月夜の下、あなたと
(10)

100万Hits企画






 目をさますと見たこともない豪華な部屋。
 見た目の華やかさではない。
 一つ一つの家具、インテリアが高価な物なのだ。
 なぜ分かるかというと、そのデザイナーのラブソファーを持っ
 ているため。
 それ程大きな物ではないのに素敵な値段だった。
 勿論使われている素材も高価なだけに、仕方ない金額なの
 かもしれない。

でも100万て・・・・・

 迷いに迷い、清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入した。
 素材などは全く違うが、その家具の微妙なカーブで分かっ
 た。
 今寝ているベッドも素晴らしく寝心地がいい。

欲しい・・・・、でも絶対無理

 暫くスプリングの具合と、顔を寝具に擦り付け肌触りを楽し
 む。
 ドアがノックされ男が入って来た。
 見ただけで、ドイツ人と分かるその顔立ち。

何処かで見たような・・・・・

 思い出そうと悩んでいると、流暢な日本語で話しかけられ
 た。
 彼はヘルマンと名乗り、クラウスの第一秘書だと自己紹介。
 クラウスの名を出された時点でオロオロし始めた灯だったが
 、何故自分がこの見た事もない部屋にいるのか必死で理解
 しようと努力していた。 何が頭の中でグルグルしているのか
 は分からないが、青くなったり赤くなったり、見ているヘルマ
 ンが気の毒になる位変化が激しかった。

またやっちゃったんだ・・・・
倒れただけでも大迷惑なのに、わざわざ運んでもらうなんて
しかもお姫様抱っこ・・・
嬉しいけど、気絶しててよかったかも

 いやそれよりも、これ以上迷惑をかけないうちに帰った方が
 いい。

「本当にご迷惑おかけしました。 僕、帰ります。 あの・・・・、
ローゼンバーグさんにも宜しくお伝えください。 改めてお礼を
させて頂きます」

 ヘルマンの顔を見ず一気に言う。
 本当は顔を見ながら話さないのは失礼な事だとは分かって
 いるが、クラウスの側近というだけで緊張ものなのだ。

ああ、これでまた印象が悪くなった・・・・

 ガクリと肩を落とし、気に入っていたベッドからゆっくり降り
 る。
 そこには靴ではなくルームシューズしかなかった。

「あの・・・・、僕の靴は?」

 顔はヘルマンの方を向いているが、視線は思い切り床だっ
 た。
 どこまでも内気な灯にヘルマンは苦笑する。
 靴もないが、今の自分の姿を確認する方が先なのではと思
 う。

「靴はこちらにありますが、まだ服がランドリーから戻って来
ておりませんので」

服?

 言われて自分の体を見下ろす。

「え・・・・・・?」

何で、何で

「何でバスローブ―――――!?」

叫んでいた。

 それはそうだろう。
 自分の来ている物がバスローブなのだから。
 服を脱いだ覚えもなければ、バスローブを自分で着た記憶
 もない。
 夢遊病になってしまったのだろうかと、本気で心配になった。
 だが、ヘルマンがその勘違いを正してくれた。

「倒れられた時、かなり汗を掻いていらっしゃったようなので、
失礼とは思いましたが着替えさせて頂きました」

だ、誰が・・・・?

 心の声が聞こえたのか、恐る恐るヘルマンを見るとニッコリ
 笑って「勿論社長がです」
 灯はその場にへたり込んでしまった。

 幸いな事に、下着はそのまま。
 しかし、それ以外は何も身につけずバスローブを纏ってい
 る。
 こんな貧相な体を見られたのかと思うと、何だか泣けてきた。

「灯さん?」

 その場に座り込み、俯いたまま微動だしない灯を不審に思い
 回り込んで見るとカーペットの色が微妙に変わっている。
 覗き込むと顔を真っ赤にしながらポロポロと涙を零していた。

