優しい鼓動
(6)









 食事を終えた一同は、リビング横のサンルームへ移動。

凄い・・・・

 暖かく柔らかい日差しと、窓から見える広い庭の紅葉に心が
 和む。
 ここが東京だと忘れてしまうくらい。

綺麗・・・・

 皆が思い思いの場所へ座り寛いでいる。

 雫は和磨に促されるまま隣りへと腰を下ろす。
 6人は悠々と座れるだろう高級な革張りのソファー。
 その中央に二人だけで座っている。

 離れた方がいいのかとは思うのだが、和磨が腰をしっかりと
 抱いている為にその場から動く事が出来ない。
 そしてそのせいで雫は和磨に寄りかかる形となる。

 触れた場所から伝わってくる和磨の体温。
 華奢な自分とは違い、寄りかかっても微動だしない逞しい
 体。
 必要以上に意識してしまい体が硬くなる。

 この状況が二人きりだとしても恥ずかしい。
 それに、ここには自分達以外にも澤部と漆原がいる。

 それに初めて会ったばかりの和磨に対し、いいのであろう
 か。
 自分から寄りかかっている訳ではないのだが、非常に気に
 なる。
 自分を抱く和磨を見上げるが、和磨の表情は変わらず何を
 考えているのかが分からない。
 その視線に和磨が気付く。

「どうかしたのか」

「あの・・・・・」

 腰に回された手を見、和磨を見る。
 だが和磨は手を離さない。

どうしよう・・・・

 澤部と漆原を見るが雫達の姿を見ても疑問も違和感も感じ
 ていないようだ。
 二人の姿を自然と受け入れている。

でも、やっぱり恥ずかしい
それに何だか守られているみたい

 頬を染め恥ずかしそうに俯く雫。
 そして雫を見詰める和磨の眼差しは柔らかく感じられる。
 そんな二人の姿を漆原が優しく見つめていた。
 澤部も微笑ましそうに見ていた。
 
 今まで誰に頼る事もなく生きてきた雫。
 悲しい時もあった、悩みもたくさんあった。
 しかし、それを話し相談出来る者はいなかった。
 
 それがここに来て優しくされて。
 全てを吐き出してしまいたいという気持ちに駆られる。
 何だか自分がか弱くなった気持ちになる。

 今まで自分は一人で頑張って来た。
 ここに来て、皆が優しいからといってそれに甘えてはいけな
 い。
 
 今は何も言わず、聞かず優しくしてもらってるとはいえ一時
 の事。

 この優しい時間は続かないのだ。
 今日ここを出ていけばもう関わり合う事もないだろう。
 
でも今だけは・・・・少しだけこの優しい時間を僕にください
明日から始まる新しい生活の支えになるように、今だけ・・・・

 そう思いながら和磨の腕に体を預けた。

 澤部と漆原の楽しくテンポの良い会話を楽しむ。
 時折話をふられ会話に加わる。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 時計を見ると2時少し前。
 
 ここに来てまだ3時間も経っていないのだがそろそろ行か
 なくてはいけない。

帰るって言わないと

 なかなか言い出す事が出来ない。

 初めての土地なだけに、どこにホテルがあるのかも分から
 ない。
 少なくとも降りたここの駅前にはホテルはなかった。

 また駅まで行って電車に乗らなくては。
 電車の中から外を見ていればホテルは見つける事が出来
 る。
 そして降りた駅の売店で賃貸情報誌を買おう。
 あとバイト情報誌も。

 そんな事を考えていると「どうかしましたか?」と漆原が聞い
 て来る。

 帰ると言い出しにくかっただけに、こうして聞いてくれた事が
 ありがたい。

「あの、そろそろ・・・・・・」

 失礼しようかと言うと漆原が送って行くと言う。
 それは困る。

 今日出てきたばかかりで住む所も決まっていない。
 実家は北海道だし、家出をして来た訳だし。

 だが、それを言う事は出来ない。

「あの!、一人で帰れますから・・・・・」

 そう言えば諦めてくれるだろうと思った。
 今までも「出来るから」「帰れるから」と一言言えば皆しつこく
 せず諦めてくれた。
 今回もそう思った。
 なのに漆原は遠慮はいらないと言う。
 和磨の大切な馬の体調不良を教えてくれた恩人なのだから
 と。
 
 漆原だけでなく澤部も同じように。

どうしよう・・・・・・

「私の車でご自宅前につけられるのがお嫌なら、その近くまで
という事ではどうですか。 人目に付きにくい場所で降ろしてさ
しあげますよ」

 そういう訳ではないのに。
 事情を話していないから、知らないから親切で言ってくれて
 いるという事は分かるのだが。

 何とかしなくてはと思うのだが、そう思えば思う程頭の中が
 真っ白になって行く。

どうしたら・・・・・・

 そう思っているところに和磨が「俺が送っていこう」と。

 和磨にまでこう言われてしまっては誤魔化す事は出来ない。
 そう思い、正直に話した。

 今日出てきたばかりで住むところが決まっていないという事
 、宿も決まっていないからこれから探さなくてはいけないと
 いう事を。

 「だから送ると言われても困る」と言おうとする前に和磨が
 言った。
 
「ならばここに住むがいい」

「えっ?」

「住む場所がないならここに住め。 ここにはお前の好きな馬
カイザー達がいる」

 その一言で雫の新しい運命が決まった。 





Back  Top  Next





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送