月夜の下、あなたと
(7)

100万Hits企画






 とても憧れていた人物。
 
なんでここに?!

 灯はなんとしても素に会いたかった。
 ここ数ヶ月まともに素の顔を見ていなかった。
 これもそれも素を独り占めする悪魔一ノ瀬のせい。
 翻訳の仕事も進まない。
 いい加減煮詰まっていた。

 モーターショーに行けば素に会える。
 別に今日でなくとも素とはモーターショーへ行く事は決まっ
 ていたが我慢出来なかった。
 予想通り素はSWブースに現れた。
 以前よりも愛らしさが増したように思える素。
 再会した二人は存分にイチャイチャし、気分ば最高潮。
 だがそれは憎い一ノ瀬に声を掛けられ終わった。
 目に入った瞬間回りが見えなくなっていた。
 一ノ瀬に向かい、あらん限りの悪態をつき、思いつく限りの嫌
 みを言った。
 少しだけスッキリしたら、あの悪魔はそれはもう意地の悪い
 顔をし爆弾を落としてくれた。

まさか、あの悪魔が知り合いだったなんて
あんな姿を見られるなんて〜〜〜

 その時の事を思い出し、灯はソファーに撃沈した。
 思い出すだけでも恥ずかしい。
 出来る事なら消去したい。
 そしてもう一度、初顔合わせに望みたかった。



「高校の時からか? という事は10年以上。 クラウスが載って
た雑誌は全部買っているそうだな。 こんな美人に憧れられる
なんて羨ましい。 悪い気はしないんじゃないか? なあ、クラ
ウス」
 
え・・・・・クラウス?

 一ノ瀬の視線を追って見ると、そこには灯が憧れてやまない
 人物が立っていた。
 その時の衝撃といったら・・・・
 初めて、素の事以外で頭の中が真っ白になった。
 
これは現実?
僕は、今夢を見ているの?

 頭の中は疑問符だらけ。
 誰か説明してと本気で思った。
 ボゥとしながらクラウスを見ていると「クラウス、素の兄の佐倉
 灯さんだ。 翻訳家をしている」と一ノ瀬が勝手に自己紹介
 していた。

 無意識のうちに灯も挨拶をしていた。
 一ノ瀬はクラウスの事を友人だと言った。
 素がこの男と付き合っていると言って来た時と同じくらいの衝
 撃を受けた。

なんで?
どうしてクラウス・ローゼンバーグが、友達なわけ?
なんでこの悪魔と?
なんで――――――!

 パニックを起こしていると、彼の人は微笑ながら右手を出し
 挨拶をして来た。
 頭が真っ白だったが、灯は本能で握手を交わしていた。

どうしよう
どうしよう・・・・

 その言葉だけが頭の中をグルグルと回っていた。
 クラウスが何か話しかけて来ていたが、耳に入って来ない。

そう言えば、僕・・・凄く嫌な事、言ってなかった?
一ノ瀬に向かって、凄〜く嫌みな事、言ってなかったっけ・・・?

 気付かなかったとはいえ、端から見ればかなり性格の悪い
 人間にしか見えなかった筈。
 それを憧れのクラウスに見られた。
 酷く嫌な汗が出てきた。
 呼吸が上手く出来なくなってきて、貧血まで起こしてきた。

もう駄目かも・・・・・

 そう思った時、いるはずのない藤木が現れた。
 藤木が現れた事で、灯の意識が正常に戻る。
 その為、藤木だけに見せる甘えモードにすっかりなっていた。
 藤木は灯がピンチに陥ると、いつもヒーローのように現れて
 助けてくれる。

 藤木にも、彼の恋人にも申し訳なく思うのだが、本当に有り
 難かった。
 こんな弱い自分ではいけないと、直そうと思いつつもすっかり
 甘えきっている。

 すっかり藤木に甘えきっている間に、藤木達は挨拶をすませ
 ていた。
 憧れの人に会えた事は嬉しかったが、今はこの場を離れた
 かった。
 藤木はそれを察し、連れ出してくれた。
 素も灯が心配だからと言って、あの悪魔をその場に置き去り
 にしてついて来てくれた。
 最愛の弟はとても心優しかった。