殺されるかも・・・・・

 本気で思ったヘルマンだった。
 どうしたらいいのか。
 クラウスを呼び慰めて貰うか、それとも殺される前に何とか
 自分で泣きやんでもらうよう慰めるか。
 本気で悩んだ。

「兄ちゃん!」

元気な声と共にドアが勢いよく開けられ、素が飛び込んで来
た。

「・・・・素?」

 何故ここに素がいるのか疑問に思ったが、そのお陰で涙が
 止まった。
 そしてその後からクラウスと一ノ瀬も入ってくる。
 しかし灯は突然の素の登場に驚き、後から入って来た二人
 の存在には気付いていない。

 灯が泣いていたのは一目瞭然。
 クラウスは眉を顰める。
 気が強く、素の前で涙など見せた事のない灯。
 その兄が目の前で泣いている。
 しかもバスローブ姿に、床に座り込んだ姿。
 思い切り素は勘違いをした。
 灯の肩を抱きしめ、ヘルマンを睨み付ける。
 
「あんた、兄ちゃんに何したんだよ!」
 
「え?」

 大きな瞳で睨まれ、突然怒鳴られて思い切り戸惑っていた。
 そして大きな勘違いをしていると気づき何もしていないと訴え
 るが、素は興奮しているため取り合わない。

「何もしてないのに、何で兄ちゃんが泣くのさ。 兄ちゃん泣く
なんて余程の事なんだぞ! まさかっ?! 嫌がる兄ちゃん
に無体な事したんじゃ・・・・・。 嫌がってはいるけど、体は嫌
がってないぞとか言って、上から下からあんな事やそんな事
や。 でもって心は後からでも体から先にって? あ〜〜〜
〜信じられない〜〜」

 頭の中でどんな事が想像されているのか、その言葉に何と
 なく理解出来る。
 クラウスは肩を振るわせながら「君はいつもそんな事をして
 いるのか?」と一ノ瀬をからかった。

 一ノ瀬に至っては、こめかみをひくつかせ低く唸っていた。
 ヘルマンと灯は呆気とられていたが、その言葉の内容を理
 解した灯は涙を止め、怒りを露わにした。
 素の前でのみ発揮される、いつもの気の強い灯に戻ってい
 た。

「あの男〜、僕の素によくもそんな事を〜〜〜」

 そこで素も勘違いと気づき一安心。
 素直にヘルマンに謝罪した。
 一方の灯はといえば、部屋をグルッと見回し、一ノ瀬の姿
 を発見。
 いつものように盛大に罵倒しようとしたのだが、隣にクラウス
 の姿を見つけ気持ちは一気に萎んでしまった。

やだっ!

 そしてバスローブ姿である事に恥、顔を染めその場でモジモ
 ジと。
 相変わらず変わり身が早かった。

 クラウスにとって、その姿はとても魅力的。
 これ以上見せたくはなかったので、まず一ノ瀬を部屋から追
 い出しヘルマンには用意させた箱を灯の前へ置かせ部屋を
 出るよう指示した。
 
「遅くなりましたが、食事をしましょう。 服はランドリーへ出して
しまったのでこちらで用意した服を着て下さい」

 素を呼び、一緒に部屋を後にした。
 目の前に置かれた箱は、誰もが知る高級ブランドの物。
 灯のために用意したと言っていたので、取り敢えず箱に手
 をかけ蓋を取る。
 白い袋に包まれた服を恐る恐る取り出すと、高級な肌触り。
 自分がいつも着ている某デパートブランドの物とは全然違う。
 体に当ててみると確かで自分のサイズに思える。
 着替えてみると、灯にピッタリのサイズだった。 
 備え付けの鏡で見ても服に負けていない。
 この服を選んでくれた人のセンスに脱帽だ。
 いやそんな事より、この服の代金を支払わなくては。

