優しい鼓動
(4)









 雫の新しい生活は神崎の馬場から始まった。
 
 

 気になった馬達の体調不良も伝える事が出来、取り敢えず心
 配事は一つ減った。
 
 後は自分のこれからの事を考えなくてはいけない。

取り敢えず今晩の宿を探さないと・・・・・

 その時その場に居た漆原にこの後の予定を聞かれた。
 予定がなければ一緒に食事をしないかと。

 予定は今日の宿を探す事。
 後は住む場所とアルバイト。

 本当なら直ぐにでも探さなくてはいけないのだが、もう少しだけ
 彼らと一緒にいたかった。

 この場を離れてしまえば二度と会うことはないだろう。

 初めての街。
 一からの生活。
 慣れない場所、空気の澄んだ環境で暮らしてきた雫にとって東
 京は劣悪な環境。
 そして今まで以上に孤独な日が続くに違いない。

 だから少しでもこれからの自分の力、支えが欲しい。
 
 漆原の優しさ、和磨の腕の温かさを覚えていたい。
 贅沢だろうか?
 
 そんなことを考えていると和磨が一言「行くぞ」と言い、雫の肩を
 抱き歩き始めた。

どうしよう・・・・・

 歩きながら和磨を見上げるが、和磨が何を考えているのかはそ
 の顔からは窺い知ることは出来なかった。

 一つだけ分かる事は迷惑がられていないという事。
 ホッとした気持ちになり、後少し一緒に居られる事を嬉しく思う。


 連れて行かれた場所は馬場と同じ敷地内にある純日本風の大
 きな屋敷。
 その屋敷の大きさと歩く廊下から見る事の出来る庭の見事さに
 驚きを隠せない。
 それに先程の馬場。
 個人宅に馬場がある事自体ありえない事。
 気持ちが落ち着いてくると見えなかった事が見えてくる。
 都心から少し離れているとはいえ、ここは東京。
 維持費も莫大なものに違いない。

ここは一体・・・・・この人達は一体・・・・・

 違った意味で不安になってくる。

どうしよう・・・・・

 そんな事を思っていると目の前を歩いていた漆原が一室へ入っ
 て行く。

 その後を和磨と雫、続いて漆原と一緒に居た男、澤部と名乗った
 男が入って行く。

 入ってまた驚く。
 外から見た屋敷は純和風なのに、この部屋は洋風。
 洋風というか何処かのお城の中に迷い込んでしまったような気
 分だ。
 天井からはシャンデリア。
 アンティーク家具に、壁には絵画が。
 続きのリビングには暖炉があり、やはり高価そうな置物と写真が
 飾られていた。

 一瞬立ち竦んだ雫を促し席に着かせる。
 雫の席は和磨の隣り。
 向かい側の席には漆原と澤部。

 部屋の様子に驚いていた雫だが用意された食事を見て驚く。
 今度は別な驚き。
 
オムライス?

 この部屋と、この人物達のイメージからは思いつかない食事。
 しかもそのオムライスにはそれぞれの名前が書いてあるのだ。
 
「かずま」「しずく」「ともゆき」「バカ」?

 「バカ」と書かれたオムライスの前には澤部が座っている。
 その文字を見た澤部は隣りに座っている漆原に猛抗議。

「ちょっと待て、友ちゃん」

「友ちゃんて煩い。 何か用ですか?」

「俺が『バカ』? てか、なんで『バカ』?」

「武闘バカ、肉体バカ、猪バカ、頭もバカ、バカバカバカ」

 漆原は涼しい顔で澤部をあしらっている。
 理知的で穏やかな印象の漆原の口からポンポン出てくる毒舌。
 悠然とした面持ちの澤部からは考えられない子供の様な態度
 に呆気に取られる。 

 オムライスに書かれた「しずく」という文字が雫の心を温かくして
 いく。
 家にいた時にもこんな事をして貰った事はない。

嬉しい・・・・・

 自然と微笑んでいた。
 雫は気付いていなかったが、その様子を三人は温かな眼差し
 で見守っていた。

 賑やかな食卓。
 
 彼らは雫の事を一切聞かず自分達の話や旅行・芸能・映画・ス
 ポーツなど色々な話題を振ってくる。
 気を遣わせてしまっているのかと始め思ったが、楽しそうに話を
 している澤部を見ていると気のせいだったかとホッとなる。

 話題の豊富さに思わず感心してしまう。
 しかしその話題がアニメになった時には驚いた。
 しかも詳しい。
 一番気に入っているのがハムスターアニメと聞き、その愛らしさ
 を語る姿に同じ動物好きとして雫は澤部に好感を持つ。

 動物が好きかと聞かれた時には迷わず好きだと答えた。
 そして動物の中でも馬が一番好きだと答えた。

 こんなに楽しい食卓は初めて。
 こんなに食事が美味しいと思ったのも初めてだった。





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