威圧的な姿ではあるが、いつもと違う。
 どう表現していいのか分からないが、敢えて言うなら態度
 が柔らかく感じられる。
 眼差しもどことなく柔らかく感じられる。

 皆が驚いている中、漆原が雫を紹介する。

「屋代雫さんです。 今日から"奥"に住まわれます」

 その言葉にざわめきが。
 雫がどういう人物なのか説明はなかったが『奥に住む』と
 いう言葉で位置づけが確定した。
 
 『神崎家の一員』
 『和磨の伴侶』と。

 こんなに大勢の者に注目された事のない雫は、視線とざ
 わめきに怯えた。
 無意識に胸の前で両手を握りしめ、身を竦め後ずさる。

 雫の怯えを感じた和磨は何も言わず、ただ肩をギュッと抱
 きしめた。
 見上げると互いの視線が絡み合う。
 
 『大丈夫だ』という視線に励まされ、皆に視線を向ける。
 これからここで新しく生活を始めるのだ。
 全員と拘わるかどうかは分からないが同じ屋根の下で暮
 らすのだからきちんとしなくては失礼に当たる。

 優しく背中を押してくれた漆原に。
 明るく励ましてくれた澤部に。
 そして、ここにいる場所をくれた和磨の為にも。

 小さく深呼吸をする。

「初めまして、屋代雫です。 今日からこちらでお世話になる
事になりました。 宜しくお願いします」

 言ってお辞儀をする。
 もっと何か言った方が良かったのかもしれないが、今の雫
 にはこれが精一杯。
 
 視線を感じ見上げる。
 和磨の目が『良くやった』と言っているように思えた。
 
 それが嬉しくて、知らず微笑んでいた。
 柔らかい微笑みに見ている者の口からため息が零れてい
 た。

 隣りで見ていた漆原も、雫が彼らを受け入れ、彼らに受け
 入れられた事に安堵した。
 
 自分達は、和磨が選んだ人物を当然の如く受け入れるの
 だが、一般人である雫が極道である自分達を受け入れら
 れるかどうかが心配だった。

 いくら本人が気にしない大丈夫だと言っても、実際皆の前
 に出ると、この異質な場所・人には怯え恐れるのは当然の
 事。

 始め怯えた態度に『やはり受け入れられないな』と思った
 のだが、よくよく見ると自分達を恐れているからではなく、
 皆の視線に驚いているという事が分かった。

 和磨も雫を支えている。
 無条件で雫を自分の中に入れているのが分かる。
 本人が何処まで自覚しているかは分からないが、雫なら
 和磨に良い影響を与えるに違いない。
 感情のなかった和磨に、人としての心を吹き込んでくれる
 だろう。

 現に今、和磨は雫を気遣っている。

 雫も和磨の気持ちをくみ取り、自分なりに頑張っている。
 彼らを恐れず見下す事なく、人として『和磨の大切な人達』
 と思い丁寧に挨拶をしている。
 
 その気持ちと優しさが笑みとなって零れ、彼らを魅了して
 いる。
 
この人なら・・・・・

 顔合わせも済んだ所で皆にこれから出かける事を伝える。
 澤部がいない為、万が一の事を考え数名の者を連れて行
 く事に。

 車は二台。
 一台には和磨、雫、漆原、そして運転手兼ボディーガード
 として木田という男が乗った。
 木田は年齢は40台後半。
 体格が良く無口で無表情。
 ガッシリとした体格からは考えられないくらい俊敏な動き。
 そして強い。
 もう一台の車にも、腕の確かな4人が乗っている。

 雫がまず始めに連れて行かれた場所は高級ブランド店の
 立ち並ぶ通り。
 
 車から降りた時、あまりの空気の悪さに咳き込んでしまっ
 た。
 それは店に入ってからも同じ。
 店の人には申し訳ないと思ったが、どうする事も出来な
 い。

 体調が優れないのかと心配する漆原に、まだ都会の空気
 に慣れていないから、少しすれば落ち着くからと告げる。

この街に住むのだから、早く慣れないと・・・・

 冷たい水を貰い、椅子に座らせて貰いながら落ち着くのを
 待った。
 その間和磨は雫を自分に凭れ掛けさせ少しでも楽になる
 ようにと背中をさすっていてくれた。
 自分の体の弱さに落ち込む。

 店に入って15分もしないうち、『失礼しますと言って』スー
 ツ姿の男が20人入って来た。
 彼らの手には大きな段ボール。

 咳き込んで疲れた体を和磨に預けながら『なんだろう』と
 ボンヤリ見ている。
 梱包を解き、中から機械を取りだし店のあちらこちらに置
 いて行く。

 黙々と作業をし、終えた彼らは来たとき同様『失礼します』
 と言って帰って行った。
 一体何だったのか分からずそのままでいる。
 すると10分もしない内に咳が段々治まって来た。

どうして・・・・・

 不思議に思っているうちに咳が止まった。
 あんなに苦しかったのが嘘のよう。
 何が起こったのかと考える。

そう・・・・・、あの人達が来てから
あの機械? 

 そうあの大量の機械が置かれてから段々苦しくなくなって
 来た。
 もしやと思い漆原を見る。

 ニッコリと笑い「澱んだ空気は体に悪いですから」と事も無
 げに言う。
 思ったとおり、あの大量の機械は空気清浄機だった。

少し咳き込んだだけで・・・・・

 この大仰に驚く。
 そしてこんなに気を遣わせてしまった事を、店に迷惑をか
 けて申し訳なく思い皆に謝罪した。

 誰も文句一つ言わず、店の人には『空気が美味しいわ』と
 逆に感謝されてしまい戸惑った。

 雫の体調も回復した事で買い物が始まった。
 和磨の物を買うのかと思っていた雫だが、それは違い自
 分の物だと聞いた時には驚き断ったのだが、和磨は店員
 に言って次々服を持って来させた。
 気に入った物には頷き、それ以外は下げさせた。

 見るからに高級な服。
 かなりの枚数。
 とても自分では買えない。
 必死になる。
 
「神崎さん!」

「和磨だ。 それを全部」

 言って立ち上がる。
 視線の先には和磨が頷いた物だけが残っていた。
 腰を抱かれていた雫も必然的に立ち上がる事に。

あれを全部?

「和磨さん、僕には全部は買えません。 着て行く場所もな
いですから」

 そう、こんなに高級な服を着て行く場所などない。
 金額も相当なものになっている筈。
 全財産を持って来ているとはいっても、この服を全て買え
 るだけの金額はない。

 なのに和磨は事も無げに言う。
 
「お前が出す必要はない」

「駄目です」

 和磨に買って貰う理由がない。
 なのに和磨は「神崎に住むのだから俺が出すのが当然。 
 それにこれは普段着だ」と言う。

 理屈が分からない。

それに、この服全部が普段着だなんて・・・・・

 感覚の違いに驚いて、なんと言っていいのか分からず呆然
 となってた。
 

 


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