 急いでドアを開けると、そこにはクラウスが待っていた。

「あ・・・・・」

「ああ、あなたにとても良く似合っている」

 ニッコリ微笑まれ頭がクラクラした。
 そんなに魅力を振りまかないでほしい。

「さあ」

 手を差し出されたが何の事か分からず、手をジッと見詰める
 とその大きな手に腕を取られ絡められた。
 
「行きましょう」

 エスコートされ移動する。
 まるで夢を見ているかのようだ。
 連れて行かれた場所には食事が既にセッティングされてい
 た。
 そして何より驚いたのが、そこには素だけでなく藤木までも
 がいたのだ。
 
「俊之?」

 それに返事をしたのは、藤木の隣に座っていた人物。
 
「・・・?」

「久しぶり、灯。 相変わらず二重人格だね」

 本当の事だが腹が立つ。
 でも久しぶりに会うもう一人の親友に灯の顔が華やいだ。

「ショウ!」

 ショウと呼ばれた人物が立ち上がり、灯の元へ。
 灯を優しく抱きしめ親愛のキスを送る。
 灯も嫌がる事なくそうれを受ける。
 これにムッとしたのはクラウスだった。
 
「ショウ」

 咎めるようにその名を呼ぶ。
 その呼び方は親しげで、以前からの知り合いのように思え
 る。
 呼ばれてたショウは苦笑しながら、灯から離れた。

「ショウ?」

 不安げな灯に大丈夫だと言い、説明をした。

「僕とクラウスは子供の頃からの知り合いなんだ。 父親同士
がイギリスのパブリックスクールからの友人でね。それでね」

 それなら分かる。
 ショウの父親は今あるパソコンのソフト基礎を築き、更に改
 革をしたミクロソフト社の会長ラルフ・スタインなのだ。
 ショウはその会長の3男。
 
 上二人がいるためショウはミクロ社には一切拘わらず、自分
 の好きな仕事をしている。
 母親が日本人の元モデルなだけあってその容姿はずば抜
 けており、ショウ自身幼い頃からモデルの仕事をしていた。
 今はモデルは辞め、デザイナーをしている。
 洋服もそうだが今はジュエリーも手がけており、世界中に鉱
 山を持つ。
 今もミャンマーにルビーとサファイヤに採掘に出かけていると
 言っていたが、ここにいるという事は上手く行ったという事か
 若しくは藤木欠乏症になったからか。
 兎に角嬉しかった。

「そうなんだ。 でも知り合いだなんて一言も言ってなかったよ
ね」

 恨めしそうにショウを見上げると、ショウは意地悪そうに笑っ
 た。

「言わなくても、縁があれば出会えるだろ。 もし俺が知り合い
だて言っても、灯は信じないだろうし、紹介しろとも言わないだ
ろうし」

 言われてみればそうだ。
 ショウがミクロ社の御曹司だと聞いても冗談だと一笑し信じな
 かった。
 事実だと分かっても、ショウはショウだし何が変わるわけでも
 ない。
 灯にとっては大切な親友だった。
 そしてクラウスを知り合いだからと、その時分かっても灯は
 紹介してくれとは言わなかっただろう。
 こんな灯だからこそ、ショウは灯を受け入れたのだ。
 大切な恋人の親友であり、自分にとっても大切な友だから。

「まあ、いいよ。 ショウの元気な顔を見れて嬉しかった。 で
もどうしてここに?」

「それはね、君の可愛い弟君がトシの所に連絡して来たから」

 良く分からない。
 しかし、そう言えば何故素がここに?
 ここはクラウスの泊まるホテルなのに。
 首を捻る。
 それが顔に出ていたようで一ノ瀬が答えを教えてくれた。

 本当なら二人で食事をしたかったが、二人きりになると灯が
 倒れてしまう恐れがあるため、それを回避するため、まず一
 ノ瀬に連絡を入れたとの事。

 倒れると読まれているのが恥ずかしい。

 素は初めて一ノ瀬自らが嫉妬もせず灯に会いに行くと言った
 事と、大好きな灯に会える事で迷う事なくOKした。
 そして嬉しさの余り、それを藤木に伝えどうせなら一緒に行
 かないかと誘ったのだった。
 藤木も断る事をせず、「じゃあ今ショウが一緒にいるから」と
 連れて行く事になり今に至る訳だ。