 その日一日、灯にとっては夢のような一日だった。
 厭な所は見られてしまったがもう二度と会うことはないだろう。
 悔やんでも悔やみきれないが憧れのクラウス・ローゼンバーグ
 には会え、大好きな果物を心ゆくまで食べた。
 一ノ瀬に奪われてしまった最愛の弟とのふれあいを、心ゆく
 まで堪能する事も出来た。
 大親友である藤木が家へ泊まり3人仲良く川の字になって
 寝たのだ。
 まさに至福の一時。

 しかし困った事に、目を閉じると昼間の出来事を思い出して
 しまう。
 目の前に突然現れたクラウス。
 憧れの人物はあまりにも眩しくて、顔を見たにも拘わらず思
 い出す事が出来ない。
 思い出す顔は少し前の雑誌で見た顔だった。
 声も直接聞いたにも拘わらず思い出せない。
 低く艶やかで腰に来た。
 挨拶されたが覚えているのは日本語だったのか、ドイツ語だ
 ったのかすら思い出せない。

なんて勿体ない事を・・・・・

 まともな会話が出来なかった事を後悔する。
 せめて顔だけでも見ておけばよかったと本気で悩んだ。
 素はクラウスが灯に一目惚れをしたのではないかと言ってか
 らかって来たが、まずそれはないだろうと思った。

 いい歳をして、まともに挨拶も出来ない自分を一体どう思った
 だろう。
 失礼な奴だと軽蔑したかもしれない。
 それに自分は素と違って愛らしくも、素直な性格でもない。
 その場にいるとは知らなかったために、一ノ瀬に酷いことを言
 っていた覚えがある。
 親友を悪く言われれば、さぞかし気分も悪かったに違いな
 い。
 性格がキツク、可愛げのない奴と思われたかもしれない。
 この先会う事はなだろうが、一ノ瀬の恋人の兄は性格が悪い
 奴としてこの先も記憶に残ったら。

終わったね・・・・

 一人ベッドの中でいじけていた。
 そんな灯に藤木が気付き、「大丈夫」と言って慰めてくれたが、
 何がどう大丈夫なのかと、かえって気分がやさぐれた。
 宥めるよう、藤木にポンポンと背中を叩かれているうちに眠
 ってしまった。
 翌日起きた時も機嫌は今一ではあったが、素がいる事と、藤
 木が好物のオムレツを作ってくれた事で気分が浮上した。
 ただしそれも素を迎えに来た一ノ瀬の顔を見た途端消し飛ん
 だ。

 いつもなら、お互い顔を合わせた瞬間険悪な雰囲気になる
 のだがこの日は違った。
 一ノ瀬が今まで灯には一度も見せたこともない極上の笑み
 を浮かべ、かつ爽やかにしかも丁寧な口調で「お早うござい
 ます」と挨拶をしてきたではないか。
 しかも笑顔で「今度一緒に食事でも如何ですか?」と。
 灯は恐怖のあまり、貧血を起こし倒れてしまうという目にあっ
 た。

あれは新手の嫌がらせだ・・・・

 なぜかそう思えた。
 爽やかで親切な一ノ瀬という、新手の嫌がらせがそうとうな
 ダメージとなっていた。
 その為、楽しみにしていたモーターショー最終日まで長引いて
 しまった。
 気を取り直し、素と二人連れだって、仲良く手を繋いで見て
 回っているといるはずのないと思っていた、一ノ瀬とクラウス・
 ローゼンバーグがSWのブースで二人を待ち伏せしていた。

