月夜の下、あなたと
(6)

100万Hits企画






ムカッ!

 嫌な事を思い出してしまった。
 一ノ瀬との出会いを思い出し、灯は知らぬ間にソファーに爪を
 立てていた。

 初対面から気にくわなかった。
 これが一ノ瀬でなくとも同じだっただろうが、しかし!

あの男だからこそよけい気にくわないんだよっ!

 顔は誰が見ても文句の付けようがない男前。
 独身で、しかも医者。
 世の独身女性から見れば最良物件。

 一ノ瀬にしてみても相手は選り取り見取りなのだ。

 最愛の弟、素を選んだ所は見る目があると言いたい所だが、
 だからといって付き合うとなると話は別。

よくも素を誑かしてくれたな〜〜〜

 今でも時々呪いをかけたくなる。
 一年前までは好きな時に素と会えた。
 素が泊まりに来る事もあれば、灯が素に家に泊まりに行く事
 もあった。

 旅行にも行った。
 会った時にはこれ以上ないくらいにスキンシップを取った。
 抱きしめ、抱きしめられキスをしあい。
 華奢な体、優しい匂い。
 愛おしくて仕方ない弟だ。

 その弟を奪った憎い男。
 一年経った今でも、二人仲を今でも認めていない。
 しかしこの一年、一ノ瀬が素の事をとても大切にしている事、
 愛している事を嫌でも見せつけられた。
 
 我が物顔で素を独り占めし、勝ち誇った顔で灯を挑発。
 何度悔しい思いをした事か。
 しかし、一ノ瀬は意地の悪い男だけではなかった。

 一ノ瀬は心から素を愛し、大切な宝物のように大事にしてい
 た。
 素が世界の中心と考えているくらい、兎に角素の事に関して
 だけは余裕がなかった。
 その事を強く感じたのは、素がストーカーにあった時。

 あの男は自分のもてる物を全て使い、素を守りきった。
 今までずっと灯が守って来た。
 それはこれからも変わらないと思っていた。

 しかし、実際には一ノ瀬が素の事を守りきった。
 あの時の一ノ瀬の顔は今でも忘れる事が出来ない。
 
 素がいなくなった時の一ノ瀬の怒りは凄まじかった。
 普段は人を小馬鹿にした顔やら、愛おしそうに素を見つめる
 顔した見た事がなかった。

 それが見たこともない冷酷な眼差しに。
 醸し出す雰囲気も。

 無事な姿で素が見つかったからまだ良かったが、その時の
 恐怖は今でも忘れる事は出来ない。

素がいなくなってしまったら・・・・・
 
 自分は狂ってしまうのだろうか?
 多分それはないだろう。
 しかし一ノ瀬の方は壊れていたかもしれない。

 素の姿を探し出すまでの一ノ瀬は、まさに鬼神ともいえる姿。
 相手の男を見た時容赦なかった。
 己が人の命を預かる医師という事を忘れているかのような
 姿。
 その時は本当に恐ろしく、藤木にしがみつきその腕の中で震
 えていた。

 本来の姿を見た気がした。

 そしてその後、素を抱きしめる一ノ瀬は泣いているようだっ
 た。

僕は・・・・・分からない・・・・・

 意外な一面を見た。
 その日から一ノ瀬を見る目が少しだけ変わった。
 
 今でも気になっている事が一つある。
 それはあの時のストーカーの事だ。
 一ノ瀬の後ろに控えていた黒服の屈強な男達。
 一般人とは違う雰囲気。
 一ノ瀬にボロボロにされたストーカーを、彼らは両脇を抱え
 荷物のように引きずって行った。 
 あれから自分の前にも、素の前にも男は姿を現していない。
 考えるのが怖かった。 

 しかし、それよりも何よりも一番衝撃を受けたのがその交
 友関係だった。
 まさか、憧れの人物に会えるとは.

一生接点なんかないと思っていたのに・・・・・

 昨年の秋に行われた東○モーターショーでの出来事を思い
 出す。

 毎年素と二人行っていたモーターショー。
 元々車には興味があった。
 切っ掛けは親友の藤木と一緒に鈴鹿へF1を見に行った事。

 TVで見るのとは全く違う迫力。
 サーキット場の熱気、マシンのエンジン音、普段の灯からは
 考えられないくらい興奮していた。

 藤木も灯が素の事以外でこんなにはしゃいでいるのを見た事
 がない。
 その事が嬉しくて強引に誘ってよかったと喜んでいた。

 ここに来るまでの灯は、ごねてごねて煩かった。
 日帰りには遠すぎる距離。
 別に行かなくても良かったのだが、藤木の恋人が仕事で行っ
 ており、「折角日本に来ているのに、俊之に会えないのは耐え
 られない。 会えないなら仕事をキャンセルする!」とこちら
 も盛大に駄々をこね関係者の頭を痛めた。
 藤木に頼むから来て欲しいと頭を下げて来たのだ。

 開催日は丁度学校も休みだし、灯が一生このままブラコンな
 のもどうなのかと心配になり、素離れの予行練習にと強引に
 連れ出したのだ。
 恋人は二の次になっている事に気付いていない藤木だった。

 案の定「素の顔から離れるなんて出来ない!」とごねていた
 が、「お土産宜しくね」と可愛い顔で素にお願いされては行く
 しかないと、不承不承ながら行く事にしたのだった。

 新幹線の中でもブツブツと煩く、藤木が豪華な駅弁やそれら
 を写真に納めなから「素に見せてあげるんだろ」と何かと素
 の名前を出し、灯のやる気を誘ったのだ。
 その甲斐もあり、途中からは自らがカメラを持ち撮りまくった。
 