 憎い一ノ瀬はいるが、大好きな者に囲まれたお陰で目の前
 にクラウスがいても何とか心が落ち着いた。

 柔らかい笑みを浮かべ、はにかむ姿にクラウスはこの方法
 をとって良かったと思った。
 ヘルマンは灯が好意を抱いてくれているとは言っていた。
 だが灯は余りにも内気すぎるので、二人で食事をしようとし
 ても無理だと悟った。
 側にいて、その姿を見るだけでも構わないのだがどうせなら
 楽しく会話をし食事を楽しみ違いを知り合いたい。

 しかし二人だけでは確実に叶わない。
 ならば灯が最も心許す者がいればいいのだと、一ノ瀬に頼
 み素と一緒に食事を誘った。
 一ノ瀬に借りを作る事になってしまうが、まあそれでもいい。
 藤木が来た事で灯の気持ちに更に余裕出来たのも嬉しい。
 だが驚いたのはその恋人。
 まさか藤木の恋人がショウ・スタインだったとは。

 一度だけその恋人に会った事がある。
 親しい者だけが呼ばれたショウとその恋人の結婚パーティ
 ー。
 仲睦まじく将来を皆の前で誓っていた。
 だがその人物はまるで違う者。
 あの時ショウの隣にいたのは、ブロンドの髪にブルーグレー
 の瞳を持つ者だった。
 モデルであるショウに見劣りしない美貌の持ち主だった。
 目の前にいる藤木とは別人。
 あれ程愛し合っていた彼らは別れてしまったのかと思い悩み
 二人を交互で見ているとショウは彼は同一人物だと教えてく
 れた。
 藤木が本来の姿に戻ると不都合があるという事と、自分の
 前でだけ本来の姿であればいいと、髪を染めカラーコンタク
 トそしているという事実を教えてくれたのだ。

どおりで見た事があるはず・・・

 報告書に添付されていた写真を思い出した。



 そして夕食が始まる。
 和やかな雰囲気。
 恥ずかしがりながらも、クラウスが話しかければ灯もはにかみ
 ながらも返事をする。

 灯自身、素と藤木、ショウがいるお陰で何とか余裕が持て意外
 な程会話が成り立つ。
 相変わらずクラウスの顔は眩しく感じるが見る正面から見る
 事が出来る。

格好いい・・・・

 その容姿と会話のスマートさに一段と惹かれた。
 食事が終わった後には、酒も入りより心がくだけ隣にクラウ
 スが来ても倒れる事はなかった。
 
 まさにアルコールマジック。
 灯のテンションが上がり、恥ずかしがりながらも如何に自分
 が憧れていたのかを語った。
 流暢なドイツ語で語る灯に驚きながらも、クラウスは熱心に
 聞いた。
 
『あなたのマシンが一番でフラッグを振られるのがいつも楽し
みで。 公約通り一年で引退された時は二度とその勇姿が見
られないと思うと悲しくて、でもその潔さにより惹かれました」

 潤んだ目で熱く語る姿は、愛の告白以外の何者でもない。
 クラウスも同じように熱の籠もった眼差しで灯を見つめる。

『灯・・・・・』
 
『ミスターローゼンバーグ・・・・』

『クラウスと呼んで欲しい』

『でも・・・・』

 頬を染めながらも、言われた通り『クラウス』と呼ぶ。
 呼ばれた方は喜びを露わにし、灯を抱きしめる。
 すっかり出来上がっている二人だったが、灯がしらふになっ
 た時、一体どんな反応をするのやら。
 兎に角二人をそのままにし、他は皆部屋を後にした。
 その時素はすっかり酔って、一ノ瀬の腕の中で寝ていた。





Back  Top  Next





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送