月夜の下、あなたと
(8)

100万Hits企画






愛おしい

 素直にその言葉がクラウスの頭の中に浮かんだ。
 灯の事をもっと知りたい。
 本当の彼を知りたい。
 思いが色々と質問をさせた。
 そんなクラウスを見て側近達は驚いていた。
 それはそうだろう。
 クラウス自ら誰かに声を掛け、エスコートする事自体ないのだ
 から。
 それにこんなに優しく甘い声を出した事もない。
 視界の隅に入った一ノ瀬が意味深な笑みを浮かべていたが、
 放っておく事にした。
 灯に一目惚れをした事など、既に気付かれている筈だから。

 数歩歩くと隣にいた灯の様子がおかしかった。
 顔色が青ざめ、心持ち汗をかいている。
 大丈夫かと声を掛ける前に、灯の名を呼ぶ者が現れた。
 その人物はいとも簡単にクラウスの手から灯を奪い去った。
 そして灯自らのその腕へと飛び込んで行った。
 安心し、甘えきったその姿に嫉妬を覚えた。

 野暮ったいスーツを着、眼鏡をかけた冴えない男は藤木と名
 乗った。
 しかしその姿は作られたものだという事は直ぐさま分かった。
 その男はクラウスの事を知っていた。
 目の前に大企業のトップがいれば、大なり小なり動揺がみら
 れる。
 なのにこの男は物怖じする事なく堂々とした態度。
 出版社の編集で灯の担当だと言った。
 ただの編集者とは思えない。

それに・・・・

 灯と抱き合うその姿は、二人がただの編集者と翻訳家の姿に
 は見えない程親密なもの。
 そして一ノ瀬の恋人である素も、この男に懐き好意を表してい
 た。
 睨み付けたクラウスや一ノ瀬の視線を平然と受けさらりと流す
 姿に警戒心を与えた。

 しかし一ノ瀬は藤木が素の事を弟として可愛がっており、自分
 達の邪魔者でない事が分かったのでその警戒を解いていた。
 もし自分達の邪魔をするようであれば、素にとって大切な人物
 でも即刻排除しにかかっただろう。
 佐倉兄弟にとって特別な人物である事は、会話の中で確認で
 きた。
 クラウスにとっても邪魔な人物でなければいいと思っていた所
 、灯を連れてその場を辞そうとした。

やはり排除すべき人間か

 そう思ったが彼の言った言葉と、態度に灯に対する恋愛感情
 が見受けられなかったたため、その場を一旦引いた。
 灯達がいなくなった後、一ノ瀬がその場にいた別の友人で探
 偵でもある人物に藤木の身元を調べるように言っていた。
 優秀な探偵らしいから直ぐに藤木の事は分かるだろう。
 後は灯の事を少しでも知っておきたい。
 一ノ瀬の恋人は、灯の弟。
 二人はいないが、何か聞けるだろうと一ノ瀬を誘った。
 初め考える素振りをしたが、ふと何か思いついたようだ。
 ニヤリと笑い「これからのことだが」と言って来た。
 この顔をする時には、必ず何か企んでいる。
 それでも構わないと思い、一ノ瀬の話を聞いた。
  
 その話が何処まで本当なのかは分からないが、素が言うには
 クラウスは灯の憧れの人物だと。
 つい最近の事ではなく、灯が高校生の頃から。
 という事は10年以上という事になる。

 今は恋愛感情がなくとも、憧れていたというのならクラウスに
 もチャンスはある。
 もしノーマルだったとしても、恋人にしてみせる自信はあった。
 その容姿からかなり誘いがある事も聞いた。
 だがブラコンな灯は、素以外に興味はなく悉く蹴散らしたよう
 だ。
 当然恋人もいないと。
 例え恋人がいたとしても、灯を手に入れると決めていた。
 
 クラウスから見た灯はとても、内気で繊細な心の持ち主に見
 えた。
 多少強引で行かないと手に入らないだろう。
 灯の行動は一ノ瀬を通じ、素から聞き出していた。
 体調が優れないと聞いて灯の住むマンションまで押しかけよう
 と思ったが、まだ時期が早いとグッと我慢した。
 必ずもう一度モーターショーに行く筈だから、その時に灯を誘
 えばいいと一ノ瀬に言われその日を待った。

 その間に一ノ瀬の友人によって調べられた、藤木に関する報
 告書を受け取った。
 高校時代からの友人で、常に二人で行動していた。
 成績も良く、生徒会役員もしており人望厚く人気があったと。
 それだけでなく、かなり容姿も整っていたため、かなり多くの信
 棒者がいたようだ。
 その時の写真が貼付されていたが、先日見た姿とは別人で
 あった。