 そして鈴鹿に着き、会場まで行くとその音により煽られ興奮
 した。

 既にレースは始まっており、目の前を轟音と共にもの凄いス
 ピードでマシンが過ぎて行く。
 中でも灯の目を釘付けにしたのが、真っ赤なマシン。

 そのマシンは単独で走っていた。
 何周かするとそのマシンは先を行くマシンを余裕で追い越し
 て行き、あっという間に離して行く。

 どれがトップなのか全く分からない。
 その赤いマシンより速い物があるのかもしれないが、灯の目
 にはその車しか見えていなかった。
 目の前を過ぎる度に「凄い、凄い!」と叫んでいた。
 
 そして優勝したのは、その真っ赤なマシンだった。
 場内の興奮も最高潮となっていた。
 藤木に聞くと、今日がデビュー戦で史上最年少優勝だと。

「幾つ?」

 と聞くと4つ上の21歳だと。
 そしてあのドイツの高級外車SWの後継者というではないか。

天は二物も与えるんだね

 よく分からないが納得した。
 そして藤木に連れられ移動し関係者入り口まで来ると、迎え
 が来ていた。

 中に入って行くと場違いだという事をひしひしと感じる。
 着ている物が違う。
 ラフな格好でいても、それがブランド物だと直ぐ分かる。
 スーツにしても生地が上質で、それぞれの体にキチンと合っ
 ている。
 オーダーだと分かる。

 それに比べ、自分が着ている物はデニムに薄いピンクのシャ
 ツ。
 某量販店○ニクロで買った物だ。
 ジロジロ見られ居心地が悪かった。
 
 藤木の腕にしがみつきながらピットへと案内された。
 そこには青白のマシンが置かれていた。

 つい先程まで目の前に走っていたマシンに、灯の中でまた
 興奮が湧き起こる。
 もう少し近づこうとした時「俊之っ!」と藤木の名を呼びながら
 背の高い一人の男が走り寄って来た。
 藤木も「ショウ」と名を呼びながら抱きしめられるままになって
 いた。
 目の前に繰り広げられる熱い抱擁に、相変わらずだなと離れ
 た場所から苦笑し見ていた。

 そんな時、赤いレーシングスーツを着た男が入って来た。
 藤木の恋人に負けない位の長身。
 広い肩幅に高い腰の位置。
 少しウエーブがかった黄金色の髪。
 瞳は透明なブルー。
 その容貌は灯が思い描く、ファンタジーの若き王そのもの。
 一見甘めに見えるが、彼には気品があった。
 同時に圧倒的な威圧感があった。
 気高き獅子の風貌。
 ショウの秘書の陰からただ見惚れていた。
 ショウと知り合いなのか、少し話しをしていた。
 そして一瞬だけ、その顔に笑みを浮かべた。

 灯はその笑みに釘付けになっていた。

「灯。 灯?」

 藤木の声に我に返る。
 気付くといつの間にかその人物はいなかった。
 何故か分からないが、凄く気になった。

 藤木に思いついた事を聞く。
 ボーッと夢見心地の灯を不審に思いながらも、聞かれた事
 で分かる事を話した。
 時にはショウも会話に加わりながら。

 名前はクラウス・ローゼンバーグ。
 先程藤木も教えてくれたが、ドイツSW社の次期後継者の21
 歳。

 灯をレースの間中釘付けにした、あの赤いマシンの操縦者
 だと聞いて驚いた。
 レースで灯を夢中にさせ、マシンを降りてからはその姿で目
 を引いた。
 
何だか特別みたい・・・

 ハーバードにスキップで入り、既にMBAまで取得しているらし
 い。
 今年からSWもF1参入し、初戦という事もありクラウス自らが
 名乗り出て一年という期限付きでレーサーになったという事
 だ。

 たった一年だけだなんて勿体ないと思ったが、その後は日本
 の経営難に陥ったヤマシタ立て直しをすると聞き、仕方ないの
 かなと思った。

 その後クラウスの載る本は全て買い、灯の見る事も出来るレ
 ースは全て録画した。
 出来る事なら直接見に行きたかったのだが、海外のレースな
 ど見に行ける筈もなく。
 かと言って、国内のレースも一人で見に行く事も出来ない。
 藤木に一緒に行って貰うという手もあるのだが、それを言い
 出すのは恥ずかしい。

 あの後も藤木に誘われ行ってみたが、その時はRB自体が
 そのレースに参加していなかった。
 クラウスを直接見たのはたった一度だけだった。

 一年が経ち、当初の言葉通りクラウスはその才能を惜しまれ
 ながらもF1の世界から去って行った。
 そして本格的にヤマシタの立て直しに入り、見事成功した。

 『若き指導者』と賞賛されたが、その指導力と決断力で『鉄
 のクラウス』として恐れられた。
 雑誌やテレビで見る姿は、あの時鈴鹿でみた時と同じもの。
 目の前にいる訳ではないのに、なぜ威圧感を感じるのだろ
 う。
 しかし灯は、彼が見せた一瞬の柔らかい笑みを知っている。
 彼の本来の姿はとても優しい物だと何故か確信している。

 灯は彼の男らしさと指導力に惹かれた。
 彼の言葉は素の事に関して以外はとても気弱な灯に力をく
 れた。
 
 あれから12年。
 クラウスは見事ヤマシタを再生させ、現在はヤマシタのCEO
 (最高経営責任者)でありながらSWの役員としても名を連ね
 ている。 

 灯はクラウスの出ているテレビや雑誌を変わる事なく集めて
 いた。





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