移動の間、目隠しをされていたので、自分達が何処に連れ
てこられたのか分からない。
ただ何処かの屋敷の一室だとは分かる。
自分達のいる和室からライトアップされた外の大きな庭が
見えるから。
今現在は丁重に扱われているが、その後の事は全く分から
ない。
ただ綾瀬は後悔していた。
若菜を一人で帰らさなければ・・・・・
悔やんでも悔やみきれない。
男達には誰一人心当たりの者はいない。
しかし明らかに綾瀬を狙っていたのだ。
若菜は巻き込まれただけ。
あの時も・・・・・・
「あなたさえ大人しく、我々と一緒に来て頂ければ、お友達に
は手出ししませんよ」
若い男の、明らかに脅しと言えるその口調に綾瀬は不快感
を表す。
このまま、男達を振り切って逃げようとしても多分それは敵
わないだろう。
武道の心得がある綾瀬には、自分の目の前に立っている若
い男がかなり強い事が分かるから。
それに若菜を置いて行く事など絶対に出来ない。
自分さえ大人しくついて行けば、若菜には危害も加えられな
い筈。
「仕方ないですね、行きましょう・・・・・」
進んで離れたところに止めてある車に向かう。
「駄目！」
声と共に後ろから若菜が抱きつく。
「若菜離れて」
「駄目、絶対に駄目！」
綾瀬にしがみつく手に力がこもる。
絶対に手を離さない。
この細い腕のどこにそんな力があったのか。
目の前で綾瀬が連れて行かれようとしているのに、黙って見
ている事など絶対に出来ない。
綾瀬一人だけなら、逃げられる事も出来たかもしれない。
自分が一緒だった為にそれが敵わなかった。
足手まといになってしまった。
それがとても悔しい。
「若菜いいから、ほら、兄さんとの待ち合わせに遅れるだろ」
聞き分けのない子供を諭すよう、柔らかい口調で言う。
そんな事を言われても当然腕は離さない。
いやいや、と頭を左右に振る。
「いいの！ 綾瀬がどこかに連れて行かれようとしているのに
そんな事出来る分けない！」
二人が言い合っていると別な男の声が。
「安心しなさい、君も一緒です」
「しかし・・・・」
若い男が反論するが遮られる。
「我々行動や姿を見ているのに帰す筈がないだろう」
綾瀬は男達を睨み付ける。
分かり切っていた事とはいえ、悔しさに唇を強く噛む。
若菜！
若菜の手に己の手を重ね、何があっても守り抜く事を心の
中で誓う。
促され、仕方なく二人とも大人しく車に乗りこむ。
車のガラスは、外から分からない様にスモークが貼ってあり
綾瀬達の姿は隠された。
そして車で約１５位だろう、移動した。
あまりの時間の短さに驚いたくらいだ。
車から降ろされて、部屋に着くまでの間目隠しはされたまま
だった。
「ここ何処かな・・・・」
不安そうな若菜の声に、我に返る。
自分がしっかりしなくてはと言い聞かせる。
綾瀬を狙うという事は久我山グループいや、父正道か貴章
が関係している事に間違いない。
今までにもトラブルはあっただろうが、こんな誘拐などはなか
った。
一体何があったのか。
自分一人ならともかく、若菜まで。
「そうだな・・・・・俺の家からはそんなに遠くない筈だ」
辺りを見回し安全を確かめる。
部屋の中には綾瀬と若菜の二人しかいないが、障子越しに
人の影が。
見張りだろう。
「・・・・・若菜、すまない・・・・」
綾瀬が若菜にむかって頭を下げた。
突然の綾瀬の行動に驚く。
「止めてよ綾瀬、頭を上げて」
「俺達久我山の事で、若菜を巻き込んでしまったんだ。 謝っ
て許して貰える事ではないが、本当にすまない」
綾瀬が謝れば謝る程、若菜はいたたまれなくなる。
『綾瀬が言う通り送って貰っていれば』
『我が儘を言って貴章に迎えに来て貰えば』
或いは、綾瀬と間違われた時に、「違います」と言っていれ
ば。
後悔の念が若菜の中で湧き起こる。
「それは違うよ！ 僕せいで綾瀬を危険な目に合わせてしま
ったんだ。 僕が綾瀬の足でまといに・・・・。 御免なさい！」
綾瀬に向かって深く頭をさげた。
若菜は心に決めていた。
綺麗で強い綾瀬。
とても大事な親友。
なにより、一番大好きな人の弟。
なんの取り柄もないけれど、綾瀬にもしもの事があるならば
若菜が必ず身代わりになろうと決めた。
大好きな貴章を悲しませない為にも、必ず綾瀬の事を守ろう
と・・・・・
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