月夜の下、あなたと
(5)

100万Hits企画






「にい・・・・ん・・。 ・・に・・・ちゃん、兄ちゃんしっかり!」

ああ・・・・素の声が聞こえる・・・・・

 暗い意識の中、最愛の弟の声が聞こえて来た。
 同時に一気に覚醒した。

 目の前には心配げな最愛の弟の顔。
 ガバッと起きあがる。
 そして目の前にいる素に抱きついた。

「素〜、良かった〜」

 胸に抱き込んだ素に頬摺りする。

「ど、どうしたのっ?」

 灯の抱擁を受けながら、素もしっかりと灯に抱きついた。
 兄弟の熱い抱擁はいつもの事だ。
 
「凄く嫌な夢を見たんだよ。 電話しても素が家にいなくて、日本に
帰って来ても何処にもいなくて。 漸く連絡があったと思ったら彼
氏が出来たとか言う凄く嫌な夢なんだよ。 兄ちゃん気が狂うか
と思ったよ・・・・」

 そう言ってギューっと抱きしめると、腕の中の体が強張った。

「素?」

 抱きしめた素を見下ろすと、視線がウロウロ彷徨っていた。
 心持ち汗なんかもかいていたりする。

「どうしたの?」

 不安が押し寄せてくる。
 
「素?」

「あぁ〜・・・・・」

 凄く嫌な予感。

「・・・・・・まさか?」

「その、まさかだ」

 聞き覚えのない魅力的な男の声が聞こえたと同時に、寝室の
 扉が開く。
 視線を向けると、やはり見たことのない男前が手にお盆を持っ
 て立っていた。
 お盆の上には小さな土鍋が乗っており、湯気が上っている。
 
「・・・・誰?」

 素だけと思っていただけに、つい険のこもった声になる。
 声だけでなく目つきも鋭いものに。

 なまじ容貌が整っているだけあって、睨み付ける顔には迫力が
 ある。
 他のものならその顔を見ただけで一歩下がるのだが、その男
 は臆することなくズカズカと寝室に入って来た。

 しかもその顔は灯に負けず不機嫌を露わにしていた。

「勝手に入って来ないでくれる?」

「・・・・兄ちゃん?」

 かつてない冷たい態度と物言いに、素が戸惑っていた。
 それはそうだろう。
 素の前では、常に優しく格好良く穏やかな兄を演出していたの
 だから。
                                    ・ ・ ・
「初めまして。 一ノ瀬洋人といいます。 弟の素君とは『親しい』
おつき合いをさせて頂いています」

 『親しい』という言葉に灯の肩がぴくりと上がる。
 素を抱きしめる腕に力がこもる。

 ゆっくりと灯が横たわるベッドに近づいてきた。
 言い方は丁寧だが不遜な態度。
 
・・・・敵だ
こいつは敵だ!

 灯は無言で一ノ瀬と名乗った人物を睨み付けた。
 
 一ノ瀬は二人の元へ近づくと、抱き合ったままの姿を見て目を
 眇め手に持っていた盆を左手だけで持つと、あいた右手で素を
 自分の元へと引き寄せた。

 しっかり抱き合っていた筈なのにいとも簡単に。
 素を自分の腕に囲った一ノ瀬は勝ち誇った笑みを浮かべた。
 その顔にカチン。

「・・・素、どういう事」

 初めて始めて出す、灯の地を這うような声に素の顔が青ざめた。

「えっと・・・・、あの・・・、その・・・・・」

 頭が混乱しているのか、言いたくないのかハッキリ言わない。

「素・・・・」

 向ける視線もついキツイものになっていたようだ。
 いつにない灯の様子にすっり怯え、一ノ瀬の腕をしっかり掴んで
 いた。

 またそれが気にくわなくて、ギリギリと歯を鳴らし睨む。

「ひぃ〜〜〜」

 怯えた悲鳴と更にしがみつく素。
 それが嬉しいのか、一ノ瀬はとろける様な眼差しで素を見つめ、
 宥めるように背中をさする。
 男前だけに、笑みは一ノ瀬を敵だと認識していた筈の灯でさえ
 一瞬魅了した。

 しかし次の瞬間、一ノ瀬のそして勝ち誇った顔と「可哀想に」と
 言った言葉で霧散した。

ムカツク〜!

 一ノ瀬を睨み付ける。

「素、そんな男から直ぐ離れなさい!」

「失礼ですね、仮にも弟の恋人に向かって」

「恋人〜〜だぁ?」

「ええ、そうです、お兄さん」

 『お兄さん』言われた瞬間鳥肌がたった。

「嫌っ!気持ち悪い」

 両手で自分の体を抱きしめさする。
 さすがこれにはムッとしたようだ。
 剣呑な気配が。

 ただの優男ではない事を察した。
 
何者なんだ・・・・・

 背筋に冷たい汗が流れる。
 しかし灯は負ける訳にはいかなかった。
 今まで色々な事があった。
 身の危険(貞操)や脅しにもあった。
 だがその比ではない位、目の前にいる男は得体が知れない。

l怖い・・・・・

 負けそうになるが目の前には素がいる。
 情けない姿は見せたくなかった。
 自分のあらん限りの力を込め、一ノ瀬を睨み付けた。

 時間は短かった。
 だが灯には果てしなく長かった。
 
あっ・・・・目の前が・・・・

 疲れ切った体と神経に更に負担がかかり、貧血を起こし始めて
 いた。

「無理をするな」

 意外と近くで声が聞こえた。
 いつの間にか閉じていた目を開けると、一ノ瀬の男前な顔が目
 の前にあり、体を支えられていた。
 その後ろで素が心配そうな顔で灯の事を見つめていた。

