優しい鼓動
(3)









 『優』『温』という文字を書く。

 優しくされた事は今までにもあった。
 だがそれはいつも続かない。
 雫に友人が出来るたびに兄達が排除して行くのだ。
 
 それが始まったのは雫が小学校に入学してから。
 最初の頃はなぜ一月もしないうちに友達が離れて行くのか分か
 らなかった。

どうしてみんな怯えた顔をするの
どうして急に僕を苛めるの
どうして僕の顔を見て泣き出すの

 理由が全く分からなかった。
 聞いても誰も教えてくれない。

 そしていつの間にか誰も雫に話しかけなくなった。
 教室では常に一人。
 寂しさを紛らわす為に静かに本を読んで過ごす毎日。

 クラスが変わるたびに新しく友達が出来たが、やはり同じ。
 みんな離れて行く。

 家へ帰っても家族は必要最低限の事しか喋ってくれない。
 学校でも。

寂しいよ・・・・・

 その理由が分かったのは小学5年の時。
 2学期の時の転校生が来て。

 彼は常に一人でいる雫の事が気になり、話しかけて来た。
 するとクラスメイトの一人が慌てて彼に近づき雫から離れた場所
 へ。
 同じ教室の中、そのクラスメイトが彼に言った言葉は当然雫の耳
 にも入る。

「屋代に近づくとあいつの兄ちゃん達にすげー睨まれるぞ」

「そうそう、あいつん所兄ちゃん達年が離れててもう大人だから迫力
あってマジ怖いし。 俺も『雫に近づくな』って言われたし」

「でもさ、屋代んとこって変。 そんな事言う兄ちゃん達だから屋代の
事可愛がってるのかと思ったら違うんだよ。 ハッキリ言って嫌われ
てるって感じでさ。 だからって、屋代の事苛めるとすげえ怒るんだ
ぜ。 『雫を苛めていいのは俺たちだけだ』とか言って苛めた奴殴る
んだ」

「後、自分の弟の悪口とか言うし。 兄弟なのにおかしいだろ」

 その転校生を囲んでクラスメイト達がその話題で盛り上がる。

知らなかった・・・・・

 兄達がそんな事をしていたとは。
 雫と仲良くしてくれても、当時既に成人している体格のいい兄達に
 睨まれ、そんな事を言われれば近づかなくなるのは当然の事。
 それに自分のせいで人が殴られるなんて。

 兄達はこれからも雫に友人が出来そうになる度に同じ事を繰り返
 すに違いない。
 そうならない為にも、友人を作るのは止めようと決めた。
 その日から高校に入学するまで友達を作る事を止めた。

 高校は地元から離れた場所を選んだ。
 離れた場所なのと、レベルの高い高校だった為に雫と同じ中学
 の者はいなかった。

ここなら自分の事を知ってる人はいない
兄さん達もここまでわざわざ来ないよね

 今度こそ友達が出来る。
 そう思って高校生活に入ったのだが、結果は同じだった。

 友達の作り方が分からなかった。
 どうやったらいいのか。
 何を話したらいいのかが全く分からない。
 折角話しかけてきてくれても会話が続かないし。
 その内話しかけて来る者はいなくなった。

 しかし中にはそれでも話しかけてくる者はいた。
 だがそういった者からは何か嫌な感じがした。
 優しく話しかけてきてくれるが、粘着質な視線。
 やたら触って来る者。
 そういった者には極力近づかないようにし、逃げた。
 
 それは大学でも同じだった。



 この神崎家に来て初めて本当の優しさを知った。
 
 ここに来た当日、漆原に神崎家がどういう家なのかを聞いた。
 「清風会」という名で、関東を拠点とする所謂極道の家だという事
 を。
 最初信じられなかった。
 こんなに綺麗で落ち着いた漆原や、底抜けに明るい澤部が?

 初め確かに漆原の視線は鋭く冷たかった。
 和磨にしてもその威圧感、殺気に震えが走った。
 でもそれはほんの一瞬のみ。

 目にした和磨の愛馬達の体調不良を何とかしたやりたい。
 大好きな馬達を早く獣医に診せてやりたい。
 その思いを必死に訴えた。
 伝え終わった時には皆の目が態度が本当に優しかった。
 初めて会って30分も経っていないのに、自分の言葉を信じてくれ
 た。

 嬉しさのあまり泣き出してしまった自分を皆が優しい言葉と仕草で
 宥めてくれた。

そんな人達がやくざ? 

 だがそれはその日の午後和磨達と外出した時に事実だと分かっ
 た。
 スモークが貼られた黒いベンツ。
 和磨の乗る車の他にもう一台。
 その車には黒いスーツを着た少し強面の男が数人乗っていた。
 聞くとボディーガードで、彼らは和磨の事を『若』と呼んでいた。

 驚いた。
 だが怖くはなかった。
 彼らの瞳は真っ直ぐで澱んでいなかったから。
 極道=(イコール)恐怖・暴力と思っていたが、それは偏見だった
 と気付き、そう思っていた自分を恥じる。
 それ程彼らは礼儀正しかったから。

 そして一番最初に出会った漆原。
 彼は心から雫の事を心配し気に掛けてくれた。
 澤部は少しでも居心地がいいようにと常に明るく楽しく。
 そして和磨は雫の不安、恐怖を大きく温かな腕で和らげてくれた。
 皆、本当に素敵な人達。
 極道と言われる彼らより、一般の人の方がどれだけ恐ろしいか。
 
 ノートから視線を上げ、斜め前に座る漆原を見る。
 少し離れたソファーで本を読む澤部。
 そして直ぐ隣りのソファーに座り書類に目を通す和磨を見詰めた。

 190p以上の長身。
 鍛えられた逞しい体。
 切れ長の瞳。
 とても男らしく、出来るなら自分もこうありたいと思う姿。
 しかし和磨の瞳は孤独で凍てついていた。

なぜ・・・・

 そんな瞳をしていたが和磨の腕は温かかった。
 疲れ怯えていた心を癒してくれる。
 安心出来た。

 自分がそうである様に和磨の心も同じように癒されて欲しい。
 素性の分からない自分を何も聞かず受け入れてくれた。
 和磨の為に何が出来るかは分からないが、今自分に出来る事を
 精一杯してみようと思った。
 





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