 目鼻立ちのハッキリした華やかな容貌。
 瞳の色も昨日見た時とは全く違うブルーグレーの瞳で写って
 いる。
 母がロシア人だったため、その血を受け継いだようだ。
 一緒に写る灯の姿も愛らしく、二人共にいる姿はとても目を
 惹いた。

しかし、この顔何処かで見えた事が・・・・

 藤木の写真を見つめるが思い出せない。

 男子校という環境はさぞかし二人の身を危険にしていた事
 か。
 しかし、藤木が武道を嗜んでおりそれなりの腕前であったため
 難を逃れていたようだ。
 そうでなければ、多くの者に虜辱されていたに違いない。
 高2の時同級生の恋人が出来、今も続いていると書かれてい
 るが、相手の事に関しては一切書かれていなかった。
 高校時代から続いている恋人の存在に、クラウスの心が落ち
 着いた。
 


 待ちに待った灯との再会の日が来た。
 モーターショー最終日。
 朝から素が浮かれていたから、一ノ瀬は二人が行くと確信し
 たらしい。
 素の職場にも確認の電話を入れたようだ。
 そして一ノ瀬自身も、休みを取っていた。
 恋人に対する執念を感じた。

 そして案の定、一ノ瀬が言った通り二人はやって来た。
 手を繋ぎ仲良く笑みを浮かべながら。
 初日では見る事の出来なかった、本当の灯の姿。
 愛おしそうに素を見詰めるその瞳を自分に向けて欲しい、独占
 したいと思った。
 
 タイプは違うが、二人の容姿は回りの目を引いた。
 会場内に大勢いるカメラを持ったコンパニオンマニア達が、彼
 女達に目もくれずレンズを向けその姿を写していた。
 彼らのカメラを奪い取り、灯の姿を全て消し去りたかった。
 それは隣にいた一ノ瀬も同じだったらしい。
 ギリギリと歯を噛みしめる音が。

「クソ、そんな可愛い顔を外でするな。 撮るな」

 ブツブツ言い、回りに不穏な空気をまき散らして。
 クラウスを一ノ瀬の言葉に同感した。

今すぐあの場所に行き攫ってしまいたい!

 しかし、こんな気配で彼らの元に行ったとしても途中で気付か
 れ逃げられてしまっては元も子もない。
 SWのブースに来るまで我慢した。
 
 そしてとうとう二人がクラウス達のいるブースへとやって来た。
 人垣がなくなり、二人の目の前に佐倉兄弟が現れる。
 同時に彼らはクラウス達の存在に気付いた。
 そして二人は両手を取り合い叫び、その場で飛び上がった。
 そして逃げた。
 余りの素早さに一ノ瀬と驚きながらも二人は捕獲に走った。
 あっという間に追いつき、一ノ瀬は素を脇に抱え連れ去った。
 互いを呼び合う姿は悲哀を誘ったが、関係ない。
 目の前に灯がいる。
 そう思うだけでクラウスの心が浮きたった。
 だが灯は振り返る事なく簡単な挨拶をし、帰ろうとした。

逃がさない

 思ったと同時に肩を掴み引き留めた。
 オロオロしている灯を食事に誘い、返事を聞く前に灯を車へ
 と連れ込んだ。
 やはり最初に感じた通り、灯はとても内気な人物だった。
 怯える姿はウサギを思わせる。
 クラウスの様子を横目でチラチラと伺っている。
 目が合い微笑むと、灯は眩しいものを見たかのように目を細め
 頭を窓ガラスに打ち付けた。

なんという愛らしさ

 一ノ瀬の恋人であり、灯の弟である素もまるで子猫のようで誰
 よりも可愛らしいと思ったが、灯はそれ以上に可愛いと思
 った。
 クラウスの回りには常に自信に溢れ、傲慢な者が多かった。
 大した努力もせず、他人の手をあてにするそんな最低な者達。
 なのに灯はこんなに美しい容姿を持っているのに、鼻に掛ける
 事なく一生懸命。
 しかも恥ずかしがり屋。
 こんなにも愛らしい人物がいたとは知らなかった。
 誰にも見せたくないという一ノ瀬の気持ちが今は良く分かる。

「大丈夫ですか?」

 ぶつけた頭を優しく撫でた。
 触れた髪は絹のようにサラサラとしていた。





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