「無理しないで、兄ちゃん・・・・。 俺、電話で兄ちゃんの声が急に
聞こえなくなって、心配で洋人に頼んで連れてきて貰ったらリビン
グで倒れてて・・・。 俺、俺・・・・・」

 大きな瞳に涙を浮かべた素に何も言えなくなる。
 それはそうだろう。
 逆の立場だったら・・・・・
 リビングで倒れる素を見た日には、発狂しているかもしれない。

「ごめんね、素」

 素直に謝った。
 一ノ瀬との事も詳しく聞きたいが、今はともかく素を安心させる
 為に早くよくならばならない。

素の為・・・・・

 呪文の様にひたすら心の中で繰り返した。
 一ノ瀬に作った煮込みうどんを食べ(腹が立つがかなり美味し
 かった)、心配だから泊まるという素の言葉に喜び(一ノ瀬つき
 なのがムカついた)その日の夜は大人しく寝ていた。

 翌日目が覚めると昼過ぎで、素の姿がなくリビングには一ノ瀬
 が作ったと思われる雑炊が置かれていた。

 そして『兄ちゃんへ。 俺も洋人も仕事へ行きます。 仕事が終
 わったら様子見に来ます。 大人しく寝ててね。 素』と可愛らし
 い素の書いた置き手紙があった。

「なんて可愛いんだ」

 手紙をそっと抱きしめた。
 こんなに可愛い弟に、顔はいいが男で得体の知れない恐ろしげ
 な男が恋人だなんて。

騙されてるに違いない

 昨日より体調も良くなった。
 これなら一ノ瀬とも戦える。
 より体力をつけておかねばと、食事を摂る。

 リビングに置かれた一ノ瀬の作った雑炊。
 そのまま食べずに捨ててしまおうと思った。
 しかし食べ物には罪はない。
 それに材料は家にあった物。
 自分の家の物なのだからと言い訳をしながら完食した。
 
 夕方になり、素が来るのを今か今かと待っていた。
 なのに待てど暮らせど帰って来ない。
 携帯に連絡を入れても『電波が届かない所か、電源が・・・』の
 メッセージ。
 職場に電話をしても留守電になっていて連絡が取れない。
 
 ヤキモキしていると、足音が聞こえた。

「素っ!」

 ドアを開けるとそこにいたのは藤木だった。
 無言で閉める。

「ちょっと待て・・・・」
 
 直ぐさまドアが開けられる。

「灯、素じゃないからっていくら何でもそれはないだろ」

 目の前の親友の顔を見て、ため息を吐く。
 藤木の言う通りだが素ではないだけにガッカリだ。

「・・・・・・なに、どうしたの」

「どうしたの、じゃないだろ。 また倒れたんだって」

「うん、倒れた・・・・・って何で知ってるの!?」

 藤木の胸ぐらを掴む。
 恋人と一緒にいる時は連絡の取れない藤木。
 それがなぜ今ここにいるのか。
 そして何故倒れた事を知っているのか。

「吐け」

 藤木はあっさりと「素から連絡が来た」と。
 恋人とのバカンスが今日までだった事と、携帯の電源を入れた
 途端素から連絡があったと。
 藤木がいるなら安心だと言って、午後は行かない事にしたよう
 だ。
 灯からの激しい追及を恐れて逃亡したようだ。

「逃げたな〜〜〜」
 
「なに、素と何かあったのか?」

 唸る灯。
 いつにない灯の激しい興奮状態に常に穏やかな藤木も心配に
 なる。
 
「言いたくない」

 プイと顔を反らし、不機嫌丸出しの顔で足をダンダンと踏みなら
 しながら寝室へと戻って行った。

おかしいな・・・・・

 溺愛する素の事に関してここまで機嫌が悪くなるのは今までに
 なかった事。
 一体どうしたのかと、藤木は灯の後を追い寝室へ向かう。
 ドアは開いたまま。
 しかし部屋の中は電気をつけていないので真っ暗。
 明かりをつけると、ベッドの上で枕を抱え俯いていた。

「灯?」

 声を掛けるが返事がない。
 様子のおかしい灯に再度声を掛けると・・・・・・

「ムカツクー!」

 叫んで枕を壁に投げつけた。
 
「あ、灯!?」

 いつにない灯の姿に藤木も動揺を隠せない。
 近づきたくても危なくて近づく事が出来ない。
 部屋の中を目覚まし時計や、クッション。
 資料の本がそこら中に飛んだ。
 手が付けられない状態。

・・・・・・灯が壊れた

 一体なにが灯を激昂させたのか。
 分かる事はただ一つ。
 素が絡んでる事だ。





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