 仁王立ちする二人の姿を見た瞬間、灯達はその場で飛び
 上がり、一目散に逃げ出した。
 だが、あっさりと捕まってしまった。
 素は一ノ瀬に捕獲されそのまま連れて行かれてしまった。
 その場に取り残された灯。
 灯の後ろにはクラウス・ローゼンバーグ。
 もう一度近くで顔を見たいと思ったが、振り向けば緊張の余り
 倒れてしまう恐れがあったので振り返る事なく、簡単な挨拶をし
 てそそくさと立ち去ろうとした、あっさり肩を掴まれ引き留めれ
 られてしまった。

「よろしければ、お食事でも如何ですか?」

 肩に置かれた手はいつの間にか腰に回され、断ろうとする間
 もなくクラウスの用意した車へと乗せられていた。
 
なに、なにが起こってるの・・・・・

 頭の中での処理が追いついていかない。
 重厚感溢れる車内。
 隣を恐る恐る見ると、クラウスと目が合う。
 ニッコリと微笑まれると、灯の頭はショートしてしまった。
 顔も真っ赤にしクラウスとは反対側の窓に頭をゴンとぶつけて
 しまう。

 一方のクラウスはそんな灯の姿を見て微笑ましく思っていた。

 先日見た灯は初め気位の高い、血統書付きの猫を思わせた。
 横顔を見ただけでもその容姿がとても美しいものだという事
 には気付いていた。
 漆黒の髪は絹のように艶やかで、見える肌は陶磁器のように
 白く滑らか。
 唇はふっくら桜色。
 弟の素は大きな瞳が特徴的だが、兄である灯は切れ長の瞳
 が神秘的で、和風美人といったところだろう。
 美しいと思った。
 その姿につい見惚れてしまった。

 しかし、性格はキツそうだと思った。 
 事実、一ノ瀬に対して辛辣な言葉が出ていた。
 だが、それが強がりなのは直ぐに気付いた。
 体の両脇で握りしめられていた手が、震えていた事に。
 それだけなら、怒りで震えているのかと思うのだが、灯の場合
 は足下が少し震えていた。
 だから違う事に気付いた。
 
 灯が弟の事を非常に大切にしている事も直ぐに解った。
 相手が一ノ瀬だから、あんなにキツイ事を言ったのだろう。
 一ノ瀬の事を良く知っているクラウスだからこそ、灯が何を心配
 しているかも分かった。
 年下の友人は、それは良い性格をしているから。

 一ノ瀬は見た目好青年見えるが、とても癖のある人物。
 常に笑顔でいるから優しい医師にしか見えないが、本当は冷め
 た人物。
 どうでもいい人間には常に笑みを浮かべ、適当にあしらってい
 る。
 入り込んで来ようとする者は全てかわし、遠ざけて行った。
 誰にも執着がなく、ある意味自分と似ていると思った。
 だからこそ、二人は友人として成り立っていたのかもしれない。
 しかし、一ノ瀬は見つけた。
 自分の唯一執着出来る者を。
 一ノ瀬が持っている感情をさらけ出せる人間を。

 初めて見た一ノ瀬の恋人はまるで子供の様な幼い容姿をして
 いた。
 キラキラと輝く大きな瞳。
 ミルク色のきめ細かな肌にふっくらとした唇。
 今まで一ノ瀬が付き合って来た者達とは全く違うタイプ。
 とても愛らしい魅力ある子供だと思った。
 しかしその子供が実は26歳と聞いて驚いた。
 子供にしか見えない言うと、本人には言うなと言われた。
 暴れるらしい。
 だがそれが楽しくて仕方ないという表情をする。
 電話でも散々惚気を聞かされていたが、まさかこれ程までとは
 思ってもいなかった。
 しかも、一ノ瀬が振り回されている。
 驚きもあったが、楽しかった。

そんな人物に会えるだろうか・・・

 羨ましく思っていた所に、一ノ瀬の恋人の兄灯が現れた。  
 一ノ瀬が灯の言葉を遮り、クラウスの事を紹介した時その仮面
 が剥がれた。
 目の前にいるクラウスを、信じられないという目で見ていた。
 キツイと思った印象は、正面から見るとガラリと変わった。
 まるで幼い表情。
 こんな所は弟と似ていると思った。





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